まさかの二人の対決
 アルテミスに関わる情報を求めて、カノンとバンたちは奔走した。
 そしてバンたちの通うキタジマ模型店で、遂に彼らは有力な情報を得た。散々街を巡った挙げ句、スタート地点である商店街に舞い戻ってから情報が入ってくるなんて、灯台もと暗しとはこのことだとカノンたちは思った。

「優勝者にはアルテミスへの出場権が与えられるって話の大会があったな」
「本当ですか、店長さん!」

 カウンター越しにカノンは、店長の小次郎に詰め寄った。その勢いに、思わず店長が半歩引いている。

「あ、ああ。だけど今からじゃ間に合わないな」
「ええっ!? どうしてですか?」
「その大会ってのが今日開催でね。当然、大会のエントリーもとっくに締め切られてるんだよ」
「そんな……」

 がっくりと肩を落とし、カノンは俯いた。深緑の瞳は、今にも溢れそうな涙で潤み、震えている。
 カノンほどでは無いにしろ、クエストを引き受けたバンたちも落ち込んでいた。

「折角見つけたのに……ごめんね、カノン」
「バンくんたちは悪くありませんわ……。手伝ってくれて、本当に助かりましたもの」
「カノン……」

 バンの労るような眼差しに、カノンは涙を堪えて気丈に笑ってみせる。
 そんなカノンたちの様子を見て、「カノンちゃんだっけ」と店長の妻・沙希が口を開いた。

「間に合わなかったのは残念だけれど、折角だし、その大会を見に行ってみるってのはどう?」
「え……」
「LBXが大好きなんでしょ? 大好きなLBXのバトルを見たら、きっと元気が出るわよ! エントリーは間に合わなくても、観戦ならまだ間に合うはずだからね」

 沙希の励ましに、カノンはどうしようか悩んでいるようだった。視線を落とし、でも、と小さくカノンが漏らすのが聞こえる。
 バンは考えた。結局カノンの依頼を解決することは出来なかったけれど、せめてカノンを元気付けることが出来たら良い、と。そのためにはやはり、沙希の言うとおりLBXに触れるのが一番ではないか。そしておそらく、カズヤもアミも郷田も、同じことを考えているのではないかと思った。

「カノン、大会を観に行ってみよう」
「バンくん……」
「そうね、気晴らしにはちょうど良いと思うわ」
「アルテミスの出場権がかかってる大会だもんな、アングラビシダスみたいにすげー奴らがいそうだし」
「アミちゃん、カズヤくん……」

 顔を上げたカノンに、バンたちはにっこりと笑って頷いてみせた。彼らが分けてくれた元気を受け取り、カノンの表情も少しずつ明るくなっていく。
 それを見て、郷田が口を開いた。

「決まりだな。じゃあ早速大会会場に向かおうぜ。ちんたらしてるうちに終わってたらどうしようもねえ」
「ですわね! 店長さん、沙希さん、本当に有難うございました!」

 深々とカノンが頭を下げると、二人は笑って「楽しんでおいで」と見送ってくれた。

◆◆◆

 電車で三駅ぶんほど揺られて、カノンたちは大会が行われているという場所までやって来た。大会自体は時折行われているものの、今回のようにアルテミス出場枠が用意されたのは初めてのことらしい。
 それなりの人で賑わう中を、カノンたちははぐれないように固まりながら動いていた。先ほどまでの意気消沈ぶりは何処へやら、嬉々としてカノンは進む。無理に気持ちを上向かせているのか、本当に大会が楽しみなだけなのかまでは判らない。

「間に合って良かったですわぁ!」
「もう決勝戦らしいからギリギリだったな」

 ふぅと息を吐きながらカズヤがぼやく。
 そこに、トーナメント表を確認しに行ってくれた郷田が戻ってきた。どことなく郷田がむすっとしている気がした。バンがその理由を訊ねようとするより先に、郷田が話し始めた。

「決勝はあっという間に終わりそうだぜ」
「え? どういうことだ?」
「見てりゃ判るさ」

 ステージの方を顎で指しながら郷田が言う。つられるようにバンたちも、決勝戦ステージの方を見た。

『皆さんお待たせしました! 遂に来た、最後のタイマンだぜ、決勝戦だぜ! 優勝してアルテミスへの切符を手にするのはどちらの選手なのか!?』

 大きな蝶ネクタイを付けた司会者の豪快なアナウンスが響く。
 そして壇上に上がってきた決勝出場者の姿を見て、カノンは驚きのあまり目を剥いた。
 見覚えのある燕尾服に身を包み、恭しく一礼する壮年の男性――。それはカノンのよく知る執事・ヤマブキだったのだ。

『決勝まで勝ち上がったお二人を改めてご紹介させていただきます! 一人は場違いな燕尾服の紳士・山吹誠一! 独自のカスタムと漆黒のカラーリングで統一されたムシャを操り、豪快なバトルで勝ち上がってきたダークホースです!』
「ヤマブキさん!?」
「え? カノンの知ってる人なの?」

 バンの質問に答えるためにカノンが深呼吸をしようとした矢先、更なる衝撃がカノンを襲う。
 ヤマブキの対戦相手・もう一人の決勝出場者が壇上へと現れたのだ。

『対するはぁ! 巷じゃ噂の“箱の中の魔術師”! ジョーカーを駆るミソラ一中の番長格!』

 逆立った紫の髪。その色とよく似た涼しげな瞳。端正な顔立ち。見紛うはずもない。
 ――仙道ダイキだった。
 紹介のアナウンスが終わりもしないうちに、カノンは歓喜に震えながら叫んだ。

「せっ、仙道くんがいますわぁぁぁぁああ!」
「カノン、落ち着けって!」
「仙道くん、頑張ってえええ!」

 喜びと興奮と混乱ですっかりおかしくなったカノンを、カズヤが慌てて止めようとする。が、カノンはぶんぶんと両手を振って仙道へ声援を送り続けている。その様子を見て、自分には止められない、と悟ったカズヤは、彼女をなだめることを諦め、見守ることにした。
 カノンの声援に気付いたのか、仙道がこちらを見た。そしてバン、アミ、カズヤ、郷田も一緒だと気付くと、顔をしかめた。
 なんでお前らがここにいる。仙道の目は、そう語っていた。
 トーナメントを確認してくれた郷田の様子がおかしかったのも、仙道がいたかららしい。
 郷田は不機嫌そうに呟きを溢した。

「こっちが必死に探すまでも無かったな、ったく」
「でも私たちが必死に探さなきゃ、カノンは仙道がこの大会に出てることを知らなかったかもでしょ」

 アミの指摘を受けて、郷田は「まあな」と短く答える。郷田とアミの視線は、はしゃぐカノンに向けられていた。
 隣のカズヤを巻き込んで、仙道くんはどうのこうのと語り、声援を送る姿は溌剌そのものだった。
 一時はどうなることかと思ったクエストも、ほぼ解決同然の状況であった。ただ、バンたちは仙道と対する執事・ヤマブキの実力を知らない。
 黄色い声援を惜しみなく送り続けるカノンに、バンはもう一度訊ねた。カノンを少し落ち着かせる目的もあった。

「ねえカノン、あのヤマブキさんっていう人、知り合いなの?」 
「あっ、ええ! わたくしの執事なんですの。LBXにも詳しくて、バトルも上手なんですのよ」
「すごいなあ、執事かぁ……」

 バンはじっとステージを見つめた。
 仙道とヤマブキが向かい合い、程なくして、バトル開始のゴングが響く。
 先に仕掛けたのはヤマブキの操るムシャだ。突進と共に剣を振り上げ、仙道の操るジョーカーへ向かっていく。
 ジョーカーはその突進をかわすと、ムシャの背後へと回った。お返しとばかりに鎌をその背へ叩き下ろす。確実なダメージが入ったはずだが、その衝撃をもろともせずムシャは振り返り、反撃する。
 二機の攻防を見つめながら、カズヤが呟いた。

「あのムシャの装甲、すげーな。スピードは最初から捨てて、力押しするためのパワーと耐久力に持ってってんだな」
「そうみたいね。でも、それじゃあジョーカーみたいな相手はやりにくいわよね」
「だな。スピードが無さすぎたら、ジョーカーの攻撃は避けられないし、攻撃を当てにいくのも難しい……」

 アミの言葉にカズヤは頷き、再びバトルの様子へ見入った。
 やはりスピードの差が仇となり、ヒットアンドアウェイを繰り返すジョーカーの動きにムシャは対応しきれない。次第に一方的に攻撃を食らうばかりとなっていく。装甲が厚かろうと、少なからずダメージは必ず受けてしまう。
 ムシャにはもう打つ手無しかと思われた。
 とどめを刺そうと、ジョーカーがムシャを目掛けて駆けていく。
 対峙するムシャは――剣を投げ捨てた。
 何をするのかと観客がどよめく。
 ヤマブキは至って冷静なまま。
 そしてムシャは、襲い来るジョーカーの鎌の刃を、なんと……両手で挟んで受け止めてみせたのだ。
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