(いつだって求めている)





頼りない月明かりに照らされている肌を、そぅっと撫でる。
悪魔の特徴である、長く鋭い爪で傷つけぬよう、慎重に肌を辿る。

「ふふっ…可愛らしい寝顔ですねぇ」

鼓膜を震わす規則正しい寝息が、とても心地好い。
普段はあんなに気の強くて減らず口ばかり叩くのに、寝顔はまるで幼子だ。
規則正しく上下する胸に指を這わせて、メフィストはゆるりと微笑む。

かの人の肌には、悪魔等から受けた傷を上塗りするように、赤々しい歯型や鬱血痕が散りばめられている。
数えるのも億劫になるほど、その赤は獅郎の肌の上で、激しい主張をしていた。


突如、隈に縁取られた悪魔の瞳が、ギラリと光る。
その視線はただ一点――出来て間もない、魔障による手酷い傷を負った、右肩を。
憎悪を込めた眼差しで、ひたすらに睨み据える。



―――これに


人にあらざる牙が外界に曝され、長い舌が鎌首を擡げて。

――この人の子に触れていいのは


ゆっくりと肩口に顔を近付けて、そして。


――この私だけだ


その肩に舌を這わせて、思い切り牙を立てた。




「――――……っつ………ぅあ………っ」


穏やかな寝顔が一変にして苦悶の表情に変わり、呻き声が漏れる。
本来ならば飛び起きても可笑しくはないのだが、それ以上に、獅郎は疲弊しきっていた。
それもそうだろう―――連日の苛酷な任務に加え、強い魔障で負った肩の傷。
魔障の汚れによって引き起こされた異常な発熱に、それを鎮める為の、即効性で強力な解毒剤を服用した、副作用。
極めつけには、己に手酷く犯されたのだ――
幾ら類い稀なる祓魔師と言えど、人の身では到底堪えられるものではなかった。



「……貴方はもっと、自分の身を省みるべきだ」

新しく出来た痕から唇を離して、傷と痕だらけの身体を、舐め辿る。
何故もっと、自分の身を大事にしないのか。
冷徹で容赦のないくせして、いざという時は、仲間や他人を庇い、盾となる。
本人はこれを是としているが、こちらは堪ったもんじゃない。


「んっ……すぅ……」

乱れていた寝息が、漸く穏やかな寝息へと落ち着いたようだ。
面を上げたメフィストは、じっと獅郎の寝顔を見つめる。



―――貴方をどうこうして良いのは、私だけなんですよ
だからそう簡単に、他の輩に傷付けられないでほしい――



それが、無理な願いだとは、解ってはいる。
解っているから、彼が傷を作る度に、自分の痕跡を上塗りしていく。
そう、これは悪魔らしくも子供らしい独占欲だ、と、思う。
だが、止めようとは思わないし、これからも続けていくのだろう。


―――きっと、この人の子の最期を、見届けるまで。



「…………獅郎」


眠る人の子の頬を一撫でして、悪魔はもう一度、その傷だらけの肌に、唇を寄せる。
まるでその傷を、癒すように。そうして自分の存在を、染み込ませるように。
秘めやかな悪魔の行動は、窓から差し込む月明かりだけが、知っている。





ほしいままに、




(余すことなく、貴方だけが、欲しい)



11.07.04




(8/9)
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