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「ほんとあの頃は色々あったわよね」

本当に楽しかったわ、そう言って向かいに座るナミは、すっかり氷の溶けきったカフェラテに口をつける。やはり久しぶりに会うと、10年も昔の思い出話に花を咲かせてしまう。

「m、そういえば子供は?」

「今ごろ旦那が夕食に連れてってくれてると思う」

なら良かったとナミは笑う。そろそろ帰りましょうかとナミは席を立った。私たちは会計を済ませて外に出た。店に入ったときはジリジリと照らしていた太陽も今は傾き、辺りは赤く染まっていた。

「また近々会いましょ、m」
「うん、今日はありがとうね」
「いーえ。また連絡するわ」

ナミと私は手を振り、私は駅の方向へ、ナミは駅の反対側へと歩いていく。久しぶりの地元なので、少し遠回りをして駅へ向かう事にした。


私はあのあと、エースではなく他の男と結婚をした。
結局、エースは2年ほど出てこなかった。未成年ということもあり、余罪がある割には短い期間だった。私はエースを待つ決意をして、エースが出てきたら知り合いもいない誰も知らない場所で2人で過ごそうと思った。私はとにかくエースを地元や暴走族から離れさせたかった。そのためには、私はエースが出てくるまでのあいだ金を稼いでおかなければならない。2人でしばらくは暮らせるほどの金を。そして私は初めて、夜の世界へ踏み込んだ。

私が水商売を始めてから1年ほど経った頃には、充分な金が貯まった。私はすぐに人気が出てナンバーにも入り結構な額を稼いでいたが、半分は貯金にまわしていた。ある日、自分の店の代表が私に会いに来た。実際に会うのは始めてで、歳は5つほど上だった。仕事のあと飲みに行こうと誘われて、私は仕事終わりに代表と飲みに行った。すぐに代表とは意気投合をした。何度か食事に行き、代表に付き合ってくれと告白をされた。私はエースのことを話していたし、すぐに断った。それでも代表は、俺にしろと言って聞かなかった。そいつよりも俺のほうがお前を幸せにできると代表は言った。私はそういう言葉は一切信じていなかった。相変わらず代表は食事に誘ってきて、私は断ろうとしたが、どうしてもという代表に負けて、渋々食事には行っていた。ある日、酔った勢いで代表と体を重ねた。自分のことを好きだと言ってくる男がいて私も自惚れていたのだと思う。寂しかったのもあるだろう。だが自分がここまで馬鹿で最低な女だとは思わなかった。エースへの罪悪感が募り、もう仕事もやめて代表とは切ろうと思った。その矢先だった。私は妊娠をした。私は妊娠がわかった瞬間、全てを捨ててでもこのお腹の子を守らなければと思った。エースの事を裏切り、付き合ってもない男との子供を産んで、誰が祝福してくれるのだろうか。だが私には堕ろすという選択肢はなかった。1人で育てていこうと思った。代表にその事を伝えると、代表は私に謝るよりも先に涙を流して喜んだ。どうせ堕ろしてくれと言われるのだろうと思っていた私は開いた口が塞がらなかった。2人とも絶対に幸せにすると代表は言った。私はエースに罪悪感を抱きながらも、お腹の子のために代表と結婚することになった。子供は無事に産まれ、意外にも皆が祝福してくれた。泣いて喜ぶ友達もいた。代表とも色々あったが、夫婦として共に過ごし、子供はすくすくと成長していった。私は幸せだった。だが、10年経った今でもふとエースがちらつく時がある。そういう離れ方を自分が選んだのだからそれは仕方のないことだと思う。だが月日が経つたびにエースへの気持ちは大きくなっている。旦那とエースを重ね、比べることなんて数え切れないほどあった。これがエースだったら、と幾度となく考えた。私は中途半端な気持ちを抱えたまま、旦那にも子供にも申し訳ないと思いながらもそれでもエースを思い出してしまう。元々嫌いになって離れたわけではなく、むしろ好きなまま離れてしまったため、今私がエースに会ったらどうなってしまうのか、自分でも恐ろしかった。何度もエースに連絡をしようとした。その度に家族のことを考えて思いとどまった。私は家族を失いたくなかった。自分勝手な理由でエースのことを裏切った上に、家族がいるにも関わらずこんな感情を抱き、私は本当に最低な人間だと思う。エースに会ってしまったら私の中の全てが壊れる気がする。今まで築いてきたものも、全て。会いたいけど会っては駄目だと私は不安定な気持ちで今までずっと過ごしてきた。風の噂でたまにエースの話を聞くが、あの日以来、私はエースに一度も会っていない。エースが出てきたあと、私が結婚して子供もいる事実を知って、エースはどう思ったのだろうか。私のことを恨んでいるのだろうか。呆れているのだろうか。嫌いになっただろうか。私にはもうそれを知る術はない。きっと10年も昔のことをこんなにくよくよ考えているのは私だけだろう。多分、私はエースを死ぬまで思い続けるのだろう。私はエースへの思いを心の奥底に閉まった。エースは今頃どこかで、私のことなんて微塵も思い出すこともなく笑って日々を過ごしているのだろう。私が選んだこの道は正しかったのだろうか?

あの頃の二人には、もう戻れない。






2017/9/19
(完結)

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