幸せになりたいね
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ある日通販番組で足立さんの生首(ドライアイス三つとセットで19800円)が売られているのを見て、たまらずに買ってみた。最近姿を見ないと思ったら商品化されていたとは、世の中は思いもよらないことに満ち溢れているんだなアなど、夢見心地のまま入金を済ませ火曜日を待った。
待つ間の二日間は気もそぞろで、火曜から始まる期末テストの勉強にも身が入らず、海の日などと言った祝日をいいことに寝ることだけに専念した。もうあの問題も何度解いたかわからないのだが、復習せず完璧にできるほど俺の頭は良くないのだ。いつも記憶が曖昧だった。
夜朝昼すべての寝ている間に足立さんの夢を見たが、これもほとんど忘れてしまう。忘れっぽいのだ、もともと。


火曜日、倫理と英語のテストを終え粘つく教師の声を振り切って家まで駆けた。夏の湿っぽい熱気と刺すような日差しで喉元を伝う汗。カタカタとなる鞄と不思議そうに見つめる街の人々。いくら吸い込んでも足りない空気。すべてに予感をはらんでいる。
夏の日差しにちらちらと光を反射させる引き戸の見えたときその予感は膨張し何度か弾けた。左手で開ければあの子の声がした。

「荷物届いてたよ」

汗と涙で潤んだ目を手の甲でこすると。ダイニングテーブルの上に段ボールの素っ気ない茶色が、しかし異様な存在感を放っているのが見えた。荒い息と汗と大きすぎる荷物に疑問を持つことなく、菜々子は微笑んで「おかえりなさい」といった。彼女の見ているテレビの画面は今日もテレビらしくなく、動かない。
かわいい子だ。

「ただいま」

そう言ってやると、その子はその箱の中身も知らずに「うん」と答えてくれた。



腰を痛めそうになりながら階段を上り、何とか部屋に運び込む。梱包材でがっちりと固定されているようで中身はさほど揺れなかった。最初こそ揺れで中身がダメになりそうで不安だったのだが、そうと知ると運び方は幾分乱雑になった。
既に切れていた息をさらに切らしながら部屋へ運び入れ、ちゃぶ台の上に乗せると、途端に部屋が狭くなってしまう。満たされて、減る。俺の生活はいつもあの人にそんな風に影響される。
段ボールの中にあの人がいると思うと途端に愛おしさがこみあげ、たまらず段ボールを撫であげる。ひたりと耳を箱の側面に当てると、冷気と振動音がした。汗ばんだ頬が段ボールを濡らしながら冷えていく。懸念される生臭さはなく、あけてみないことには足立さんの状態は確かめようがない。
最近切ったばかりの爪でカリカリとガムテープをひっかけ剥がすと、ぬるい部屋に独特の香りが広がった。紙と、粘着質な何かと、若干の甘味。べた付くそれを丸めると、俺の手が僅かに震えていることに気が付いた。苦笑いをして残りをべりべりと剥がし震える手でふたの割れ目をなぞる。
この小さな箱の中にあの人が閉じ込められているのがいまさら不思議に思えた。どうしてあの人はあんな安い値段でたたき売られることになったのだろう。ジャンク品だったらどうしよう。遅れて、不安が襲った。
この中に、あの人の首が入っている。目を恐怖に見開いている首。眠ったように穏やかに目を閉じた首。まがい物のプラスチック製の首。血塗れの死骸。どんな首でも入っている。少しだけ恐ろしくなった。この箱を開けたらゴロゴロとありとあらゆる彼の首があふれ出して世界を埋め尽くしてしまうような気すらした。
いつの間にか冷え切った指先でそっと蓋を持ち上げた。ドライアイスの白い煙が漏れ出し、少し目に染みるイメージがする。しかしそんな張り詰めた空気は、一面をすっかり覆った白い発泡スチロールによって台無しにされた。段ボールに隙間なく埋まった白い塊はその中身をすっかり秘匿にしてしまい、神秘性のかけらもなかった。なんだか興ざめだ。
先ほどまでの慎重さは打ち捨て乱暴にその白い塊に指を刺し、中で折り曲げて持ち上げる。怯える感情もどこかへ行ってしまい、ゲームを開けるときと同じだけの好奇心が残っていた。
ぽろぽろと白い玉を落として揺れる発泡スチロールのその下、まず初めに覗いたのはあの人の黒い髪だった。足立さんは天井と向き合う形でそこに詰め込まれていた。だから、その次に見えたのは閉じられた目。順に、特徴のない鼻、薄くてどこか安定しない嘘をつく口、顎、さまざまな管につながれた鉄製の首。そして、箱の縁。商品の説明通り彼は首だった。
足立さんの頭もまた梱包材で固定され、首から繋がる様々なチューブは箱の下に続いている。彼の周りの梱包材を取り払っていくと、そこにあったのは縦に30、横に20センチほどの白銀に輝く鋼鉄の箱だった。形は少しデスクトップパソコンに似ている。ぶうううんという機械音はそこからくるもののようで、その姿があらわになると幾分ボリュームを増した。
その機械を持ち上げるのは骨が折れそうで、また、その作業中足立さんの首と管を傷つけてしまいそうで恐ろしかったので、段ボールの四辺を切り裂き、ケーキを取り出すように滑らすとようやくその全貌が明かされた。
箱は横にも縦にも安定するようになっており、とりあえず横に据える。足立さんはというと、首の後ろと横に大量の管はついているものの断面にそれはなく、正位置に立てておくのが無難と思われた。
恐る恐るちゃぶ台の上にそれを置いて、じっくりと観察すると、そんな状態の足立さんが息をしていることに気づいた。どうやら生きているようだ。全くのジャンク品というわけでもなさそうだった。
箱と足立さんのほかには分厚い説明書と幾本かのコード、ドライアイスとその他細々したものが入っていたが今は無視をする。こんなに楽しそうな足立さんを見て、そんなものをいじっている場合ではなかった。
一刻も早く足立さんを起こしてみたいという気持ちで、四角い箱の大量のスイッチの中、電源マークの付いたひときわ大きなものを押してみる。

ぶううううぅうん。

にわかに振動音が大きくなり、ファンが回るような音。あちこちのランプが点灯する四角い箱。とっくに引いたと思っていた汗が、顎からポタリと垂れた。
その音に反応したように、足立さんは目を開いて「おはよう」といった。


「とりあえずねえ、今はこれ据えつきの電池で動いてるだけだから、コンセントを繋いでくれないかな」

二言目には業務連絡だ。やっぱり足立さんだなと少し感心して先ほどのコードの中からそれを探すとすぐに見つかった。黒い、何の変哲もないコードだ。USBのような形のほうを鉄の箱につなぎもう一方をコンセントにさすと、四角い箱のオレンジのランプが緑色になる。パソコンとあまり変わらないらしかった。

「どうも」

足立さんはそういうと、ふうとため息をついてまた目を閉じてしまう。

「まだ聞きたいことがたくさんあるんですが」

「ええ、めんどくさいな。僕だって長旅で疲れてるんだよ? 勘弁してよ」

嫌そうに潜められた眉。完全な機械仕掛けのロボットではないらしい。足立さん、そのものだった。
やはり不思議な気がして、足立さん、足立さんは生き物ですよね? と恐る恐る聞くと、当たり前だろと冷たい返事が返ってきた。

「説明書読んでよ。僕は植物人間と変わんない状態ってだけ。管で栄養循環させて、肺とかも全部その箱の中。詳しくは知らないけど全部書いてあるんじゃないの? ていうか普通調べてから買うよねこういうのってさあ。安かったから衝動買い? 典型的な馬鹿だね」

嫌になる、嫌になる、と足立さんは繰り返して黙り込む。怒らせてしまったようだ。申し訳ないことをしている、と後悔した。このような状態の足立さんがどの程度寿命を与えられているのかは見当がつかないが、残された時間は長くないような気がする。保証書の期限は一年なのでしばらくは心配なさそうだがそれも長い時間とは言えない。そんな限られた時間を、不機嫌で過ごしてほしくはなかった。できれば幸せにしてやりたいとまで思い詰める。
少し会話しただけで思い出されることが堪らなく切なかった。忘れっぽい俺はこうして時々、知らないうちに忘れている。そうだった。俺はいつも足立さんと、この町と、幸せになろうとしていたんじゃないか。
所詮通販で買った安物だが、それでも足立さんには違いない。


テレビで足立さんの生首が買えるなんて、時代は変わりましたね。そう言うと足立さんは、テレビで売られるなんて夢にも思わなかったね。と少し皮肉っぽく返した。








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