火炎(エース)




私は甲板から1人海を眺めていた。先ほどまで燦々と私たちを照らしていた太陽も、今は西に傾いている。
頂上決戦と呼ばれる日から3ヵ月が経った。私たちは、親を失くし、船を失くし、兄弟を失くした。
私たちは海賊だ。自由を求めて海にでた。いつ死んでもおかしくない道を自ら選んだのは自分たちだ。いつかきっとこうなることも、心のどこかで分かっていたのかもしれない。
2人の最期は、立派なものだった。まるで、最初から台本でも決められていたような、素晴らしい終わり方だった。正直、海軍や黒ひげ達に思うことがないと言えば嘘になる。私たちは海賊だが、それ以前に大切な唯一無二の家族だった。今、私の心の中には埋めても埋めきれない穴がある。きっとそれは今は皆、同じなのだろう。もしオヤジが老いていなかったら、もしマルコに海楼石の手錠がかかっていなかったら、もしエースの幼馴染というサボが来ていたら、もし私がエースをかばっていたら。情けないが、「もしも」と考えられずにはいられなかった。白ひげの娘と言われた私も所詮ただの人間で、正直これをどう乗り越えたらいいのかわからなかった。エースがいない日々を重ねることが辛かった。エースの声や温もり、匂いを忘れたくはないが、記憶はだんだんと薄れていく。匂いなんてもう思い出せない。忘れるのはこんなにも容易い。どんどん記憶は薄れていき、思い出す頻度も減り、生き残った私は平然と生きていくのだろうか。エースを過去の人間として置き去りにして、私はこれからも様々な冒険や新しい人々と出会っていくのだろうか。いやきっと、私の心の中の穴は一生あいたままだ。あいたままに、しておきたいのだ。
ふと後ろから1番隊隊長の声がする。私たちはこれから黒ひげの元へ向かう。これ以上白ひげの名は汚せない。敵わないと知りながらも、行かねばならないのだ。これがきっと白ひげ海賊団としての最後の仕事になるだろう。この船に乗る者たちは誰しもが思っているはずだ。そして私はきっと、自分の中の時計を止めたまま、死ぬまでエースに囚われて生きるのだと思う。この心にあいた穴と共に。

「…エースはそれを望んじゃいねェだろうよい、m。」

1番隊隊長はまるで私の心を見透かしているかのように、そうつぶやいた。夕刻になり、太陽の縁が地平線に沈みかけ、辺りは真っ赤に染まる。まるで炎のようだ。彼のような、火炎だ。私はきっと、この赤に焦がれて死んでいくのだろう。









2017/7/8


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