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エースが18歳になってから半年が過ぎた。私は高校を卒業して、昼はパチンコ屋で働き、夜は居酒屋で働いた。エースは高校生の頃からやっている職人をずっと続けていた。エースが総長になってから、揉め事や警察沙汰にエースが直接出向くことが多くなった。私は内心引っかかることがあったが、まるで何も思っていないような顔をして日々を過ごしていた。高校を卒業してから、エースと将来を語り合う時間が多くなった。同棲のことや、結婚のこと。そろそろ2人の家借りるか、とエースは笑った。私はそれが嬉しくて、バイトの休憩時間には携帯で賃貸を探したり、家具のコーディネートなどを考えていた。元々エースの家には入り浸っていたが、2人の家となるとまた違って新鮮なものに思えた。私達は最初はあえて、少し広めのワンルームにしようと話していた。ワンルームだと家賃は安いし、何より2人でずっとくっついていられる。エースがそれを最初に言い出したときは思わず笑ってしまったが、すぐに私も賛成した。私とエースは休みの日には賃貸を見に行き、あーでもないこーでもないと言い合ったり、家具屋に行っては2人で盛り上がる。ご飯を食べている時間もお風呂を入っている時間も寝る前の時間も、私達はずっと2人の家について話していた。なかなか話がまとまらず前に進まない事さえも、私たちは楽しんでいた。家も絞り始めそろそろ決めてしまおうと、そうこうしているうちに梅雨がきて、私達は4年目の夏を迎えようとしていた。家も決まり、引越しもほぼ終わりかけていた。
梅雨も明けて蝉が鳴き始める頃、エースは捕まった。


急遽、連合の集会が開かれ、いつもは端で見ている私も今回は皆に囲まれた。エースが捕まったのはどういうことか、何が原因で捕まったのか、すぐ出てこれるのか、いくら詰めば出てこれるのか。捕まるということは、必ず被害者がいる。エースが早く出てくるためには、被害届を取り下げてもらって示談で交渉するしかない。皆はそれを調べて各々で動こうとしていた。だがエースが連れていかれたのは今朝の話だ。今回もきっと私が事件当時の一番の接近者と言うことですぐに警察署に呼ばれることだろう。気が立っている皆を落ち着かせ、ひとまず警察や弁護士が動いてくるまで待ってくれとお願いした。まだ何も分からない今、下手に動かれても厄介だ。そう言われて手持ち無沙汰になった皆は早々に解散した。私は家に帰り、部屋の明かりもつけないままぼーっとしていた。これから2人で過ごすはずだった家。荷物はそのままなのに、エースだけがいない。
ふと携帯を見ると、ナミからの着信がたまっていた。どこかでこの事を聞いたナミが心配してくれているのだろう。誰とも顔を合わせたくない気分だったが、ナミには連絡をしておこうと思い、ナミに電話をした。

『もしもし?m?大丈夫?またエースが捕まったんだって?』
「うん、捕まった」
『まぁいつもの事だし、またすぐ出てこれるでしょ。ちょっと最近多いけど』
「ううん、多分今回は、実刑だと思う」
『…どうしてそう思うの?』
「おまわりさんの言動がいつもと違かった。多分、しばらくエースは帰ってこないよ」
『……。』
「また何かわかったら連絡するよ、ありがとね、ナミ」
『……m、アンタしっかりしなさいよ』

そう言って電話は切れた。ナミの最後の言葉は、心配して言ってくれたのだろう。
ナミの言う通り、エースが捕まるのはいつもの事なのだ。中学生から悪いことを繰り返し、捕まってはすぐに出てきて保護観察程度だった。行っても鑑別所。今までは長くても1ヵ月ほどで出てきてたのだ。だがナミの言う通り、最近はそれが多すぎた。それでもいつも通りすぐ戻ってくるだろうと私は思っていた。いや、そう思おうとしていただけかもしれない。だが今回はいつもと違った。私は今朝の出来事を思い出す。
今朝、私とエースは同じベッドで寝ていた。朝の4時頃、いきなりエースの家のドアをどんどんと叩く音がして私は目が覚めた。エースはまだ横で寝息をたてている。エースの家にはよく友達が来るので、私はいつも通り、遊んできた帰りにエースの家に寄ろうとした誰かだろうと思った。私は寝ているエースの肩を揺さぶった。
「誰か来たよ、エース」
エースは、ゆっくりと目をあけ、低い声であぁと返事をすると目を擦りながら玄関に向かっていった。ガチャリと扉が開いた音が聞こえた。しばらくするとエースは部屋に戻ってきた。
「…m、ごめんな」
エースは私が今ままでに見たことのない複雑な表情で、私に謝った。
そこからはもう一瞬の出来事だった。ぞろぞろと10人ほどの警察が部屋の中に入ってくる。「4時10分、ガサね」そう1人の警察が言うと部屋の中で警察色々漁り始める。私はベッドに座ったままそれを眺めていた。
「mちゃんだね?」
そう1人の刑事に声をかけられる。私が頷くと、私の住所、携帯の番号、親の名前、バイト先、生活リズム、全てを言い当てられた。エースとのやり取りを見せてねと言って携帯を渡すように言われる。私は大人しく携帯を警察に渡す。何度か携帯の画面の写真を撮られてすぐに返された。エースは警察に聞かれながらずっと誰かと電話をしている。30分ほど経ち、ガサ入れが終わったらしくほとんどの警察たちは部屋を出ていった。
「mちゃん、エースはこれからここの警察署に連れていく。mちゃんもパトカーで家まで送っていくよ。なるべく長く一緒にいたいでしょ」
私はその警察の言い方に違和感を覚えた。警察はもう、エースがこのまま実刑になるということを予想しているようだ。そうするともうエースはしばらく帰ってこない。私は途端に怖くなった。エースを見ると、エースは抵抗するでもなく、ただ目を伏せていた。エースは恐らく、警察が家に来た時点ですでに分かっていたのかもしれない。
「エース…」
やっとその事実に気づいた私は涙が溢れた。嫌だ、離れたくない。次にいつ会えるのかも分からない。次いつエースに触れられるかも分からない。次はいつ一緒に寝れるの?次はいつ抱きしめられるの?
するとエースは私を抱きしめた。分厚いまな板に顔を押し付けられる。
「ごめん…ごめんな…」
私の頭上からは、エースの絞り出すような声が聞こえてきた。どうかこれが、悪い夢でありますように。


次の日、警察署から携帯に着信があった。結局まともに寝ることもできなかった。少しは寝たが、起きるたびにこれが現実だとつきつけられて、寝るのも嫌になった。警察署に折り返し電話をかけると、案の定調書を取らせてくれと言うことだった。私はエースの着替えと封筒に多少の現金を入れ、足早に警察署へと向かった。
まず、エースの担当をしている刑事と対面した。そしてやはり私が1番の接近者ということですぐ調書に取り掛かった。調書を作るのには何時間もかかり、エースとの始まりからすべて話すこととなった。話しているとエースが恋しくなり涙が溢れた。今日のところはここまでで大丈夫と言われ、私は刑事にお礼を言ってエースに差し入れに行った。私たちはまだ未成年なので、留置所での面会は実親と弁護士、あとは裁判所で許可された者のみとなるので私は会えない。その日はエースの差し入れだけをして帰った。
次の日、エースの担当になったという弁護士から電話がきて、会って話を聞きたいということで私は弁護士の元へ向かった。弁護士は親身になって私の話を聞いた。そして妊娠している可能性はないかを聞かれた。妊娠をしていると早く出てくるのに有利になると言われた。私は首を横に振ったが、最低な私は、それならば身篭っていれば良かったと思った。私にはもう気持ちの余裕など無かった。一連の流れが終わったあと、弁護士は留置所でのエースの様子を教えてくれた。私に申し訳ないとずっと言っていたと聞いて、私はまた涙を流した。
後日、弁護士が書類の手配をしてくれて、確認をしてくれと言われた。ダメ元ではあるが、私を婚約者ということで面会できるように裁判所に提出しに行くらしい。私はその書類に印鑑を押して、裁判所に向かった。
普通なら通らないと言われていたが、それはあっさりと通った。私はエースに会える日にちを聞いた。私はその日までいてもたってもいられなかった。エースが捕まってからすでに1週間が経過していた。

エースに会える当日になり、私は警察署を訪れた。15分という短い時間をきっちりストップウォッチで測り、面会のときには警察が1人立ち会う。荷物の確認をされ、面会所の外のソファーに座っていると、中から扉が開いて警察が入るように促した。中に入ると、透明な壁の向こうにエースが座っていた。警察がストップウォッチのボタンをピ、と押した。
「エース」
私が椅子に座ってもエースはこちらを見なかった。もう1度名前を呼ぶと、エースはゆっくりとこちらを見る。やっと会えた。けど実際会ってみると久しぶりな気はしなくて、私は泣いてしまうんではないかという不安は取り払われた。
「…ごめんな、m」
「いいよ、もう謝らないで」
聞きたいことは山ほどあった。何をしたのか、いつ出てこれるのか、中ではどう過ごしているのか、これからどうするつもりなのか。だが私はあえて、この15分間はいつもと変わらない会話を選んだ。先ほどまで曇った表情をしていたエースもすぐに笑顔になった。笑いながら話していると、まるでいつものような感覚に陥る。だが、今の私達には15分という短い時間制限があり、目の前には触れることの許されない壁があった。残り2分となったところで、エースは真剣な顔で私を見つめた。
「m、俺はしばらく帰れねえ。お前は俺を忘れて幸せになれ」
エースのその言葉に、まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
「え…。な、なんでそんなこと言うの」
いきなりのその言葉に、私の目からは大粒の涙がボロボロとこぼれた。私が泣くとエースはいつも決まって涙を拭ってくれた。だがそれは目の前の壁によってはばかられ、拭われることのない私の涙は地面へと落ちていった。
「おい、m、泣くな…」
「…私は、ずっと待ってるから」
次から次へと溢れ出てくる涙を拭いながら私はそう声を絞り出した。
「m、だめだ。俺のことは忘れろ」
私が口を開こうとした矢先、ストップウォッチのアラームが鳴った。警察が、時間だと言ってエースに立つように促した。
「ずっと好きでいるから…っ」
エースが部屋をでていくまえに私はそう言った。エースは困ったような顔で笑い、じゃあなと言うと部屋を出ていってしまった。

私は警察署を出てから、声をあげて泣いた。あんまりだ。この現実も、エースのあの言葉も。私の気持ちなんて何もわかっちゃいない。エースは私のことが好きだ。エースは私のことを離したくないくらい愛している。4年も一緒に過ごしていればエースの気持ちなんて手に取るように分かる。私のことを思って突き放そうとしたのだろう。だけど私は、待っていてくれ、と言ってほしかった。言えない立場な事はわかっているけど、私のことを信じてそう言ってほしかった。
留置所は、家裁や取り調べなどで忙しいのできっと会えるのは今日が最後だっただろう。この婚約者として面会が許されるのも、どうせ次の再逮捕までの効果だ。次の再逮捕まではもうあと3日だ。次また裁判所に面会の申請をしても、もう通らないだろう。そしてそのままの実刑になれば少年院だ。刑務所と違い年少はどんな理由があろうと実親しか会うことが許されない。私はあと何年エースに会えないのだろうか。一緒に借りた家は?次に顔を見れるのはいつだろうか。次に声を聞けるのはいつ、その髪に触れられるのは、一緒に抱き合って寝れるのは、キスできるのは。
エースは、私と籍を入れる日は付き合った記念日がいいと言っていた。最初は狭い家に住み、家にいるときはずっとくっついていたい。子供はほしい。男の子と女の子の2人。まぁもう1人くらいは計画外の子を授かってもいいぜ。けど俺はmと2人でもっとたくさんの思い出を作っていきたいから、子供はもうちょいあとな。がんばって働いてたくさん稼いでくるから、家族の家を買おう。俺とmは絶対一緒の寝室で、毎日一緒に寝よう。

「全部、エースと…」

エースと、共に歩んでいきたかったのに。私は止まらない涙を拭い続けることもせずに、ただ立ち尽くしていた。

4ヶ月後、私の願いが届くはずもなく、エースは少年院に入った。








2017/8/1
次で最後

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