道化師の本領
 ムシャの見せたファインプレーに、観客たちは沸いた。

「真剣白刃取りだ! すげえ!」
「けど危ねえ! 武器捨てたら何で戦うんだよ?」
「素手で倒せるような相手じゃねえぜ!」

 確かに見事な技ではあったが、周りが言うように、次の手がない。
 ジョーカーは力任せに鎌を振りほどこうとした。しかしびくともしない。痺れを切らしたジョーカーは、鎌を手にしたまま軽く飛び上がった。その勢いを乗せて、ムシャのボディに向かって蹴りを入れる。その衝撃でムシャの手は刃から離れ、2機は共に後方へと退いた。 
 ほぼ同時に体制を立て直した両者は、互いを目指して走り出した。ムシャは素手で戦いを挑むつもりらしい。武器を捨てて身軽になったムシャのスピードは、先程より向上している。
 何を思ったのか、ジョーカーが鎌を構え直した。そして次の瞬間、構えた鎌をブーメランのように前方へ向かって投げた。
 回転しながらムシャに迫り来る大鎌の刃。ムシャは一旦歩を止めると、精神を集中し、その刃を――避けた。鎌はムシャの横すれすれを過ぎ去っていく。
 観客がまた沸いた。これで両者、素手となってしまった。そうなるとムシャのパワーは十分驚異をなりえる。
 カノンははらはらしながら様子を見守っていた。このままではヤマブキが勝つかもしれない。しかし自分は、仙道の勝利を信じたい……。以前のアングラビシダスの戦いを見ていたときに似た焦燥が、カノンの心に生まれる。
 しかし――。

「惜しかったわね、ヤマブキさん」

 ぽつりとアミが呟くのを、カノンは聞いた。
 はっとした顔でカノンがアミを振り返る。アミは悪戯っぽい笑みを浮かべて、目を離さない方がいいわよ、とステージを指差す。おとなしくカノンは従い、再びバトルへと視線を戻した。
 ムシャは、ジョーカーのすぐそばへ迫っていた。
 ジョーカーはムシャから逃れようと、右へ左へと軌道を変えて動く。
 だがその動きに、遂にムシャが追い付いてしまった。
 逃げ惑うジョーカーの動きを見切ったムシャが、ジョーカーの首を捕らえる。

「これで終わりですね」

 ヤマブキがそう呟くと、仙道は――笑った。

「ああ、終わりだよ……。あんたがな」

 その笑みに滲んだ子供とは思えぬ凄味に、ヤマブキは凍りつく。
 ジョーカーの鎌が大きな弧を描き、持ち主を目指して帰ってきていることに気づいたのは、そのすぐ後だった。
 戻ってくる鎌とジョーカーの間には、ムシャがいる。このままでは背中から鎌に貫かれてしまう――!
 ヤマブキは、ジョーカーから離れようとCCMを操作した。
 そのタイミングこそ、仙道が待ち望んでいたものだった。
 首が自由になった瞬間、ジョーカーはムシャを蹴り飛ばした。
 油断したところに強烈な蹴りを食らい、ムシャはなす術なく吹き飛ばされる。そして、ダメージの蓄積された無防備なその機体を、ジョーカーの鎌が真一文字に切り裂いた……。
 ムシャの破壊により生まれた爆発をものともせず帰ってきた己の武器を受け止め、ジョーカーは、勝者の貫禄を纏いながらフィールドに佇んでいた。
 息を呑んで一瞬静まり返った観客は、興奮を一気に爆発させるように歓声を上げた。

『ムシャ、ブレイクオーバー! 逆転に次ぐ逆転劇を制したのは、箱の中の魔術師……仙道ダイキ選手です!』

 アナウンスが響き、改めて仙道の勝利を祝う。
 カノンはそれを見て、感動の余り泣いていた。ハンカチでしきりに目元を拭いながら、ステージ上で歓声を浴びる仙道の姿を目に焼き付けようとしている。
 さっきアミが口にした「惜しかった」というのは、この展開を読んでのことだったのだろう。アミの洞察力に驚嘆しながらも、今のカノンは、仙道の勝利への喜びが先行していた。

「良かったですわ、仙道くん……! 仙道くんなら絶対勝つって信じてましたわ……!」
「ヤマブキさんも決して弱くは無かったと思うけど、やっぱり仙道はすごいや……」

 バンがそう呟くと、「そうでしょ、仙道くんはすごいんですのよ!」と真っ赤な目のままカノンが強く頷く。まるで自分のことのように喜んでいる。ここまで誰かのために大きな感情を抱けるのは、彼女の美点かもしれない。
 その勢いに慣れるまでは少し時間が掛かりそうだ、とバンは苦笑した。
 閉会式が終わり、集まっていた人々も散り始めた。するとカノンは真っ直ぐに仙道へと駆け寄った。きらきらの輝く瞳で彼を見据えながら、労いの言葉をかける。

「仙道くん、お疲れさまです!」
「カノン……。まさか此処まで来るとはねぇ、よっぽど暇なんだな」

 呆れたような仙道の呟きに、横で聞いていた郷田がムッと顔をしかめた。

「おい仙道。応援しに来てくれた奴に向かってその態度はねーだろ」
「俺は“応援してくれ”なんて頼んだことないね。お前らみたいな仲間ごっこしてる奴等と一緒にするな」
「ごっこじゃねえ、仲間なんだよ」
「落ち着けよ、二人とも!」

 二人の番長の一触即発な雰囲気に、バンが割って入る。仙道と郷田はどちらからともなくフンと鼻を鳴らして顔を逸らした。
 仙道の皮肉に気を悪くした風もなく、険悪な空気にめげることもなく、カノンは再び口を開く。

「見事な勝利でしたわ、仙道くん! ファインプレーにファインプレーで返す、目の離せない素敵なバトルでしたわ! それに、これで仙道くんもアルテミスに出場できるんですものね」
「いや、それは……」
「それは少し違いますね」

 突如として、誰のものでもない低い声が響き、カノンに答えようとした仙道の言葉を遮った。
 コツ、コツ、と革靴の底がアスファルトを叩く足音と共に、その声の主は近づいてくる。
 ――カノンの執事、ヤマブキであった。

「初めまして、私はヤマブキと申します。カノンお嬢様の教育係兼執事でございます。……皆様には、いつもお嬢様がお世話になっております」

 恭しく一礼したヤマブキは、呆気にとられるバンたちに語り始めた。

「私もアルテミスに興味が有り、こうして大会に出場させて頂きましたが、仙道様に完敗してしまいました。が、どうやらこの大会で手に入る出場権というのが、“アルテミスへの出場権”ではなく“アルテミスへの出場権を賭けた大会への出場権”らしいのです」
「ええっ、そんな! ややこしいな……」
「全くでございます」

 カズヤの呟きに同調するヤマブキの表情が沈む。「まあ、そういうことだ」すっかり台詞を取られた、ため息混じりの仙道の声。
 さっきまで浮かれていたカノンも、またがっくり肩を落としていた。

「せっかく仙道くんの戦いがアルテミスで見られると思いましたのに……」
「まあまあカノン。仙道がその大会も勝ち抜けば良いだけよ」

 ぽんとカノンの肩を叩きながらアミが笑う。するとカノンも、安心したように顔を上げた。

「ですわね! 仙道くんなら勝ったも同然、アルテミス出場も決まったようなものですわ! その戦いも是非応援しに行きませんと……」

 仙道も、自分の勝利は当然だと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべている。
 そんな仙道を見て、バンは言った。

「仙道、俺も応援してるよ」
「余計なお世話だ」
「……そう言うと思ったけど、言っておきたかったんだ」

 不機嫌そうに眉を顰める仙道に、バンは笑って返していた。
 二人のやり取りを見て、カノンは何だか嬉しくなった。あまり仲が良くないと思える二人が言葉を交わす姿を、いつまでも見ていたいほどだった。
 しかしそうは行かない。もうすぐ日も傾いてくる。皆帰らなくてはいけなかった。
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