今日は朱智斗さんの家にお呼ばれした。久々の休日が恋人とのお家デートとは、俺にしてはなんて贅沢なんだろう。
何かプレゼントするものが欲しくて、早めの時間に街を彷徨く。過ぎ行くスーツ姿の大人たちに同情しながら、ひとつの花屋の前に立ち止まった。花の匂いに一瞬ぽかんとする。それから、店先のバラを見て、これなら彼女も喜ぶだろうと思った。
「あの、すいません」
「はい、いらっしゃいませ!」
「このバラをメインに適当に見繕ってもらえませんか」
「かしこまりました」
花屋の店員が様々な花を取り、花束を仕上げていく様を俺はぼうっと眺める。出来上がった花束の代金を支払って、花束を手に、店員に見送られながら花屋を後にした。
街行く人たちがちらちら俺を見ている気がする。そうだよな、こんな陰気なサラリーマンがキラキラの花束を抱えてるなんて、ギャップ有りすぎて引くだろうな……。しかもバラだぞ、バラ。これから愛の告白でもしに行くのかって。告白はもう済んでるってんだ!
落ち込みかける自分を奮い立たせながら、辿り着いた朱智斗さんのマンション。部屋のインターホンを鳴らすと、はぁい、とすぐに返事が返ってきた。さほど待たずに玄関の扉が開く。
「いらっしゃい! 独歩くん」
「ああ、うん、お邪魔します。朱智斗さん」
後ろ手に花束を隠したまま、笑顔に招かれるまま家へと入る。いつの間にか用意されていた俺専用のスリッパに履き替えて、朱智斗さんに導かれてリビングへ。
「あれ、もふすけは?」
もふすけとは、朱智斗さんの飼う豆柴の女の子だ。いつもなら小さな尻尾を全力で振りながら駆け寄って来るのに、ケージにもいない。
ああ、と笑いながら「萬屋ヤマダの三兄弟に預かってもらってるんだ」と朱智斗さんが教えてくれる。
「久々に独歩くんと会うから二人きりになりたいなーって思って。もふちゃん、二郎くんのこと大好きだしね」
照れくささを誤魔化すようなもふちゃん呼びに、俺はドキリとした。花束がカサリと鳴って、ハッと我に返る。
俺は、花束を朱智斗さんに差し出した。
「朱智斗さん、これ。たまたま見かけた花屋で綺麗だと思ったから……」
「わぁ……!」
花束を見た朱智斗さんの顔の輝きといったら。大人の女性からただの女の子になったような、純粋でキラキラの眼差し。柔らかな笑みを浮かべて、うっとりしたように花束を受け取る優しい手付き。花を慈しむ瞳と指先。ああ、花をプレゼントに選んで良かった。こんなに朱智斗さんに似合っている。
「ありがとう、独歩くん。早速飾るね!」
るんるんとステップするような足取りで、花瓶を手に朱智斗さんが動いている。「今日はもふすけいないから大丈夫かなぁ」と、リビングのテーブルに花を生けた花瓶を置いた。……我ながらやっぱり、ちょっと気合入れすぎただろうか? でも朱智斗さんがあんなに喜んでくれたなら、正解だったのだろうか? ……うん、正解に違いない。花を見つめる朱智斗さんの優しい横顔を見て、俺はひとり頷く。
「独歩くん、本当にありがとうね。嬉しい」
「喜んでもらえて、俺も嬉しいよ」
笑い返すと、「独歩くん……」と朱智斗さんが俺の手を握ってきた。当然握り返す俺。そ、と朱智斗さんは俺に寄り添ってきた。甘えたこの仕草に心当たりのある俺は、朱智斗さんの頬に片手を添える。ちょっとだけ朱智斗さんが背伸びをしてきたから、腰にもう片手を回して、やんわり支え、待ちかねた唇を重ねる。ちゅ、ちゅ、と音を立てて触れ合うだけのキス。それだけで朱智斗さんは蕩けたような笑みを浮かべていた。俺も同じ心地だ。
「朱智斗さん……」
言葉を探す俺の唇に、朱智斗さんの人差し指が触れる。
「せめてお昼ごはん、食べよ? でもお昼まではまだちょっとあるから、のんびりしよう!」
「分かった……」
ああ、朱智斗さん。そのおあずけの仕方すらキュンと来ます。渋々グッと堪えて頷く俺に、朱智斗さんはくすくすと笑い声を漏らした。
朱智斗さんに手を引かれてリビングのソファーに並んで座る。こてんと朱智斗さんが俺の肩に頭を預けてきて、手は指を絡めてしっかり繋がれていて。テーブルには俺の買ってきた花がきらきら輝いていて。
泣きたいくらい幸せな空間だった。日々の激務やプレッシャーから解放されて、好きな人との時間だけを味わえる。なんて俺は果報者なんだろう。
この世界が小さな箱庭で、朱智斗さんと俺だけになったって構わない。
「朱智斗さん」
「なに?」
「……大好きです」
照れながらも「私も!」と返してくれる愛おしい彼女を、俺は思い切り抱き締めた。
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