これでみんな友達!
「お嬢様、そろそろ……」
「判ってますわ、ヤマブキさん」
「バン、俺たちもいい加減帰らないと」
「そうだね」

 ヤマブキの言葉にカノンが、カズヤの言葉にバンが頷く。
 様子を見ていた仙道は、不意に一枚のタロットカードを取り出した。そのカードを少し眺めてからしまうと、「カノン」涼しい声でそう呼んだ。
 予想だにしなかった名指しに、カノンは緊張した。

「な、なんでしょうか仙道くんっ?」
「大会に来る来ないは勝手だが、肝心の大会の詳しいことは知らないだろ」
「え、えっと、調べます……」

 語尾を萎ませるカノンに、仙道は溜め息を吐いた。彼は自分のCCMを取り出す。
 不思議そうにカノンがその光景を眺めていると、仙道はこう言った。

「CCMを出しな」
「えっ?」
「後で日程を教えてやる。判らないからってあちこち聞いて回って、またこの大所帯で来られちゃ目障りなんでね」

 話しながらCCMを操作する仙道を見て、カノンは驚きのあまり震えていた。
 彼の言葉を反芻し、その意味を考え、理解すると……嬉しくてたまらず叫びたくなった。
 しかしそれを必死に堪え、確認するように仙道へ問いかける。

「そ、それはつまり……連絡先の交換ってことですの!?」
「そうだよ。そのぐらいで驚きすぎだろ……」

 早くしろと仙道に促され、カノンは慌ててCCMを取り出した。しかし動揺のあまりに操作にもたつく彼女を見かね、仙道がほとんど一人で二つのCCMを操作し、連絡先の交換を済ませた。
 仙道としては手っ取り早く済ませたかったためだけの行動だったが、カノンにとってはそれすら嬉しかった。自分のせいで手間を取らせてしまったことは申し訳なかったが、仙道が直々に教えてくれた連絡先を見て、感激していた。

「とっても嬉しいですわ! でもその、どうしてわたくしに気を遣って頂けるんですか?」
「さっきも言ったろ。あいつらがまたついて来たら俺の気が散るどころじゃないからな」
「そうですの? もしかしたらさっき占っていたことも関係あるのかしらと思って……」

 仙道はカノンの言葉に意外そうに目を丸めた。見られていたことに多少驚きつつも、ならば隠すこともない、と仙道は思った。
 先程占いで引いたカードを再び彼は取りだし、カノンへ見せた。

「“恋人”のカード……。直感を信じてみるのも良い、と出た」
「恋人……」
「あんたには教えても構わないだろうと思った。その気紛れに任せてみるのも面白いかもしれない、ってね」

 カードをしまった仙道は、笑いながら踵を返した。

「間違ってもそいつらには教えるなよ。カノン」
「は……はいっ! ありがとうございます、仙道くんっ!!」

 振り返らずに立ち去る仙道の背中に、カノンはありったけの思いを込めてお辞儀した。
 占いのおかげとはいえ、まさか仙道と連絡先を交換できるとは考えすらしなかった。
 カノンの脳裏を、仙道が見せてくれた“恋人”のカードが過る。
 恋人、という単語を意識したカノンの胸中に、今までとは異なる感情が生まれた。ただただ舞い上がるだけではなく、胸の奥がきゅうっと締め付けられるような切なさを感じた。
 思わずカノンは胸を押さえた。切なくて、少し息が詰まる。心臓の鼓動がいつもより強く早く動いて、カノンは困った。体も火照ってくる。必死に心を宥めようと努めたが、ほとんど意味がない。

「カノン、大丈夫?」
「えっ、ええ! 大丈夫ですわ、バンくんっ!」

 心配してくれたバンに、カノンが慌てて返す。
 彼女は答えながら、クエストのことを思い出した。結果として彼女のクエストは達成されたようなものであったし、クエスト以上のことにバンたちは付き合ってくれた。

「もし良かったら皆さん、これからうちに来て頂けませんか? クエストのお礼もしたいですし、いかがでしょうか?」

 カノンが提案すると、バンたちはすぐに頷いた。

「えっ、いいの? 行ってみたいな、カノンの家!」
「私も気になるわ! 何だかどきどきしちゃう」
「俺、カノンやヤマブキさんのLBXをじっくり見てみたいぜ!」
「お前ら、ちゃんと家に連絡入れろよ?」
「なんで郷田が保護者みたいになってんだよ」

 賑やかに言葉を交わす彼らを見ているうちに、カノンの胸にあったはずの切なさは姿を隠していた。

◆◆◆

 カノンの屋敷へ招かれたバンたちは、一緒に夕食を楽しんだ。
 すっかり楽しげなバンやアミ、どこか緊張ぎみなカズヤ、ここでも堂々としている郷田……と反応は様々だったが、LBXを始めとした会話は話題に困ることがなく、夕食の後も続けられた。

「へぇ、これがカノンのLBXか!」
「はい、ヴァルキリーって言いますの」

 カノンが笑ってヴァルキリーを差し出すと、バンはそっと受け取り、輝く瞳でヴァルキリーを眺め始めた。アミやカズヤも身を乗り出すようにして、カノンのLBXを見つめている。

「見たことのないLBXね……」
「ストライダーフレームか? ナイトにしては細いよな……」
「わが社でLBXを販売するプロジェクトが以前あって、その時に作られたプロトタイプですの。それを私なりにいじってみたんです」

 残念ながら企画は頓挫してしまいましたけど、とカノンは苦笑いした。
 鳳来寺カンパニーのお蔵入りLBX。見たことがないのも当然であった。白を基調としたカラーリングに西洋甲冑を模したボディは、淡い青や黄色を差し色に入れてある。スカートのように広がり脚部を取り囲む装甲は、裏に小型のブースターが幾つも付いている。
 他にもLBXへ興味津々なバンたちにとっては、何処を眺めても楽しかった。
 しばらくしてヴァルキリーをカノンに返すと、バンは興奮を押さえきれない様子で言った。

「ねえカノン、せっかくだからバトルしようよ!」
「えっ? でもわたくし、弱いですわよ?」
「強い弱いじゃなく、楽しいかどうかが肝心だろ?」

 カズヤが言うと、そうよね、とアミが続く。黙って様子を見ていた郷田も頷いていた。
 そんな彼らに押されて、カノンは遂に首を縦に振った。

「わたくし、草原ジオラマのDキューブしか無いんですけれど……」
「私の手持ちで宜しければ他にもございますよ」
「ヤマブキさん、流石ですわ……」

 いつの間にか自分のLBXとDキューブを抱えて立っているヤマブキに、カノンは呆気に取られていた。
 ヤマブキの持ってきたLBXはカブトである。大会で壊れたムシャの代わりなのだろうか。ムシャ同様に黒いカラーリングが施されているところを見ると、十分にカスタムされた品のようだ。
 カノンたちが囲んでいるテーブルの上にDキューブを置くと、ヤマブキは話し始めた。

「バン様、アミ様、カズヤ様、郷田様、そしてお嬢様と不肖ながら私。3対3に分かれてのスタンダードレギュレーションでバトルというのは如何でしょうか」

 恭しいヤマブキの言葉に、バンは慌てて返す。

「様付けなんて恥ずかしいです、俺……。それ以外はヤマブキさんの提案に賛成です!」

 バンの言葉にヤマブキは瞬きした。
 バンに続くように、アミ、カズヤ、郷田も口を開く。

「私もです、もっと気軽に呼んでください」
「様なんでガラじゃないしな」
「俺も様は遠慮したいな。さて、どうチーム分けするか」

 アミたちの言葉に、「ではそのように致します」とヤマブキは深く微笑んだ。
 それから皆で様々なチーム分けをし、バトルを楽しんだ。
 不慣れながらも、友人に囲まれてLBXを操作するカノンの表情はいつになく明るかった。そんな彼女の姿に、ヤマブキはひとり静かに感極まっていたが、バトルで抜かることは無かった。
 会話への参加は消極的だった郷田も、戦いになるとその豪快な本領を発揮した。
 アミの、スピードを惜しみ無く発揮したヒットアンドアウェイの戦術。
 カズヤの正確な射撃の腕前と、仲間に息を合わせた支援や追撃の能力。
 バンの持つバトルセンスには、言い表せない天性の“才能”を感じさせた。

「LBXって、本当に楽しい!」

 負けても勝っても、カノンは何度もそう言って笑った。
 その笑顔に、バンたちも満面の笑みを返す。
 ――LBXを通して親交を深めたカノンは、これで本当に彼らと“友達”になったのだ、と思った。
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