劣等一感
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目をぐるりと回して自分の周りを何度と見る。目の端々に映り込むのは癖のある黒髪の男ばかりだ。どこまでもどこまでも小さな瞳のさえない男が続いている。
もう世界にはそれしかなかった。地面も空も生き物も、全ての色は失われ、ただ目だけがきょろりきょろりと動いた。それ以外の動作は何もできない。心なしか心臓も止まっている気がした。ぐるんぐるンと上右下左上。そんな風に回してやったって何のコマンドにもならない。だって○や×や△や□が、青や赤や黄色や緑がないのだ。どうしようもない。

「不特定多数である僕たちは特定を食べてしまった。これは不特定多数が唯一になってしまったということだ。多数でなくなってしまった僕たちの多数性は失われてしまう。僕たちはなくなったんだ」

動く口は周りの男と僅かの違いもなく機械的に何かを呟いた。当たり前だ。僕たちはもうぶれようがないのだ。重なりもしないものにズレなど生じるはずもなかった。

「存在は認識されず失せていく。何もかも溶けてしまっているのだ」

声が微妙なばらつきを持ち、エコーのように聞こえるような気がした。
気がしたきりで、一つきりの声はエコーには向かない。

「不特定な絶対でこの世界は統一されるだろう。不特定多数が全てを占めて僕らは単一へとなり上がり成り下がる」

わんわんと幾重にも重なった声が響き渡る。
しかし、それは錯覚でしかない。彼らは、僕は、特定の人物でしかないからだ。不特定多数になどなりようがなく、どうしようもないほどに僕らは一人だ。僕はもう生まれてしまっている。だから僕らはどんなにあろうとしてもあることはなく、僕はどんなになくなろうとしてもなくなれないのだ。僕は生まれている。

目をぐるりと回すが四方は霧に包まれ何も見えない。ぐるぐる、ぐるぐると目のふちを何度も何度もたどっては霧を見る。そのたび瞳の端々に映るものがあった。銀糸のような髪をなびかせた少年がちらりちらりとうろついては覚束ない。柔い声が、目の前から漏れ聞こえる。

「足立さん」

足立さん、足立さんと、それこそエコーみたいに繰り返す。濡れた紙のように張り付く声の少年は、僕のまさに正面に立っていた。認めるのが、映るのが恐ろしい。だから僕の目はぐるぐると正面から逃げる。

「足立さん、」

少年がそのままそう呼びかけ続けたなら僕は逃げ切れたのかもしれない。永遠に回る衛星になってぐるぐると逃げきれたのかもしれない。
しかし少年の一言でその可能性はすっかり奪い去られ、僕の目は正面から彼を見据えた。

「あなたには、名前があるじゃないですか……」


※ ※ ※




おそらく不特定多数な僕と同じように結局それも気のせいだろうとは分かっている。何もなかったはずだ。全て霧の晴れぬ間の、僅かな蜃気楼だったのだろうと。
けれど僕は今も時々その少年の言葉と顔を思い出し、僕の名前をなぞる。

君でない、優越感を噛みしめながら。








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