叶わない:続き(サボ)




海軍と白ひげ海賊団の頂上決戦を経て、自分の兄弟であったエースは死んだ。サボは記憶を取り戻していた。エースが思い出させてくれたのだと思う。あの日から半年が経った。弟であるルフィにも会いに行き、エースの形見であるメラメラの実も食べた。なぜ自分は忘れていたのか、エースがどんな気持ちでこの世を去ったか、そんなものは夜の数だけ考えた。自分がエースの意志を受け継ぐと決めた。それとあともう一つサボは気にかかっていることがあった。それのせいで仕事が手に付かない。周りは、あんなことがあったのだから仕方がないと言うが、違う。エースが死んだからではない。二年前に自分の故郷のフーシャ村で、自分の兄弟だという一人の女を抱いた。そのときは半信半疑だったし、何より彼女が自分にとってどれだけ大切な存在だったのかなんて知りもしなかったのであんな風に接してしまった。死んだはずのサボが生きてはいたが、記憶はなく自分のことも忘れ、会って間もなく天から地へと落とされた気分だっただろう。サボは彼女が気がかりでならなかった。本当は記憶を取り戻したあとすぐにでも会いに行かねばならなかったのだろうが、正直彼女にどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。兄弟を見殺しにして、自分のひとときの欲に任せて彼女を抱いて。そうこうしているうちに半年が経ってしまった。彼女は俺に幻滅していないだろうか、もうすでに他の男と結ばれているんじゃないだろうか。真実を知るのが怖かった。だが、やはりこのままではいけない。エースとルフィも大事にしていた彼女のことをこのままにはできない。もし嫌われていたとしても、他の男と結ばれていたとしても全て受け入れよう。謝り、そして今度こそ自分の思いを伝えよう。思い立ったら即行動の彼は、コアラの静止も聞かずに船に飛び乗った。

サボと再会をしてから二年が経っていた。半年前に、私の兄弟のエースは死んだ。ガープもフーシャ村に来て、謝られた。ダダンは怒っていた。だが、目の前で義理の息子を亡くしたガープも相当辛いものだっただろうと思う。私はエースが死んだと聞いたときは、傷つき、泣いた。こんなに泣いたのはサボが死んだと聞いたとき以来だった。だが、ルフィをかばったというエースの最期を聞き、海賊らしい、いかにもエースらしい最期だなと笑みが零れた。自分の命に脇目も振らず、体が勝手に動いたのだろう。かっこつけちゃって、と私はまた涙が零れる。だが最期に、エースがずっと探していた生きる理由を見つけられてよかった。エースはずっと自分の生きる意味を探しているように見えた。名声や地位なんかじゃない。私は幼い頃、エース自身は気付いていなかったが、彼が必死に生きる理由を探しているように見えて、私たちにはエースが必要だよ、と常日頃から伝えていたことを思い出す。幼い頃なんか思い出してたらもっと涙が溢れてきた。きっとこのままグズグズ泣いていたら、俺は泣き虫は嫌いなんだ、いつまでも泣いてるな、と言い私のことを叱り飛ばすだろう。私は顔を水で洗った。私はエースを助ける力もなかった。それならばせめて、この痛みを胸に抱えて生きていこう。明日からは、またいつも通り笑って過ごそう。
エースが死んでから半年、私はいつも通りに仕事を終え、シャワーを浴びベッドに入った。毎日私は思うことがあった。サボはこのことを知っているのだろうか。エースの死は世界的に報道された。それならサボの耳にも入るはずだ。彼はまだ記憶が取り戻していないのだろうか。もしサボがまだ記憶を取り戻していなかったのなら、知らぬ間に兄弟が死んだなんてそんな悲しいことがあるのだろうか。だが私は彼の記憶を取り戻すことなんてできなかった。もうこのままサボに会えることはないのだろうか。そんなことを毎日毎日ぐるぐると考えていた。
ふいに、コンコン、と部屋をノックする音がする。こんな夜更けに誰だろう。この街は治安が良いが夜中に部屋を訪れるとなると少し怖かった。このまま居留守をしてしまおうとも思ったが、ドアを開けなきゃいけない気がした。ベッドから出てストールを羽織り、恐る恐る扉をあけると、ずっと私が思い浮かべていた本人が、そこには立っていた。

「m。俺、記憶を取り戻したんだ。」

そう言ってサボはmを抱き寄せた。ストールが音もなく床に落ちる。私は彼の胸の中で泣いた。人生で3回目の、声をあげて泣いた。ひとしきり泣いたあと、ちょっといいか?と手を引かれ外に出た。私は手を引かれるまま、サボのあとを着いて行った。お互い無言のまま歩いていると、海が見える丘についた。

「m、お前に謝らなきゃいけないことがある。」

サボが私に謝ることなんて何一つないはずだ。だが、彼の話を聞こうと思い、私は無言でサボを見つめた。エースを死なせてしまって悪かった。ぽつんとそう言われ、私はまさかそんなことを謝られるとは思っていなかったので驚いた。サボが謝ることなんてないから、もうそんなこと言うのやめてよ、とmは言った。あれはエースの人生なのだ。誰も悪くなんかない。mはサボの目を見てはっきりそう言った。mはいつもそうだった。優しい言葉をかけてくれ、温かい気持ちにさせてくれる。サボは懐かしい気持ちになった。mはいつも安心をくれた。俺は、mのこういうところが好きだったのだ。それともうひとつ、謝らなきゃいけないことがある、と彼は言った。まだあるの?とmは笑う。サボが悪いことなんてないだろうが、きっと伝える言葉を今日まで一生懸命考えてくれたんだろうなと思い、また黙って聞くことにした。

「二年前のことだが、俺はお前に最低な事をした。記憶がなかっただなんて理由にならないと思ってる。許してほしいなんて思っていないが、本当に悪かった。」

一息にそう言うと、サボは頭を下げた。なんだそんなことか。mは、頭をあげて、とサボの顔をのぞき込む。いいの、あれは私が好きにしたことだから。そんなことまで気にかけてくれていたのかと逆にmは嬉しくなる。サボのそういう律儀なところも好きだった。本当に気にしないで、とmは笑いかける。そんなことより記憶を取り戻してくれたことのほうが嬉しいのよ、私は、とサボを抱きしめた。「m、俺は、」サボはmの肩を両手で掴みmを見つめる。もうひとつ、伝えなきゃいけないことがある。

「お前のことがずっと好きだった。」

夢にも思っていなかった言葉を聞き、mは一瞬きょとんとした。その言葉を理解したときには、もう涙はとめどなく溢れていた。サボはmを抱きしめた。温かい、mはそう言って涙を流しながら笑った。mもサボの背中に手を添えた。ずっと、こうしたかった。幼い頃から、ずっと。返事を聞かせてくれよ、と優しい声が聞こえ見上げると私の知っているいつものサボの顔があった。mは涙を拭き、私もずっと、ずっと好きだったよ、と言って微笑んだ。また涙が溢れてきて、サボがその涙をすくって言った。

「待たせたな、m。もう二度と離さねェよ。」


私達は、10年越しのキスをした。









2017/7/6



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