ポテトチップスの袋を開きながら、朱智斗はソファーへと腰を下ろす。
隣には朱智斗の作ったおかゆを前に両手を合わせる帝統。
乱数の事務所に寄った帰りに、帝統に引き留められたのが理由だ。
「お願いします朱智斗様ぁぁ……! 三日何も食べてないんですぅ……」
「ちょ、限界過ぎて言葉遣いまでおかしくなってるよ帝統!? わかった、わかったからお家おいで!」
「神様〜!」
……こんな具合である。
事務所に行けば乱数がいるだろうし電話すれば幻太郎も食事くらいおごってくれるのではないか、とも聞いたが「ちょっと負けが込んでてよ……」と言葉を濁した。つまりずっと二人に頼むのは申し訳ない、と彼なりに気を遣ったのだろう。朱智斗は元来面倒見のいい性格である。お腹を空かせた知り合いをほっぽりだして帰る非情さは無かった。
共に家へ帰り、三日何も食べていないという話を真に受け、お腹に優しいおかゆを多めに作って出した。すると帝統は、今度はおかゆを拝みだした。
「……いただきますっ」
その後、ゆっくり、おかゆを食べ始めた。
「うんめぇ〜〜〜! 五臓六腑にしみるぅ……」
「良かったよ、行き倒れる前で」
「本当にサンキューな、朱智斗さん!」
「どういたしまして」
ポテトチップスを食べる朱智斗を見て、帝統は目を丸める。「朱智斗さんは食わねえのか?」と。
いやあ、と朱智斗は苦笑した。
「おかゆ作ってたらお腹いっぱいになっちゃったっていうか。料理あるある」
「そうなのか……?」
「うん。だからお菓子食べて誤魔化す。帝統はおかゆ食べて食べて」
ぽんぽんと背中を叩いてやると、帝統は、おう、とまたおかゆを食べ始めた。
朱智斗は菓子をつまんだり、つままなかったり。とりあえずつけたテレビをBGMに、食事する帝統の様子を眺めていた。実に気持ちいい食べっぷりだ。
あっという間に帝統はおかゆを平らげた。
「ごちそーさまでしたっ! マジ美味かったぜ」
「お粗末様でした」
食器を片付けようと朱智斗が立ち上がると、なあ、と帝統が引き留める。
「腹減らねーほど疲れてるとかじゃねえのか? 大丈夫か?」
「そんな風に見える?」
「いや、見えねえから不安なんだけど」
朱智斗の手を掴んだまま、帝統は眉を顰めた。くいくい、と引っ張られ、朱智斗は戸惑う。座れ、ということなのだろうか。しかし食器を早めに片付けてしまいたい。悩みに悩んだ挙句、朱智斗は根負けし、ソファーへ戻った。
すると帝統は満足したように笑い、代わりに食器を持って立ち上がった。
「こんぐらいやれっから! 休んどけよ、な、朱智斗さん」
流し台に立つ帝統が、少しぎこちないながらも洗い物を始める。心配になって朱智斗はその背中を見つめていたが、立ち上がって隣に行くことはしなかった。せっかくの気遣いを無下にしてしまうわけにはいかない。ソファーに体を預け、少しだけ目を瞑る。……水の流れる音が止んだ、と思うと、また音がする。「あちち」と小さい声が聞こえた。どうしたのだろうと思ったが、うとうとし始める朱智斗の目はなかなか開かない。
……少しして、隣に帝統が戻ってきたのがわかった。流石に朱智斗も目を開ける。
「ありがと、帝統」
「こんぐらいどーってことねーって! ほら!」
すると、帝統は笑顔でおにぎりの乗った小皿を朱智斗の目の前に差し出してきた。
ちょっと形のおぼつかないおにぎりだ。本当に白米を握っただけのシンプルなおにぎり。
どうしたの、と聞くと、帝統は言った。
「やっぱり人間食わなきゃ保たねーよ。ちょっとでも食っとけって!」
朱智斗を気遣って、わざわざ握ってくれたらしい。
小皿ごと朱智斗はおにぎりを受け取った。小ぶりのおにぎりを手に取り、小さく一口かじる。ほんのり塩味がする。
「調味料の場所知ってたんだねぇ」
「おうよ。てか塩と砂糖って書いてあったからな」
「そっかあ」
何だか朱智斗は胸が暖かくなった。簡単なおにぎりといえど、誰かが作ったものを食べるなんて久々だ。
洗い物をしている最中にも、朱智斗がちゃんと食べないのを気にしていたのだろうか。おにぎりくらいなら食べられるんじゃないかと考えてくれたのだろうか。
――優しいなあ。
「美味しいよ。ありがとうね、帝統」
たまに帝統はこういうところがある。
人が弱っているのを気付いて見逃さない。放っておかない。
その根本的な優しさに、知らず知らずのうちに乱数や幻太郎も救われているのではないだろうか。
今の朱智斗のように。
「本当にペコペコだったのは、帝統じゃなくて私だったのかもねえ」
「足りねぇか!? ならもう卵かけごはんにでもしちまうか?」
「ああ、いや、うん。大丈夫だよ。お腹いっぱい」
おにぎりを食べ終わると、今度こそ朱智斗は立ち上がった。流し台に向かい、軽く小皿を洗ってしまう。
その時、自分が泣きそうになっていることに気づいて、軽く目をこすった。
――良い年した大人がおにぎり一つで泣いちゃいけない。
帝統が朱智斗に空腹で泣きついてきたのも、巡り会わせのようなものなのかもしれない。乱数や幻太郎に連続で頼みづらい、というのももちろんあったろうけれど、帝統のセンサーに朱智斗は引っかかったのかもしれない。
――全部想像でしかないけれど。
ソファーに戻ると、開けっ放しだったポテトチップスを帝統がつまんでいた。
「三日食べてなかったのにスナック菓子食べて大丈夫?」
「朱智斗さんのおかゆでもう胃腸全開だぜ!」
「よく分からないけれど良かった」
「ホント助かった! ありがとうな、朱智斗さん!」
それはこっちの台詞だよ、と朱智斗は微笑んだ。
その後ソファーで寝落ちた帝統に毛布を掛けて、朱智斗は寝室で眠った。
朝起きるとまだ帝統は、んにゃんにゃと寝言を言いながら眠っていた。
「ん〜……めしぃ……」
思わず朱智斗は吹き出した。これは最高の朝食の準備をしてあげなくては、と踵を返し、キッチンに向かったのだった。
出勤が少しぐらい遅れても良いや。そんな気分だった。
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