晋助がわたしの髪をひと束すくって口づけ、そうっとその束を落とし、またひと束を作っては、おんなじ動作を繰り返す。
わたしのことが大事だと、そうありありと伝わる手つきで髪や頬にふれる。

曲げた指で、顔中のそこかしこに残してゆく、あったかい感覚も手つきも。あまりにやさしくて、せつなさがこみ上げるくらいに、優し過ぎて。

まるで晋助が、次々ふれたところに傷をつけてしまうと怯えてるんじゃないかって、おもうくらいに。

これから起こる未知のことに、全くこわいきもちがないといったらうそだった。けれどもそんな不安を、いつものように晋助の手が魔法みたく消してゆく。
ほおに貼られた湿布や口端のガーゼの上へ、ゆっくりとゆびを滑らせる晋助の手。わずかに歪んだ、晋助のかお。痛くはないかと問いかけるような目をした晋助と、目が合った。
いつだってそう。いつだって、他の誰でもない晋助が わたしをこわがらせるものぜんぶ、消してくれた。
添えられた晋助の手に自分からほおを擦り寄せることで、無言の問いかけにわたしも黙ったまま応える。だいじょうぶだよ、痛くない。痛いわけがない。晋助の手、心地よくてたまらない。

晋助の手は、ちゃんと湿布の下の肌にまで綿のようなやわらかさをじわりと届けてくれて、布の隔たりがあることを忘れてしまう。胸がいっぱいになり、まばたきをするつもりがしばらくうっとりと目を閉じてしまった。

こんなにもやさしくふれてくれる人がすることに、どうしてこわがる必要があるんだろう。

こみ上げる愛おしさに、たまらず頭をわずかに持ち上げて、今度はわたしから初めて晋助に口づけた。重ねるどころかくっつけるだけですぐに離したけれど、ものすごくどきどきして、目眩がした。

「…っ、」
「っはぁ…しんすけ、………晋助?…、…晋助?」

めずらしく目を丸くさせて固まった晋助を呼んでも反応が返ってこない。とんとんと肩を叩いてもそのままだったから、もしかしてやりかたが間違っていたのかもしれないとおもったわたしは、やり直そうともういちど布団から頭を持ち上げた。

「…ふ、っ?ん、んん…っ!」

するとわたしが晋助に届くよりも先に晋助のくちがふってきて、わたしは後頭部からまた布団の上に落ちていった。そのやわらかな衝撃に空気が弾み、ぽすんと妙に現実的な音が耳に入る。
晋助はわたしがさっきしたようなくっつけるだけのちいさいキスを何度か繰り返して、ぺろりと舌でわたしのくちびるを舐めた。

「ふぁ、っ」

潤んできた目を晋助に向ける。眉根を寄せた晋助の表情がまためずらしかった。ばちんと視線が合うと、晋助は口もとを手で覆いちいさく苛立ちを含ませた声をこぼした。

「ああ…クソ、」
「ご、ごめんなさい…さっき、わたしがしたの…くそみたいに下手だったんだね…」
「違う」
「がんばってじょうずになるから…あの、苛々させちゃうかもだけど、どうすればいいのか教えてほしい、です…」
「だから違ェ、…あんまりそういうことばかり言うと」
「い、言うと?」
「……」
「…え、や、やだ…他のひとと練習してこいなんて言わないで」
「言わねェし、もしそんなことをしてみろよ。俺の部屋にでも閉じ込めて二度と出してやらねぇからな」
「えっ、うれしい」
「……」
「あ、でも晋助以外の誰かとちゅうの練習するのは、わたしもやだな…何か他の理由つくって閉じ込めてくれたら、」
「もういいから黙れ」
「んむ」

ばっと晋助の手が今度はわたしの口もとを覆う。きょとりと目線を動かして晋助を見上げれば、困ったようなかおがまだあった。

「何だっておまえはこうも怖いもの知らずなんだ」
「晋助がわたしにすることに、怖いことなんてないよ」
「……俺がこの手にもっとちからを込めれば、もう助けを呼ぶことも出来なくなっちまうぞ」
「助けが必要になることなんて起こらないもん」

どうしたらすこしでも晋助を安心させられるだろう。わたしがこわがることを、泣くことを何よりも恐れるこのやさしいひとを、どうしたら

ことばだけじゃなく行動でも、この先を続けていいと、むしろ続けてほしいと伝えるにはと考えた結果、わたしは中途半端にまとわりついた自分の帯をぽいと布団の外へ投げた。そうして今度は晋助の帯のほうへ手をのばし、結び目をくいと引っ張った。

「…オイ、何してる」
「だ、だって…こういうときって、着てるもの脱ぐんじゃないのかなって…あ、でも…」

そういえば、街へ降りたときに見かけるおねえさんはみんな、下着が見えるんじゃないかとハラハラするくらい脚を出していたり胸元や肌の露出が多くて、スタイルの良さが全面に分かるひとばかりだった。
因みに、ああいうかっこうはすき?と晋助に聞いたら、絶対におまえは真似るんじゃねェぞと言った低うい声と鋭い睨みを、回答の代わりに寄越された。どうして睨まれなきゃならなかったんだろう。
真似たいという願望はあまり沸き起こってこなかったけど、わたしにはない細長い手足とおおきな胸は羨ましかった。何よりも、育ってないに等しいこの身体を晒すことで晋助をがっかりさせてしまうことが、いちばんいやだ。こんなことならおべんきょうしてもっと、

「ふかふかにしとくんだった、おっぱい…」
「……またおまえは素っ頓狂なことを言い出しやがって」
「だっておっきいほうが…いいんじゃないのかなって…」
「どこからそんな偏見ばかり耳に入れたんだ」
「えっ?へんけんなんだ?!」
「……まずおまえはどこもかしこも脂肪がなさ過ぎるんだよ。そんな身体つきで乳だけデカく育つワケねぇだろう」
「そんなぁ……あの、おっきくなるまで見せるのは待っててほし、」
「断る、それは諦めろ」

晋助がわたしのあごをクイと掴みながら、口の端をそろりと上げる。いつも通り妖しく笑ったかとおもえば、次の瞬間もう耐えられないと言わんばかりの笑い声が、といっても短く吹き出しただけだけど、たのしそうな声が空気を震わせる。
晋助のやわらかい表情で見下ろされて、身体がぽっと熱をあげた。ごちゃごちゃと考えていたことが一瞬で隅に追いやられる。
ああ、やっと笑ってくれた。

「こういう時までおまえはおまえらしいよ」
「……、すき」
「………優美」
「晋助すき、…すき」
「……さっきから、っとにおまえは…」
「え、え、っ」
「もうこれ以上煽られると止まらねぇからな」
「あお…?っぁ、…!」

ついさっき、晋助がゆるめた帯をわたしは自分で放ったから、着物の合わせなんてとっくに消えているわけで。晋助はわたしのはだけた格好の隙間から寝巻きのなかへ手を差し入れた。
大きな右手に、左の胸がすっぽりと包まれる。

「っ、ん」
「……怖ェんだろ、」
「…こわくないよ」

ふるふると首を横に振って答える。こわくないと、それだけはたしかに言えた。
わずかに身体に走る感覚は、くすぐったさにも似たような、でもこそばゆいと笑っちゃうようなものではなかった。部屋のなかは仄暗い明るさで、まぶしいわけでもないのに薄目になってしまって晋助のかおがちゃんと見えない。それでも懸命にくちを動かして伝え続けた。

「逃げないから、だいじょうぶだよ、晋助ほら……っ…んん、っ」
「…オイ、!」

晋助の右手に手を重ね、ぐっとちからを込める。ふにりと自分の胸がかたちを変えたのが分かった。

「っあ、ぁ、ごめんね晋助…」
「何が、だ」
「わたしの…ち、…ちっちゃい、から…あんまりうれしくないでしょ…」
「……そうでもねェ…いや」
「…ぅ、 ん……?」
「そんなこたァねェよ、優美」

晋助は反対の手でわたしのおでこをふわりと撫でて、そこにキスを落とした。羽がすべっていくようなふわふわとした感覚に目をつむって浸っていると、

「ひ、ぁ…!」

不意にやってきた刺激に両目がぱっと開かされた。晋助の髪の毛がほっぺたに当たるくすぐったさと、ぬるりとくびを滑る何かが同時にやってきて。じいんと痺れのようなものを与える晋助のくちが、ちゅうとちいさな音を鳴らしてくびのあちこちを吸ったり、舌でべろりと舐めたりするものだから、次々と走る初めての感覚に訳が分からなくなった。
昔はおふろも一緒に入って、身体を洗ってもらったことだって何度もあった。だけど、こんなの、

「んっ…べろ、んんっ…!あつ、い…」

こんなの知らない。ふれられて、身体がこんなきもちになったこと、今までなかった。
中心がずくずくと疼いてきて、それに堪えるような。

「…おまえも熱ィんだよ」
「ゃ、…あ…?っあ、晋助っ…!」

きっと加減をし尽くしてくれたちからで、晋助が手を乗せたままだったそこを、やんわりと揉んだ。
晋助の手で、舌でふれられた肌の上がチリリと熱くなる。ちっちゃな火花が生まれたみたいに。

晋助の手、わたしの胸、にのっていないほうの、反対の手はどこだろう。無性ににぎりたい。掴まっていたい。
手探りで晋助の手を求めると、その動きと意図に晋助は気づいてくれたようで、わたしの右手の上に晋助の手が重なった。ほっと安心して、晋助の親指を弱々しく握ったわたしのにぎりこぶしを、晋助が残り四本のゆびたちでそっと包んだ。
このやさしい手の重ねかたが、わたしはとくべつ、だいすきだった。

「……昔っからよくするなァ、これ」
「…?、これ?」
「この握り方」
「あ、…だってこうすると…晋助に手、包んでもらえるから……すきで、」
「…赤ん坊みてェ」
「あ、あかちゃん…?そんなぁ…」
「………可愛い」
「、っぇ…」
「可愛い奴だなァ 本当に、優美は」
「っ?!ひゃ、!」

晋助のゆびが一本、胸の真ん中にあるものにふれた。ちょんっていう控えめな音がしそうな、ちいさい悪戯みたいなふれかただった。
たぶんこれ、人差し指。晋助の人差し指、すこしかさついてるから、分かる。
びくりと一度わたしの身体が跳ねたのにもかまわず、てっぺんに乗せたゆびを、晋助はゆっくりとちいさい円を描くようにくるくる動かした。
たしかにそこへふれてはいるんだけど、あと少しで離れてゆきそうな、うっすらなタッチが身体をすごく刺激してくる。

「な、なに、っん、」
「……」
「晋助っ、ゃ、どうしようっ…!」
「…どうした」
「それ……へんになるの…」

いっぱいいっぱいの戸惑いがほんのすこしだけこわさに変わってゆきそうな手前、握った晋助の親指へきゅっとちからを込めてしまう。すると晋助もそれに応えるよう、にぎにぎと手を動かしてくれた。
やさしい、やさしい晋助。ひとりでずっと恐い想像にくるしんで、わたしを傷つけないようにと、わたしの為に堪えて。それでもちゃんと、わたしから離れないでいてくれた晋助。それに比べたら、今までわたしが淋しかった日々なんてどうだっていいことだった。なんて浅はかに自分ばかりわがままを言っていたんだろうと、ごめんねを伝える前にしなければならないのは、もう怖いおもいなんてしなくていいよと、晋助を安心させることだ。何だって受け入れる、受け入れたいと。晋助が怖がっていたようなことには、絶対になったりしないよと伝えたかった。
なのに、わたしのくちはおかしな声ばかりを出す。

「何がどう変なんだ」
「っ…あぅ、!ぁ、あっ……」
「答えろ、優美」

返事を促すように晋助がてっぺんの乳首を、ゆびでとんとんとやさしく小突いたり、撫でたり。
繰り返しされていることはたったのそれだけなのに、上手く呼吸ができなくなる。やさしいふれかたに反して、晋助の熱のこもった目と、短い命令のことばにからだがふるりと震えた。
じっと逸らされることのない視線に耐えられず左手で目を覆うと、両目に涙が浮かんでくる。

「からだ、っ、しんすけ、に…さわってもらった、とこ……ぜんぶすごく、すごくあつい…」
「……」
「も、はずかしくて、でもね、…やじゃなくて、」
「…厭じゃねぇのか」
「やじゃない、でも…なみだ、出てくるの…どうして……わたし、っはあ…おかしいみたい…」
「…おかしくねェ」
「へんだよぅ、どうみても…」
「安心しろ、可笑しくも変でもねェよ」

ちゅ、ちゅ、と、こめかみや頬に唇を落としていきながら、晋助は手をするするとわたしの寝巻きの上に這わせていった。
ひやりとした冷気を肌が直に感じた時には、その動きを止めようとしても遅かった。はだけた状態だったとはいえかろうじて身体を守ってくれていた寝巻きは完全に捲られ、裸になった上半身を晋助の片目がじっと見つめる。ほどなくしてすぅと細まった目の動きに反応するよう、きゅっとわたしの身体が縮こまった。

「晋助…」
「、ん」
「……は、…はずかしい……」
「…風呂は平気なクセしてここで恥らうのか。それこそ変じゃねェか」
「う、だって、だって……晋助に、こうして見られるのって…こんなにはずかしいことだったんだ…」
「……」
「あの……どうしてうれしそうなの…」
「さぁな、」

くつりと笑いながら口もとが三日月のかたちになった晋助は、今にも鼻歌でもうたいそうなくらい機嫌がよさそうに見える。
鼻先にちゅっと軽くキスをされ、晋助のあたまは髪の毛と肌がふれあったところにくすぐったさを残していきながら、徐々に下へ消えていった。
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