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年末、私たち連盟が暴走行為をすることは警察も分かっていたのでいつもよりかさらに警戒網が強かった。年末の暴走は全員が参加するので、バイクの数は何十台となった。エースは先輩の単車を借りて乗っていた。私とエースはコルクの入った半帽を被り、集団の真ん中を走っていた。エースは運転技術が高かったが、まだ免許を持っていないために真ん中を走らされていた。免許を取ったらケツ持ちを頼みたいと先輩は言う。真冬の夜に、バイクはとても寒かった。私は後ろに乗っているので寒いのは足だけだが、エースは風を全部受けているので半端じゃなく寒いだろう。周りのマフラー音やコール音にかき消されぬように、私はエースの耳元で叫ぶ。
「エース!寒いでしょ、大丈夫?」
「しぬほどさみィ!m、抱きついて!」
エースは前を見ながらそう叫んだ。私は、後ろから抱きついただけで温かくなるわけがないことをわかっていたが、素直に抱きつくことにした。
「mちゃん大好き!あったけー!」
エースが笑うと白い息も吐き出された。私もつられて笑った。
そうして多少の揉め事はあったものの、年末の暴走行為は終わった。走っているうちに年はあけていた。族はいったん解散し、すぐに貸し切りの居酒屋に集合ということだった。私たちは借りていた単車を駐車場に戻し、手を繋いで居酒屋へ歩いていた。日付けが変わった今日は、エースの誕生日だ。
「エース、お誕生日おめでとう」
私は手を繋いでいるエースを見上げて言った。ありがとな、そう言ってエースは私にキスを落とす。
「昨日も言ったけど、俺はさ、mといるだけで最高の誕生日なんだよ。だから、この先もずっと、俺の誕生日を1番に祝ってくれよ」
当然じゃん、と私は言ってエースを抱きしめた。
「付き合ったときに言った、お前が俺の隣でずっと笑っていてほしいって言葉、今でも変わってねェからな」
エースはニカッと笑い、私の頭を撫でる。私も頷き、エースに微笑んでみせた。ずっと一緒に、なんて言葉、私は今まで腐るほど男に言われてきたし、その言葉を信じたこともなかった。だがエースと出会ってから私は、もしかしたら永遠や運命というものもあるのかもしれないと思うようになった。それほどエースのことを信頼していたし、愛していた。たかが16歳の恋愛だが、この時の私はずっとエースと共に過ごすのだと思っていた。
居酒屋につき、まもなくエースの誕生日会兼、連合の歓迎会は行われた。これでエースも晴れて族の仲間入りだった。エースは主役ということで酒を浴びるように飲まされて、帰る頃には潰れていた。私は先輩たちにお礼を言い、酔い潰れてるエースとタクシーに乗って家に帰った。水を飲ませて服を脱がし、ベッドに横にさせる。エースは夜中、いきなりベッドから飛び出ると、何度もトイレに行き吐いていた。その度に私もトイレでエースの背中をさすってやり水を用意する。何度か繰り返すと、やっとエースは眠りについたようだった。私はその愛しい寝顔を見つめる。きっとこれから先色々な事があるだろう。だが私はこれから先に何があってもエースの味方でいようと心に誓った。私もベッドの中に入り、眠りについた。

エースの誕生日から1ヵ月、すぐにエースは中面を取り、仕事をして貯めていた金で単車を買った。エースは、一番に私に見せたいからと、一緒に納車をしに行った。エースが選んだのは、族車の定番のCB250Nで、バブと呼ばれている。それはすでにカスタムが施してあり、黒字に赤い炎の塗装がしてある。マフラーは改造して、頭はデュアルカウルにハンドルはシボリハン、座席には三段シートがついてあり、後ろには旗棒もついていた。なんともエースらしいデザインだった。半帽はコルクが入っており、車体と同じデザインの黒字に赤い炎の塗装だった。エースは私のメットも用意してくれていた。納車の帰り、エースは私にメットを被せ、後ろに乗るように言った。ちょっと遠回りするか!と白い歯を見せ笑った。エンジンをつけると、バブ特有の排気音がする。エースは走り出すと、マフラー音が鳴る。この単車は三段シートが着いているので乗り心地は良かった。しばらく走っていると、後ろにいる私にエースが顔を横に向けて言った。
「mを一番に乗せれて良かった!これからはコイツでmのこと色々な場所に連れてってやるからな」
エースはまた白い歯を見せてニカッと笑った。私は胸がいっぱいになり、後ろからエースを抱きしめる。エースは、自分が言ったことには必ず筋を通す男だった。エースが今まで言ってきた事は必ず実行された。簡単なようで難しいそれは、なかなかできる人間はいないと思う。だから私も、エースと付き合って自分の発言には気をつけるようになった。その場しのぎの適当な言葉や返事をしなくなった。だから私たちは喧嘩をしたときも、別れようなんて言葉が出たことは一度もなかった。
遠回りをしてちょっとしたドライブを済ませた私たちは、家の駐輪場に着いた。バブのエンジンを止め、座席から降りる。エースはふと自分がずっと乗っていた原付に目をやる。
「ZXももう乗らねーな。ボロいから乗る人もいないだろうし、廃車だろうな」
元々この原付も、乗らなくなった先輩から譲り受けた物らしく、最近はエンジンのつきも悪くなっていたので売り物にはならないだろう。廃車というのは仕方なかった。だが今となっては遠くから聞いただけでもエースだとわかるこの原付のマフラー音も、もう聞けなくなるのかと思うと少し寂しかった。
「エースのZXってすぐ分かるようになったのに、ちょっと寂しいね」
「そうだな。大丈夫、次の音もすぐ俺ってわかるようになるから。俺はコイツでもっと有名になるんだ」
わしゃわしゃと私の頭を撫でるエースに、私は笑いながら頷いた。mちゃん可愛いからやりたくなってきた、早く部屋戻ろうぜ、とエースは悪戯そうな笑みを浮かべて私の肩に手をまわして部屋へ歩きだす。私は、馬鹿じゃん、と私も笑いながら言った。



エースが納車をしてから約半年が経ち、夏になった。私たちには2年目の夏だった。エースは自分の単車を購入してしばらく、族のケツ持ちの役割となることが多くなった。エースは運転技術が高かったため、それを評価されてのことだった。エースは相変わらず同じところで働いていた。外仕事なので、夏になったら瞬く間に黒くなっていった。私は17歳になった。今まで地元の夏祭りは、お互い違う會で担いでいたが、今年から私はエースのところで担ぐ事となった。私の會の上の人からは、エースをこっちに連れてこいなどと冗談で言われていたが、私とエースがずっと付き合っていた事を知っていたため、寂しいけどと、快く送り出してくれた。初めてエースと一緒に神輿を担ぎ、また思い出が増えたねと笑いあった。来年も再来年もこの先もずっと、エースと一緒に神輿に参加できたらいいと思っていた。私とエースはすっかり地元では有名なカップルになっていた。どうせすぐ別れるだろと言っていた連中も、今は応援してくれていた。今年の夏も、エースと色々なところに行き、たくさんの思い出を作った。記念日には必ず付き合った日に行った海へ行き、2人で海を眺めた。もちろんたまには喧嘩もあるが、それ以上に私たちは仲が良かった。エースは私のことをずっと大切にしてくれていた。毎日の何気ないエースとの日常が、何より幸せだった。


夏が終わると秋がきて、あっという間に冬になった。年末はいつもの暴走行為をして、そのあとは打ち上げで新年の挨拶とエースの17歳の誕生日会をした。すると総長から、エースに副総長になってほしいと言われた。ここの連合は20歳で卒業だった。その副総長が卒業と言うことで、後任をエースにしたいと言うことだった。もちろん皆そのことに賛成していた。エースもすぐに快諾した。今年の年末年始もエースが主役となり、去年と同じようにまたエースは潰された。私は毎度のこと礼を言ってエースを連れて家に帰る。エースを介抱し、私はベランダにでてタバコに火をつけた。エースがついに副総長になった。だがいずれこうなることは中学の時から分かっていた。それでもいいと思っていた。むしろそれが男としてかっこいいと思っていた。だが副総長になると言うことは、揉め事に巻き込まれる事も多くなるだろう。このままいくと、エースはどうなってしまうんだろう。総長も来年で卒業だ。きっと後任はエースになるだろう。総長をやって、20歳になって卒業をして、そのあとはどうなるんだろう。普通だったらヤクザにでもなるのだろう。それも出会った時から分かっていた。だが、それでいいのだろうか。以前だったらそれで良かった。昔の私は迷わずヤクザになったエースに着いていくだろう。私は手放しに喜べない自分がいることに気づいた。空は段々明るくなっている。私は、大人になっていた。


エースが副総長になってから半年が経ち、私たちは3年目の夏を迎えた。副総長になり、揉め事や集会の参加率が上がったものの、私たちは変わらず仲が良かった。エースは中学生のときから、時たま警察に捕まっていた。例えば、暴走行為中に摘発されたり、イタチごっこでヘマをして捕まったり、教師を殴って捕まったり、喧嘩や揉め事で捕まったり。どれも些細な事なのと、エースは未成年ということもあり、年少までは行かずに留置場で長くてもせいぜい2ヵ月ほどだった。もちろんその間は接見禁止が着くのだが、その度に私は婚約者ということにして弁護士と裁判所へ行き、書類を提出して会える許可を取っていた。エースがいない時間は寂しかったが、すぐに出てくるので昔は何とも思ってなかった。だが最近は副総長になったこともあり、揉め事が多くなってきた。未成年と言えどこんなに逮捕を繰り返していたら、警察もエースに目を付ける。エースが連合の副総長になったことはとっくに警察の耳にも入っているだろう。私はそんな不安を抱えながらも、エースにその気持ちは伝えられなかったから。単車に乗ることや暴走行為を楽しんでいるエースを見ると、いけない事とはわかっていても、どうしても寸でのところで言えなかった。私は見ないフリをして過ごしていた。今が楽しいならそれでいいと自分の気持ちに蓋をした。だがこれが、後に大変な事となるなんて思ってもいなかった。過去に戻れるのなら、私は這ってでもエースを止めただろう。
月日は流れ、エースは18歳の誕生日に、連合総長となった。







2017/7/26

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