叶わない(サボ)




幼い頃、私はコルボ山で兄弟4人で暮らしていた。4人それぞれの事情があり、何かの縁かここで4人で暮らしていた。私とエースとサボで長男長女、ルフィは弟。もう10年も前の話になる。
当時、サボはmのことが好きだった。弟のルフィのことももちろん気にはかけていたが、それとはまた違う感情をサボはmに抱いていた。最初にエースが連れてきたmを見たとき、こんなところに女なんか連れてくんなよ、と思っていた。力はなく、走るのも遅い。当然mは足でまといだった。女は大人しく家でダダンの手伝いでもしていればいいものをこいつはなぜか一生懸命3人についていった。ある日mは1人にしないでと泣いた。こいつも、天涯孤独の身だった。その姿は弟のルフィと重なりその日からサボたちはmのことを構うようになった。力がないなら俺たちが戦えばいい。足が遅いなら俺たちが手を引けばいい。3人はmを守り抜こうと誓った。ただ1人自分の気持ちに気づいたサボは、兄弟としてではなく、1人の女の子として守ろうと、密かに胸に誓っていた。
私は幼いながらにサボのことが好きだった。当時はその気持ちが何なのかさっぱり分からなかったが、今になって、あれは恋だったのだなと思う。森を抜けるとき、エースもルフィもこちらには目もくれないがサボはときどき後ろを振り向き、大丈夫か?m、と気にかけてくれる。夜眠るとき、海に出るんだという3人のキラキラした目を見ると、私も男だったら、なんで力のない女になんか生まれてきたんだろう、とエースたちのいびきに隠れてこっそり涙を流した夜も、サボは黙って手を握ってくれた。エースと私が喧嘩するときは仲裁に入り、女が男と喧嘩してどうするんだよ、と必ず頭を撫でてくれた。エースやルフィとは違う安心感を、私はサボに覚えていた。
そんな日常を送っていたある日、サボが死んだ。私達は3人になった。ルフィはわんわん泣いた。エースと私は、弟をこれ以上不安にさせないために涙を堪えた。丘の上に、遺体の無いサボの墓を作った。その日の夜、皆が寝静まった頃に家を抜け出し私は墓へ行った。やっと、声をだして泣いた。涙が枯れようとも、毎晩ここへ来ては朝まで泣いた。少し離れた後ろの木陰にエースがいたような気がしたが、涙は止められなかった。声をかけてこないのをいいことに、私はその存在に気づかないフリをして泣き続けた。私の初恋は、恋と気づく前に終わりを告げた。心にぽっかり穴があいたような気がして、時間が経てば経つほどサボが私の心を侵食してくるようでおそろしかった。自分が壊れる前に、全ての思いを胸に閉じ込め、見ないふりをして、数え切れない夜を過ごした。
月日は流れ、私達は17歳になり、エースが海にでた。その3年後、17歳になったルフィも追うように村をでた。私はフーシャ村に移り住み、たびたびエースとルフィの記事を見てはマキノさんや村長たちと喜んでいた。エースもルフィも次会うときはきっとたくましく海賊らしくなっているだろう。サボも生きていたら今頃は……、ため息をつき、考えることをやめた。二人に会える日を楽しみに、何事もない平和な日常を過ごしていた。時々あの頃の夢を見る。悲しくはない。私はもう大人なのだ。あれから恋愛だってたくさんした。色々なことを学んだ。私の初恋はサボだったんだな、とどこか他人事のように思う私がいた。サボのことはもちろん忘れないが、あの恋心は、過去の事なのだ。そう自分に言い聞かせた。サボはもういない。
ある日の夜、いつも通り仕事を終え自宅に帰る。明日は休みということもあり、なぜだか無性に外に出かけたくなった。化粧を少し直してまたすぐに家をでる。外には出てきたものの特に行く場所もなく、ただ街をフラフラ歩いていた。繁華街まで行き、そろそろどこかの店に入ろうかと思っていた。明日が休日なのもあり、夜でも街は人で溢れている。そのとき、ブロンドの髪の男とすれ違った。シルクハットを被っていて顔はよく見えなかった。

「サボ?」

私は振り返りその男の背中に向けとっさに名前を呼んだ。あ、と口を押さえた。サボは死んだのだからいるわけがない。私どうしたのかな、夢の見すぎでとうとう壊れたかな、と思いながら、振り返る男に「すみません」と頭を下げた。だが、顔をあげると、そこには幼い頃共に過ごした人の顔があった。

「お前なんで俺の名前知ってんだ?」

声も低く、左目には火傷の痕があり、身長はずいぶん高い。ブロンドの髪は耳にかかるまで伸びていた。顔もだいぶ大人びていたが、私が見間違えるはずもなかった。

「サボだよね?私だよ、mだよ。」

まるで昨日のことのように、胸に閉じ込めていたあの頃の気持ちがいっきに蘇る。涙がでそうなのを必死に食い止め、私は思い出してもらおうと必死にあの頃の話をした。ダダンとよく喧嘩をした話、4人で宝探しをした話、将来について語り合った話、盃をかわした話。だが、サボは眉をひそめた。

「お前、誰だ?」




私とサボは繁華街の少し外れのバーに来ていた。気の乗らないサボの腕をなんとか引っ張り、二人で話をしようと言ってバーに入った。聞けばサボは記憶を失っているらしい。エースのこともルフィのことも私のこともコルボ山のことも何一つ覚えていなかった。サボは正体を明かさなかったが、ある任務で今日からフーシャ村に来ていたらしい。だが明日には帰るということだ。サボが何も覚えていないことに私はひどく傷ついた。サボがわかっているのは、フーシャ村の沖で命を救われたことだけらしい。だがそれも後から人に聞いたということだった。mはなんとか思い出してくれないかと昔の話をたくさんしたが、なかなか心を開かないサボは鵜呑みにはしなかった。それどころか、この女はこんな必死になって一体俺にどうしてほしいんだとまで考えていた。mはサボに会えたことが、生きていたことが嬉しく、一人で酒を煽っていた。サボは気乗りしないながらもmの話に付き合った。mの声を聞いていると、自分は大事なことを忘れているような気がしてきていた。だがそれが分からない。記憶が戻るはずもなく、時間だけが過ぎていった。
夜が深くなっていき、ぼちぼち他の客も帰り始める。目の前の女は潰れているのか、満足そうな顔をしてテーブルに突っ伏していた。肩ははだけている。この女は、幼馴染みとはいえ記憶のない初対面の男にここまで無防備で、危機感なさすぎないか。もう今夜は宿に戻ろうと会計をするためにサボは席を立った。すると腕を掴まれ、女のほうを見る。さっきまで突っ伏していた女は目線だけをこちらに向け、サボの目を見つめて離さなかった。女は静かに、サボ、とだけ言った。サボは、自分を求めてくる聞き分けのないめんどくさい女たちと重なる。今日はもう任務を終え、明日は帰るだけなので、まあいいかとサボは思う。この女の望み通りにしてやろうと思った。サボはmに掴まれていた手を握り返し、酔ったふりをしてmにキスをした。出よう、とmの腕を引っ張り会計を済ませる。mはサボに引っ張られるがままだった。これから起こることを分かっているのかいないのか、心無しかこの女は少し嬉しそうだった。完全に酔ってやがるな、とサボは自分の宿へと向かった。
サボの部屋へ入ると、少しの荷物が置いてあるだけだった。今日この村に来てすぐに任務に向かったため部屋で一息つく間もなくこの女に声をかけられたからだ。シルクハットとコートをそこら辺に投げ、酔ってる女を優しくベッドへ横にした。

「ふふ…サボ、もしかして酔ってるの?」

サボはmに覆いかぶさり、mはサボの頬を両手で包み込みそう聞いた。

「ああ、酔ってるかもしれねェ。」

サボはそう言い唇を重ねた。うそつき、とmは心の中でつぶやく。本当は自分だって酔っていない。だがこんな馬鹿げた女を演じてまでも、忘れられているのなら、せめて、一晩だけでも、と思った。お互い酔ったフリをして、二人は何度も体を重ねた。

ふと目を覚ますとまだ夜明け前だった。隣を見るとサボはまだ寝息をたてて寝ている。サボは明け方フーシャ村を去ると言うことだった。サボはきっと、いつか私達を思い出してくれると信じてる。それまでは会えないだろうけど、もしかしたら一生会えないかもしれないけど、待とうと私は思った。こういう形になったのは、私があの日、自分の気持ちを閉じ込めた罰なのかな、なんて少しセンチメンタルになる。そこら中に散らばっていた服を着て、部屋を去る前にもう一度サボの寝顔を見つめる。さよなら、誰よりも愛していた人。一晩だけだったけれど、あなたはまた私を忘れるのだろうけれど、それでも私は幸せだったよ。mは涙を拭い、サボの頭を撫でて、部屋を後にした。

サボは起きていた。ガチャ、と部屋を去る音が聞こえ瞼をあける。昨晩はきっと自分の酔ったフリに彼女は気づいていた。そして彼女も酔ったフリをしていた。結局記憶は思い出せないままだ。このままでよかったのだろうか。引き止めないでよかったのだろうか。自分はこのまま彼女のことを二度も忘れるのだろうか。頭を撫でられた温もりを思い出す。今から行っても彼女にはきっと追いつくだろう。だが、女の話を全て信じるとするのなら、エースやらルフィやらに助けてもらえばいいだろう。おそらく自分に追いかける権利はない。サボはまた、目を閉じた。









2017/7/6



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