それでもいい(エース)





あの日からエースは心ここに在らずだった。夜も深まった頃には、甲板で頬ずえをつき、海を眺めている。ついこのあいだ、必要な物資や食料を補給するためにある島へ2週間ほど停泊した。そこは白ひげ海賊団の傘下の島ではなかったが、傘下の島が近くになく食料も残りわずかだったので、たまたますぐ近くにあったこの島へきた。船の連中は久しぶりの陸だと一目散に船を飛び降りた。久々の陸はやはり嬉しくて、私もそこに加わり仲間と共に行動をしていた。この島は裕福な層と貧しい層がはっきりと別れていた。島の表側は土地も整備されていて綺麗だが、奥に入るにつれて景観も治安も悪くなっていく。だがこういうことはよくあることなので、気にせず私は島の表側で仲間たちと遊び呆けていた。ふと、その中にエースがいないことに気がついた。気になった私は、夜な夜な飲み屋をそっと抜け出し、島を散策した。しばらく歩いていると、遠目にエースらしき人影が見えた。その隣にはもう1人、女の人影がある。2人は隣り合って浜辺に座り、何かを話しているようだった。さすがに話を盗み聞く趣味はなかったので、私はそのまま宿に帰った。

私はエースのことが好きだった。ずいぶん仲が良さそうだったが、あの女の子は一体だれなんだろう。そう考えていたのも束の間、その女の子の正体はすぐに分かることとなった。
「気が強いところもあるんだけどよ、これがまたかわいいんだっ!」
エースは酒の入ったジョッキを煽りながら、ぺらぺらとその女の子のことを私達に話した。その女の子は治安の悪い場所に住んでいるらしく、見た目は可愛らしいが自立してて芯のある子なのだとエースは言う。惚気とも言えるそれに、ガヤを飛ばす者やヒューっと口笛を鳴らす者、どこまでしたんだ?と下品な事を問う者までいて、とにかくその場はエースの恋の話で盛り上がっていた。エースはその女の子に心底惚れているらしかった。その女の子もまた、エースのことが好きだと言うらしい。私は静かに失恋をした。だが私がエースと恋仲になるのなんて望んでもいなかったため、胸は多少痛むがどうってことはなかった。私も仲間たちに混ざって笑いながらガヤを飛ばす。私達の関係は今までもこれからも変わることはない。

結局朝まで酒を飲み続け、私たちは飲み屋のテーブルで突っ伏して寝てしまっていた。静まり返っていた店に、いきなり仲間が慌てて入ってきた。おい、来てくれ!とそいつが叫ぶと、みんなは眠い目を擦り、ぶつぶつと文句を垂れながらそいつに着いていった。店をでてしばらく歩いていたら、エースの恋人の女の子の亡骸があった。後々衣服の中などを見てみたところ、金や貴金属が無かったので、きっと強盗にあったのだろう。残念なことに女・子供がその標的にされることは、この島のこの地域では珍しいことではなかった。こりゃひでェ、どいつがやったんだ!と仲間たちが口々に叫ぶ中、エースはただその場に立ち尽くしていた。

名も知らず、話したこともなかったが、仲間の恋人ということで私たちはこの子を埋葬した。墓の前で手を合わせる。私の好きな人の恋人だったが、このことは非常に残念に思った。犯人を探す術もなく、エースは墓の前でもただ立ち尽くしているだけだった。

島を出航してから2ヶ月後、エースは普段通り過ごしていた。あの直後、しばらくエースは何も手につかない様子だったが、そんなエースに仲間たちはあえて普段通りに接していた。それもあってかエースも段々と笑顔を取り戻していった。だが私は、ふとしたときにエースの顔に影が落ちることを知っていた。
ある日の夜、私はいつも通り仲間たちと甲板で酒を飲んでいたが、眠くなったので一足先に自室へ戻っていた。シャワーを浴び、もう寝ようかという頃にドアをノックする音が聞こえる。先ほどまで飲んでいた誰かが私を連れ戻しにきたかな、と思いながらドアを開けるとそこにはエースが立っていた。エースが部屋に訪ねてきたことなんて今までに一度もなかったので、私は一瞬固まり、エースは気まずそうに目線を下げていた。エースの顔が少し赤くなっているので、先ほどまで酒でも飲んでいたのだろう。ほのかにアルコールの匂いもする。エースが訪ねてきたことに驚きながらも、ひとまずエースを部屋に入れて、ドアをしめる。コップに水をいれてエースに渡すと、エースはそれを無言で受け取った。どうしたのかと私もエースに向かい合って座ると、エースはコップの水を見つめながら口を開いた。風呂上がりの私の髪からは静かに雫が落ちる。
「m、抱かせてくれ」


部屋は暗く、ベッドの軋む音とお互いの吐息しか聞こえない。もうどちらの汗なのかもわからないほどに私たちは体を重ねていた。
エースはいきなり抱かせてくれと言った。私は一気に酔いも冷め、エースを見つめた。エースはまだコップの水を見つめたままだった。どういう思いでそれを私に告げたのか、もう少女でない私にはわからないはずがなかった。エースの持つコップを奪うように取り、テーブルに置いた。コップから少し水がこぼれる。私はエースを抱きしめてキスを落とし、「ベッドに行こう」と呟いた。

事が終わり、裸のまま私たちはベッドに横たわっていた。エースの背中から寝息が聞こえてくる。エースは情事の最中、何度もごめん、と呟いていた。私は夢中になっているふりをして聞こえていないことにした。エースは一度も私にキスはしなかった。だから私からも求めることはしなかった。エースが何を思って、誰を思ってやっているのかくらいは簡単にわかった。おそらくエースも、私がそれに気づいていることは分かっているだろう。エースの目には私は映っていない。それでも、エースのことを好きな私は、私が代わりになれるのなら、この体くらいいくらでも差し出した。それでエースの気が少しでも紛れるなら、私は知らないふりをして目をつぶるのだった。








2017/7/12
たとえ私のことを見ていなくても、



text