希望の夜明け
夜遅くまでバンたちと親睦を深めたその翌日のこと。
朝食を終えたカノンのCCMに、彼らからのメールが届いていた。昨夜彼らを家まで送り届けた際、連絡先を交換したのである。
「わぁ、友達とメールだなんて初めて!」
嬉々としながらカノンはひとつひとつのメールを確認していった。
バンもアミもカズヤも、“また遊ぼう”と言ってくれていた。
郷田は“LBXで判らないことがあったら教えてやる”と気を遣ったふうな文章だ。
どのメールも有り難くて、読むたび丁寧に返信のメールを送る。
そしてカノンが最後に確認しようと残していたのは――仙道からのものだった。バンたちからのメールを見るのとは別の緊張とときめきを感じながら、メールを開く。
中には、先日仙道が話していた大会の日程が綴られていた。その日にちと時間を確認しながら、カノンはカレンダーと手帳に日程を書き写す。メールと書き写した日程に間違いが無いことを確認して、ひとり少女は意気込む。
それからカノンは、仙道にもしっかりと返事を送った。
『教えて下さって本当に有難うございます。絶対に応援に行きますからね!』
勇気を出して送信ボタンを押してから数十分後、再びカノンのCCMは鳴り出した。
慌ててCCMを取ったカノンは驚いた。カノンのメールに、仙道が返信してくれたのである。
『気を付けて来いよ』
たった一言のメールだった。
それでもカノンは嬉しくなって、ひとり舞い上がってしまう。
「そうだわ、仙道くん専用フォルダを作らなくては!」
仙道から届いたメールを別のフォルダに分け、再び見返しながらカノンは笑った。
それから彼女は、Dキューブを取りだし、毎朝の日課であるLBXの特訓を始めたのだった。
バンたちと連絡先を交換したカノンは、時々彼らと行動を共にするようになった。
クエストBBSで悩んでいる人たちの依頼を受けて解決したり、キタジマ模型店で集まってバトルを楽しんだり、いつもLBXを教えて貰っているお礼に、カノンが勉強を教えたりもした。
今まで以上に充実した時間を過ごし、カノンは更に明るくなった。
しかしカノンが最も楽しい時を過ごしていると感じるのは……やはり、仙道に関わることだった。
他を圧倒するプレイセンスと実力。時に狂気とも言える戦意に満ちるその姿。
(何より私の世界を変えた、魔法使いさんですもの)
仙道のバトルや立ち振舞いを見ているだけで、カノンは幸せだった。
そして……彼がアルテミスの出場権を賭けた大会に再び挑む日がやって来た。
世界大会へ向けた戦いなだけあり実力者揃いだったが、その誰もが仙道には及ばない。
相手を蹴散らし、圧倒し、瞬く間に彼は決勝戦まで勝ち進むと、その勢いのまま優勝を手にした。
「仙道くん、お疲れさまですわ!」
遂にアルテミスへの出場権を手に入れた仙道に、カノンは満面の笑みで駆け寄った。
「今日も素敵でしたわ! 鮮やかでしたわ! とっても感動でしたわ!」
「いちいち騒ぐな。このぐらいじゃ全然燃えないんだよ、俺は」
「ストイックですわー……」
両手を頬に当ててカノンが惚ける。
それを見て仙道は苦笑した。自分がどう冷たく対応しようと、カノンが全くめげないことは、もう十分に知っている。にしても、カノンは前向きだった。
――少しぐらい文句つけてやろうって気も無いんだろうな、こいつは。
カノンの輝く眼差しを受けながら、仙道は楽しげに呟いた。
「本当におかしな奴だねぇ……」
「え、えっ? おかしい、ですか……?」
「おかしい上に変わってるね。世間知らずぶりは、らしいといえばらしい、か」
意味を掴みあぐね、カノンが首をかしげる。
仙道は笑いながら続けた。
「お前、あの鳳来寺カンパニーの娘だろ?」
仙道が指摘すると、カノンの肩がびくりと跳ねた。仙道には知られたくなかったのか、それともうっかりしていたのか。理由は定かではないが、彼女は慌て出した。そして、うまく言葉も纏められないうちに喋りだす。
「あ、あれっ、そう言えばお話しして無かったですわ……。いつお気づきに?」
「鳳来寺って聞いたら、この辺じゃあそこしか無いだろ。それから執事までついてるお嬢様だって、この間判った。となると、それしかないさ」
ポケットに手を突っ込んだまま、仙道は涼しげに返す。
「お嬢様がLBXバトル見に街中に飛び出してるってのは……まあ、カノンみたいな変わり者ならアリなんだろうな」
「どういう意味ですの?」
「そのままの意味だよ」
仙道の言葉に、カノンは目をぱちくりさせていた。「そのまま……」小さな呟きが聞こえる。珍しく反応に困っているようだ。
そんなカノンを見つめ返しながら、仙道は思い出していた。
……彼女が、初めて目の前に現れた時のことを。
カノンを見た時、仙道は彼女に既視感を覚えた。
学校や街で見掛けた顔ではない。もっと第三者的な立場から、彼女を見たことがある気がした。
それが引っ掛かって、鳳来寺カノンという名前をネットで検索すると、すぐに彼女が鳳来寺カンパニーの娘であることが判った。
カノンに関する大きな情報はもうひとつ有った。十年近く前のことだが、彼女は誘拐されたことがあったのだ。大企業の令嬢が拐われたとあって大騒ぎになり、連日ニュースが流れた。事件に関する情報と共に、彼女の顔写真も度々流れた。無事にカノンが保護されてからはぱったりとニュースも収まった。
恐らく仙道の既視感の原因は、その頃に見ていたニュースの記憶が残っていたからだろう。
仙道はまじまじとカノンを見つめ、考える。
誘拐された令嬢。
ドラマの設定のような、テレビの向こうの出来事。
そのはずだった。
その当人が今、どういう因果か「ファンだ」と告白し、自分の目の前にいる――。
不思議なものだと思った。
どうしてよりにもよって、彼女が目に留めたのが自分なのだろうか?
「せ、仙道くん……?」
沈黙と注がれる視線に耐えかねたのか、カノンがおずおずと仙道に呼び掛けた。頬どころか耳まで赤くして、恥ずかしそうに両手を胸の前で握り締めている。
仙道は少し考えた後、一枚のタロットカードを取り出した。いつもの占いだ。
引いたカードを見て、その意味を読み取った時、仙道は――吹き出した。
急に笑い出した仙道に、思わずカノンはぎょっとした。
「せ、仙道くん!? ど、どうしたんですの!」
「っくく……はは……! こんな結果が出るとはな……ははは!」
「仙道くん!? そんなにひどい結果だったんですの!?」
「酷いと言えば、まあ、酷いな……」
まだ笑いを堪えきれない様子で、仙道はカードをしまった。不安そうなカノンに、必死に笑いを押し殺しながら仙道は「気にするな」と告げる。
それでもカノンは落ち着かなそうに、仙道を見つめていた。
「仙道くん、一体どんなに酷い結果だったんですの……」
「あんたにはとても言えないね」
ようやく落ち着いてきたらしい仙道がそう返すと、さっきまで赤かったカノンの顔は一気に青ざめた。
「な、なんてことでしょう……。それってつまり私に関するトンデモな結果では!?」
「だから言えないんだよ、さっさと忘れな」
「あんな大笑いを見せられて“忘れろ”は難儀ですわ……」
仙道がカノンには見せなかった占いの結果――引いたカードは“太陽”の正位置。
そのアルカナの指す意味を、仙道は素直に受け止められなかった。
自分にはあまりにも似つかわしくない結果だと思ったからだ。
しかし忘れようとするには印象的すぎて、だからと言ってカノンに教えるのも躊躇われた。
――忘れられないならせめて、誰にも言わないことにしよう。
涼しげに笑ってカノンをあしらいながら、仙道はひっそりと決めた。