初めてのクエスト依頼
 アングラビシダスから数日後、カノンはCCMでクエストBBSを覗いていた。
 大会決勝戦では海道ジンと山野バンによる激闘が繰り広げられたそうだ。ジンのLBXがトラブルで機能停止し、見事にバンが優勝……LBXの世界大会〈アルテミス〉への出場枠を手にした。

「仙道くん、バトルだけでなく、アルテミスの出場枠も絶対に狙っていたはずですわ……」

 アルテミスの規模を考えれば、アングラビシダス以外の大会でも出場者を募っているはず。調べてみれば、各々の国家やエリアごとの代表者や、スポンサー特別枠など、まだアルテミス出場への道は多くあった。
 カノンが心配せずとも、仙道であれば独自に、自分の力でアルテミスへの切符を手にすることが出来るかもしれない。しかしカノンは、自分にも何か出来ることは無いかと考えた。
 そうしているうちに、誰でも依頼を書き込めるクエストBBSの存在を思い出したのである。そこに依頼として悩みを書き込めば、見ている別の誰かが解決してくれるかもしれないという助け合いの掲示板だ。
 カノンはそこへ、駄目元で依頼を書き込んでみた。

『初めまして。LBX初心者ではありますが、先日のアングラビシダスを観戦して以来、気になることがあり悩んでいます。どなたか力になって頂けませんか? ミソラ商店街のゲームセンターそばでお待ちしています』

 書き込んですぐに、カノンは商店街を目指した。
 電車を乗りついでいる間、幸いなことにクエストBBSから「依頼を受けた人がいる」という連絡のメールが入った。もし誰も受けてくれなければと不安だったカノンは、ホッと胸を撫で下ろした。
 依頼を受けてくれた誰かを待たせてはいけないと、急いでゲームセンター前まで向かう。店の入り口までたどり着くと、カノンは深呼吸した。今日も沢山の人が賑わう商店街の空気を味わいながら、逸る胸を押さえる。
 しばらく彼女は忙しなく周りを見渡してた。が、次第に通行人の視線が気になり、少しずつ目線を落としていった。行き交う人々の足ばかりを眺めながら、彼女は待ち続けた。一人、また一人。赤い靴、青い靴、次は黒い革靴……。いくつもの靴がカノンの前を過ぎていく。
 何個目の靴の後だったろう。カノンの視線の先で、白いスニーカーが目に留まった。側面は赤くカラーリングされたその靴は、何故か一向にカノンの前から消えなかった。

「こんにちは! カノンだよね?」

 それどころかカノンの名を呼んだではないか。カノンは慌てて顔を上げた。
 そこにいたのはバンであった。アングラビシダス優勝者であり、アルテミスへの出場権を手にしたバンだ。後ろには彼の友人であるアミ、カズヤ、それから郷田の姿があった。

「まぁ、バンくんに、皆様! まさか、わたくしの依頼を引き受けてくださったのって……」
「ああ。クエストBBSを見てきたんだよ」
「まあ、まあ! 有難うございます! 嬉しいですわー!」

 カノンは思わずバンの手を取り、しっかりと握り締めてぶんぶんと振った。
 よほど嬉しいらしいカノンのリアクションにバンはされるがままである。はしゃぐカノンと、呆気に取られているバンの様子を見て、くすりとアミが笑みを漏らした。

「ふふっ、カノンって本当に面白いわね。いちいち反応が大袈裟だわ」
「だってわたくし、同年代の子とお話なんてほとんどしたことないですし、お友達も今までいませんでしたもの!」
「明るく言われると逆に切ないぜ……」

 カノンの話に、カズヤは心底同情するように呟く。それでもカノンはただ嬉しそうだった。

「世間話するのも良いがよ、クエストはどうしたんだ? 何か悩んでるって話だろ?」

 なかなかクエストの話に触れそうにないカノンたちの様子を見て、話を進めようと郷田が言った。
 それを受けて「そうでしたわ」とカノンは口を開きかけ――止まった。その目はおそるおそると言った様子で郷田を見上げたまま固まっている。
 バンは首をかしげた。

「どうしたの? カノン」
「いえ、あの……その……わたくしが悩んでいるのは、仙道くんに関わることで」
「仙道だぁ!?」
「うぇっ!」

 反射的に怒声を上げた郷田に怯え、カノンは情けない悲鳴と共に体を縮めてしまった。
 それを見たアミが、きっと眉をつり上げて郷田を嗜める。

「ちょっと郷田! カノンがビックリしてるじゃない!」
「……悪い、つい仙道って名前に反応しちまったんだよ」
「ご、ごめんなさい郷田くん……」

 郷田が目くじらを立てるのも無理はないとカノンは判っていた。だからこそ、さっき郷田がクエストについて訊ねてきたとき、答えるのを一瞬躊躇ってしまったのだ。
 それも踏まえて、カノンは、おずおずと郷田に話しかける。

「郷田くんは、仙道くんにLBXを壊されてしまったんですもの。番長同士のいろいろが有ったんでしょうし……。でもわたくし、仙道くんのことが大好きですの。彼のお陰で私は明るくなれたから……」
「お前の趣味にとやかく言う権利は俺にはねぇ、だから気にすんな」

 郷田の言葉に、カノンは瞬きした。以前、仙道に似たことを言われたのを思い出したからだ。
 番長同士、通ずるものがあるのだろうか?
 不思議そうなカノンの眼差しを受けたまま、郷田は胸を張る。

「それに次は負けねえ。倍返ししてやるぜ」
「まあ、見た目以上の男らしさですわね……。でも仙道くんだって更に手強くなりますわよ!」
「そんなの望むところだ!」

 仙道のいないところで勝手に盛り上がるのもどうなのか、とバンたちは思ったが、それを口にはしなかった。最初の気まずさから一転し、微笑ましさすら感じさせる二人の雰囲気に、ただただ生暖かい目を向ける。
 それからようやく、カノンはクエストについて語り始めた。

「実はわたくし、アルテミスへの出場枠を手にする方法が知りたいんです。でも、わたくしの調べかたじゃ限度があるみたいで……上手く見つからないんですの」
「アルテミス? まさかカノンが出るの?」
「とんでもないですわ、バンくん! わたくしじゃなくて……」
「仙道、ね」

 アミが呟くと、カノンは頷いた。

「わたくしのお節介なのは判りますわ。でも仙道くんはきっとアルテミスに興味がおありでしょうし、何よりわたくし、大舞台で戦う仙道くんの姿を見てみたいと思いますの」

 アルテミスで戦う仙道の姿を想像するだけで、カノンの胸は高鳴っていく。

「だって仙道くんはあんなに素敵なんですもの、どんな強者にもひけを取らないはずですわ! だからわたくし、アルテミスへ繋がる道を探したいんですの」
「気持ちは判るけれど、仙道の性格だと本当に“お節介だ”って言いそうだよな……」

 頭を掻きながらカズヤがぼやく。それでもカノンは引き下がれないらしく、じっとバンたちを見つめて返事を待っていた。
 カノンの必死さは伝わるが、ものがものなだけに難しい。
 アミは、祈るように両手を握りしめるカノンに訊ねた。

「私たちに頼まなくても、カノンのお家なら色んな情報が入りそうだけれど……ダメだったの?」
「できれば家の力に頼らずに、自分の力で何とかしたくて……。こうやってアミちゃんたちに頼んでる時点で言うのも変ですけれど」

 ワガママは承知なんです、と頭を下げるカノンを見て、バンたちは顔を見合わせた。
 ……僅かな沈黙の後、誰からともなく彼らは笑みを浮かべた。そして彼女に向き直ると、バンは頷いた。

「判ったよ。俺たちも探すの手伝う!」
「本当ですか!? 有難うございます、本当に有難うございます!」
「喜ぶのは無事に見つかってからにしようぜ、カノン」
「はいっ!」

 そう言って微笑むカズヤに、カノンが満面の笑みで答えた。
 意気込むカノンたちを見て、郷田も気合を入れるように、ぱしんと手の平に拳を打ち合わせる。

「依頼は依頼だからな。仙道のためってのは腑に落ちねえが、受けたからにはしっかりやるぜ」
「依頼者はカノンなんだから、カノンのためだって考えたら良いだろ?」

 バンの言葉に、それもそうだな、と郷田が答える。

「カノンのためか」

 ぎこちなく呟く郷田の気恥ずかしそうな顔を見て、カノンも何処となく恥ずかしそうにはにかんでいた。
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