騎士と魔術師と
 とある夏の日。久々に従兄弟と会った私は、彼が将来の夫であることを両親から告げられた。
 片手で足りる程度しか顔を合わせたことのない、1つ下の従兄弟。無愛想ながらも悪い子ではなかった。私を気遣ってくれさえした。優しい子だった。
 むしろ、良いことなのかも知れない。私は引きこもりで、結婚はおろか恋愛自体に縁もなかったし。けれど私より――1歳だけとはいえ――若い彼が、その年で将来の妻を決められているのは可哀想に思った。

『こんな話、あなたが“イヤ”だって言えばきっと無くなりますよ』
『僕は別にイヤじゃないですよ』
『気になる子とかが見つかったら遠慮なく縁談は捨てて構わないですからね。ちゃんと恋愛しなきゃです』

 私が言えた義理じゃないけれど。

『……そんなつもりも無いです』

 やっぱり従兄弟は無表情だった。私を見てから、それきり何も言わずに小さなおもちゃに視線を落とす。
 小さな、騎士のおもちゃ。細かくて、見るからに精密なそれ。
 何だか、それは私の心を惹いた。

『ねえ、それは』
『え?』
『その小さな騎士です。それは何ですか?』
『知らないんですか』

 意外そうに呟きながらも、彼は教えてくれた。

『これは…LBXと言います。小さな戦士ですよ』

 それから私の世界は、変わった。


◆◆◆



 執事のヤマブキさんに頼んで、私はLBXのショップを巡ってみたり、資料を漁ってみたりした。けれど従兄弟の持っていた騎士ほど私の心を惹くような格好いいLBXは無いし、早くも興味が尽きようとしていた。
 今までの数年に及ぶ引きこもり生活とは真逆の活動をしたせいで、疲れも溜まってきていたのかも知れない。
 気付いたら私は、ふらふらになりながら、人ごみの中にいた。

「お嬢様、LBXのバトルだそうですよ」

 ヤマブキさんに言われて、私は周りの人たちの視線を辿った。
 強化ダンボールのステージ、Dキューブ。人ごみの中心はそれと、今繰り広げられているバトルだった。
 ――私の目をひときわ惹いたのは、ふわりふわりと舞うように軽やかなLBX。
 それを操るのは、私と同じくらいの年の男の子。紫色の逆立った髪、髪色とは似て非なる色の瞳。その涼しげな眼差しと、小さく口元をつり上げるような笑みに、私は息を呑んだ。

「あ、あのひと……素敵ですね……」
「はい?」

 私のぼんやりとした呟きを、ヤマブキさんは聞き逃してくれたらしかった。赤くなる顔を振りながら、私はつくろい直す。

「い、いえっ! あの、あのひとが操るLBXは、あちらですか?」
「はい、そうですね。ジョーカーなるお名前だそうで」
「ジョーカー……! お名前の印象どおりトリッキーな動きで、魔法使いみたいです……」

 私には、ジョーカーとそれを操る彼が、本当に魔法使いに思えた。
 LBX同士のバトルは、もっと直線的でぶつかり合い続けるイメージだった。けれど彼の戦いは魔法のように鮮やかで軽やか。
 まだまだLBXへの知識が浅い私でさえ、釘付けになってしまった。
 本当に、踊っているようで。
 胸の高鳴りは、その舞に合わせて高まっていくようで……。
 ――あっという間に対戦相手のLBXが派手な音と閃光を響かせ、機能を停止した。
 勝利の余韻に浸る間もなく、踵を返そうとするジョーカーの操り手。
 ヤマブキさんの制止も聞かずに、私は思わず彼を追い掛けた。

「す、すみません魔法使いの方!」

 何て呼んだら良いのか判らず、口を突いて出た叫びは拙すぎた。それでも彼は歩みを止め、私を振り返ってくれる。

「俺のことで良いのかい?」
「は、はい!」

 涼しげな眼差しはやっぱり綺麗で、私は必死に声を絞り出す。

「あのっ、お、お名前を教えて頂けませんかっ」
「え? 仙道ダイキ。……で、アンタは一体?」
「えっと、あの、私は、っ」

 なんかもうこのあたりの記憶はあやふやだ。私は彼の名前をきくことに必死だったから。

「た、ただのファンですっ!」

 彼の端正な顔が、ぽかーんとして、私を見ていたのを最後に、記憶はすっかりない。
 ヤマブキさんいわく、私は素早くUターンし、走り出し、三回転びながら彼の前から逃げ出したらしい。ドジってレベルじゃない。
 恥ずかしさにぐるぐる頭が混乱しながらも、私は彼の――仙道ダイキくんの声や姿や戦いぶりを思い返し、次第に胸が高鳴っていくのを感じた。
 宣言どおり、私が仙道くんのファンになった瞬間だった。

 それから私は家に籠もるのを止めた。
 仙道くんが参加するバトルには欠かさず駆けつける。ちょっとやそっと危なそうな集まりでも頑張った。そして周りに迷惑を掛けない程度に応援する。彼に何か言われようものならこの行動は止めるつもりだったけれど、仙道くんはあの涼しい笑みを浮かべたままで、私に手を振ってくれることがあるくらいに優しくて寛大だった。優しい魔法使いさんに、情けない私は甘えてしまった。
 LBXへの興味は復活していた。自分で改良する楽しみを見いだした。ヤマブキさんもいつの間にかLBXを手に入れていて、とっても強かった。色んなバトルで色んなLBXを見て、色んな戦いぶりを見て、心躍らせたりもしていた。

 残り少ない自由な時間。
 身勝手な少女としていられる時間。
 私は今更、こんなに楽しくて素敵な時間を見つけてしまった。
 まさしく魔法のようなLBXとの出会い。素敵な出会い。
 思い出が欲しくて、私は必死だったのかも知れない。

 無愛想な従兄弟と、小さな騎士。
 私はふたりに勝手に感謝していた。
 おかげで、今の私は――初めて「充実した時間」を味わうことができているのだから。
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