郷田、打ち解ける
 仙道ダイキのファンを公言するカノンとの交流が始まってから、それなりに時間が経った。
 アミとは同性ということもありすぐ打ち解け、バンとカズヤもそれほど時間は掛からなかった。しかし……郷田とカノンの間は、いまだに微妙なぎこちなさが漂っていた。

「ご、郷田くん」
「何だ、鳳来寺」

 呼びかける際に明らかな緊張でどもるカノン。
 答える郷田も距離を測りあぐねてそんなつもりはなくても些かぶっきらぼうな調子になってしまう。
 それでもカノンは両手をぎゅっと握りしめ、緊張を堪え、続けた。

「いえ、その、ここにゴミが付いているので少し止まっていただけます……? お取りしますわ」
「おう……悪ぃな」
「いいえ、そんなこと」

 微笑みながらカノンが首を振る。彼女は郷田の制服についていた綿ゴミを指でそっと摘むと、取り出したちり紙のなかに包み、ポシェットへとしまう。
 ――いや、そのぐらいそこら辺に捨てちまえよ……。
 恐らくカノンは、今しがた取り除いた綿ゴミすらポイと道端に捨ててはいけないと思っているようだ。郷田は彼女の細かさというか、若干堅苦しさを覚える律儀さに胸中でぼやいた。
 一方カノンは、郷田とのささいなコミュニケーションの成功に安堵していた。

(仙道くんのファンと名乗ったゆえに壁を感じていましたけれど、上手く会話出来ましたわ!)

 塵も積もれば山となる、だ。少しずつ交流を重ねて距離を縮めようとカノンは決意を新たにする。
 郷田と仙道の仲が悪いのは嫌と言うほどわかった。しかし、だからと言って自分まで郷田と不仲になることはない。何より年の近い友人が欲しいカノンに、引くという選択肢はなかった。
 たとえその迫力に、年下とは思えない圧に、度々おののくことになろうとも。
 カノンが自身でも気づかぬ“限界”に達しそうになると、それを察したようにアミが側に来て緊張をほぐしてくれるお陰も大いにあった。

「カノン、郷田三人衆ともほとんど打ち解けたんだから。きっと郷田ともすぐ仲良くなれるわ」
「そうでしょうか……」
「仙道みたいなクセのあるタイプを好き好んで追っかけるぐらいだもの。カノンならできるでしょ!」
「せ、仙道くんってそんなにクセありますかしら……」
「ありまくりよ」

 ――だから、真っ直ぐな郷田となんてきっとすぐ仲良くなるから!
 微妙に喜びきれないアミの励ましを振り返りながら、カノンはCCMを見てクエストの確認をする。
 クエスト依頼をきっかけにバンたちと頻繁に交流するようになってから、カノンは彼らと行動を共にし、依頼されたクエストをこなす側になることが増えた。依頼することが無いのもあるが、彼らは――特にバンは困った人間を放っておくことができないタイプらしい。おまけに、クエストの報酬ではちょっとしたお小遣いのほかにレアなパーツが貰えたりもする。あらゆる意味でクエストを受けることは楽しみであった。

「今日のクエストは、練習試合ですのね」
「うん。……もしかして飽きちゃった?」
「とんでもないですわ。LBXバトルは見ていてとても楽しいですわ。いつもワクワクしています」

 新しいパーツや武器、組み合わせのテストに練習試合をしてほしい。こんなクエストは多い。しかしそれだけLBXバトルをたくさん見られるということでもあり、バトル観戦が大好きなカノンにとってはたまらなかった。

「テストバトルというのはプレイヤー自身すらまだ機体のコンディションが予想のつかないものですもの。その手探り感とか、相手に合わせて共に制限を課しての巧みな攻防だとか、もう、心臓が一生分ドキドキしちゃうんじゃないかしらっていうぐらい楽しみです」

 熱く語るカノンに、アミとカズヤは苦笑した。

「カノンったら大袈裟ね」
「気持ちはわからなくもねぇけどな」

 その間に、バンと郷田が話し合っていた。今回のクエストは、ブロウラーフレーム同士でのバトルである。依頼主は新調したフレームの調子を確かめたいとのことで、同じブロウラーフレームでの対決を望んでいた。
 そこでバンは、ブロウラーフレームであるハカイオーの使い手、郷田が適しているのではないかと考えたのである。

「どうかな、郷田」
「俺ァ構わねぇぜ」
「じゃあ、頼んだ。……多分、郷田のバトルを見たら、カノンももっと心を開くと思うし」

 バンの言葉に、郷田は瞬きした。

「な、なんで鳳来寺のことが出てくんだよ」
「郷田、カノンを怖がらせたこと気にしてただろ。郷田の真っ直ぐなバトルを目の当たりにすることで、郷田が良いやつだって判ってくれるはずだから」
「良いやつとか、くすぐってぇ事言うなよ!」

 それからも郷田はブツブツと何かを呟いていたが、照れ隠しであることがバンには判っていたので何も言わなかった。
 準備を整えた依頼主と郷田がLBXを取り出し、CCMを手にし、相対する。

「じゃあ、バトルスタート!」

 バンの号令と共に、二機のブロウラーフレームが動き出した。
 「機体が壊れてしまうんじゃないかしら」と見守るカノンが呟いてしまうほどの強烈なパワーとパワーのぶつかりあいであった。もちろん試合方式は破壊禁止・一発勝負のストリートレギュレーションなので杞憂だ。
 手に汗握る強烈な戦闘ぶりに、カノンの興奮は次第に増していく。
 一見、依頼主優勢かと思われた勝負は、瞬く間に郷田のペースへ持ち込まれていった。
 ただ攻撃をぶつけるのではなく、ガード越しでも相手のLPを削る。ただ攻撃を受け止めるのではなく、相手の攻撃のクセを感じ取る。
 力任せに見える郷田のバトルにも、無自覚ながら、彼なりの繊細で巧みな技術が込められていた。

「これで――トドメだっ!!」

 最後の一撃は、相手の盾や武器ごと殴りつけ、限界突破のダメージを与えてのものとなった……。
 なすすべなくジオラマの地面にめり込んだ依頼主の機体。破壊禁止とはいえかなりのダメージを蓄積する羽目となり、しかし、「依頼は依頼だから有難う」と礼の品と共に依頼主は去っていった。
 気持ちよく戦闘をこなした郷田がバンたちを振り返ると、一番最初に何故かカノンと目が合った。
 じいっと郷田を見つめ、こぶしを握り締め、ふるふると小さく震える儚げな少女。
 ――俺、何か悪ぃことしちまったか?
 視線の意味が判らず、郷田が戸惑っていると――……、

「かっ、かぁぁあっこいい――っ!!」

 突然、カノンが絶叫と共に諸手を挙げた。
 バン、カズヤ、アミ、そして郷田はその黄色い悲鳴に思わず肩を跳ねさせる。
 興奮冷めやらぬ調子のカノンは、想いの限り言葉を吐き出した。

「ハカイオーさんまさしく破壊王ですわ! 圧倒的なパワーと屈強なるボディの前ではそんじょそこらの攻撃などへの河童、蚊に刺された以下! そしてその機体の魅力を遺憾なく発揮する郷田くんの腕前、お見事、お見事にございますわーーー!! 力任せに見えて実は繊細に操縦をこなしているからこそのこの圧勝、うっはあ、素敵! パワーアタッカー! ザ・漢!! 燃えますたぎりますわぁぁぁっ!!」
「お、おお……そうか?」
「そうですとも〜〜!! 最初はあえて相手の攻撃を受けて手の内を探るという、捨て身な感じもまた武士かなにか、とても潔く漢らしい感じがして!! ハカイオー、ばんざーい! 万歳ですわ〜〜〜〜!!」

 一人、周囲の視線を気にすることなく万歳を始めるカノンを、郷田は呆然と見つめていた。
 しかし、少女が無邪気に万歳するたび、郷田の中では暖かな感情が溢れつつあった。出会い方があまり良くなかった分、距離を縮めようにも縮められなかった。それが、たった一度バトルを見せただけで、ぐっと近づけた。

「バンの言うことは正しかったみてぇだな……」

 カノンの慕う仙道とは真逆と言っていい自分のバトルスタイルでも、彼女は喜んでくれた。楽しんでくれた。興奮してくれた。
 それが、とても嬉しかった。

「鳳来寺――……。いやカノン、おまえ本当に見る目があるなぁ!!」
「そ、そうですか? わたくし、変じゃないですか? 大丈夫ですか!?」
「おう、そんだけハカイオーと俺のこの熱さをわかるなら、バッチリだぜ!」
「やったー!!」

 またカノンがはしゃぎ、何度も万歳をする。ぴょんぴょん跳ねまわる姿はウサギのようだ。跳ねるたびにふわふわ揺れる髪の毛、長いスカートが、また彼女の動きを大きなものに見せていた。
 全身で郷田とハカイオーへの賛美を送る、世間知らずのお嬢様。
 ――お嬢様って言うにはちょっと抜けすぎてるな。……って、俺があんまし言えた義理じゃねえか。
郷田は自身の父とその会社のことを思い出し、小さく笑った。

「カノン、これからは俺もお前にLBXバトルが何たるかを、教えてってやるぜ!」
「まぁ、嬉しいですわ! 有難う郷田くん!!」

 バンやアミの思った通り、二人は一瞬で打ち解けたのであった。
 間の抜けた令嬢と男を極めし子息の交流は、今後長く続くことになる。
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