島を出航してから2ヶ月後、エースは普段通り過ごしていた。あの直後、しばらくエースは何も手につかない様子だったが、そんなエースに仲間たちはあえて普段通りに接していた。それもあってかエースも段々と笑顔を取り戻していった。だが私は、ふとしたときにエースの顔に影が落ちることを知っていた。
ある日の夜、私はいつも通り仲間たちと甲板で酒を飲んでいたが、眠くなったので一足先に自室へ戻っていた。シャワーを浴び、もう寝ようかという頃にドアをノックする音が聞こえる。先ほどまで飲んでいた誰かが私を連れ戻しにきたかな、と思いながらドアを開けるとそこにはエースが立っていた。エースが部屋に訪ねてきたことなんて今までに一度もなかったので、私は一瞬固まり、エースは気まずそうに目線を下げていた。エースの顔が少し赤くなっているので、先ほどまで酒でも飲んでいたのだろう。ほのかにアルコールの匂いもする。エースが訪ねてきたことに驚きながらも、ひとまずエースを部屋に入れて、ドアをしめる。コップに水をいれてエースに渡すと、エースはそれを無言で受け取った。どうしたのかと私もエースに向かい合って座ると、エースはコップの水を見つめながら口を開いた。風呂上がりの私の髪からは静かに雫が落ちる。
「m、抱かせてくれ」
部屋は暗く、ベッドの軋む音とお互いの吐息しか聞こえない。もうどちらの汗なのかもわからないほどに私たちは体を重ねていた。
エースはいきなり抱かせてくれと言った。私は一気に酔いも冷め、エースを見つめた。エースはまだコップの水を見つめたままだった。どういう思いでそれを私に告げたのか、もう少女でない私にはわからないはずがなかった。エースの持つコップを奪うように取り、テーブルに置いた。コップから少し水がこぼれる。私はエースを抱きしめてキスを落とし、「ベッドに行こう」と呟いた。
事が終わり、裸のまま私たちはベッドに横たわっていた。エースの背中から寝息が聞こえてくる。エースは情事の最中、何度もごめん、と呟いていた。私は夢中になっているふりをして聞こえていないことにした。エースは一度も私にキスはしなかった。だから私からも求めることはしなかった。エースが何を思って、誰を思ってやっているのかくらいは簡単にわかった。おそらくエースも、私がそれに気づいていることは分かっているだろう。エースの目には私は映っていない。それでも、エースのことを好きな私は、私が代わりになれるのなら、この体くらいいくらでも差し出した。それでエースの気が少しでも紛れるなら、私は知らないふりをして目をつぶるのだった。