勝敗の行方
仙道と対峙しているバンも、彼の技術に驚いていた。
「三体同時に操作していただと……!?」
「強ければ何でもあり、それがアングラビシダスなのさ」
CCMを操作しながら仙道が呟く。
仙道も仙道で、アキレスに起きた現象に少なからず戸惑っていた。誰も明かすことが出来なかった“箱の中の魔術師”たる分身攻撃を――バンにそのつもりが無かったとしても――見破られたのだ。
以前、アキレスは光輝いている。勝負を長引かせるべきではないと仙道は察した。
「見せてやるよ、これがジョーカーの必殺ファンクション!」
仙道の叫びと共に、体勢を立て直したジョーカーが動いた。
ジョーカーが鎌を構えて回転しながら上空へと飛んでいく。するとその回転は勢いをまし、瞬く間に大きな竜巻となった。禍々しい紫と漆黒のオーラを纏わせたその竜巻を、ジョーカーはアキレス目掛けて放つ。
「出ましたわっ! アタックファンクション・デスサイズハリケーン!!」
カノンは歓声と共に両手を上げた。すっかり熱の入った彼女の様子は、周囲の客が半歩引いてしまうほどであった。そんなことは知るよしもなくカノンは目を輝かせている。
デスサイズハリケーンはアキレスに命中した。アキレスの機体は大きく吹き飛ばされ、ジオラマ上の岩へと激突した。いまだ機体から放たれる光は収まっていなかったが、相当のダメージを受けたアキレスが膝をつく。
「終わりだ!」
鎌を振り上げた三体のジョーカーが、動けぬアキレスへと飛びかかる。
バンはCCMを操作しているようだが、アキレスは応えない。
仙道の言葉の通り、これで終わる。ジョーカーの勝利は決定した。
カノンのみならず、戦いを見守る誰もがそうとばかり思っていた。
――しかし。
ジョーカーの攻撃が当たる直前に、アキレスは顔を上げた。そして、目にも止まらぬスピードで三つの刃を回避すると、逆にジョーカーたちを追い詰めるように背後に回り込んだのだ。
「ええっ!? 何がどうなっちゃってますの! 今、確かに当たるところでしたわよね!?」
「し、知らねえよ! こっちだってビックリしてんだ!」
混乱のあまり、カノンは隣にいる見知らぬ観客に詰め寄った。どうやら驚いているのは自分だけではないことを知ると、カノンはまたバトルフィールドへと視線を戻した。
すると、先程まで歪んでいたバンの表情が一変しているのが目に入った。
「コントロールできる、できるぞ!」
嬉しそうにバンが叫んでいるのがこちらにも聞こえる。
どうやら機体が光り出してから、バンはアキレスを操作できなくなっていたらしい。何らかのプログラムがアキレスに組み込んであったのだろうか? アキレスは一点もののLBXのようだし――カノンの知る限り、同じLBXが販売されているところは見たことがない――、制作者が特別な何かを仕組むことは可能だろう。
「それにしてもあのスピード、ただごとじゃありませんわ。作った方は相当な技術者ですわね……でも」
仙道くんには勝てない。カノンはそう思っていた。
驚異的な機動力を見せつけられはしたが、蓄積されたダメージの量が違う。アキレスの満身創痍と不利な状況は変わらなかった。
しかしバンが諦める様子はなかった。アキレスのコントロールが戻ったことでバン自身も冷静になり、三体のジョーカーの変幻自在な攻撃を上手くいなしていた。プログラムによってアップしたのはスピードだけはなかったようだ。明らかに先ほどまでより攻撃が重い。
攻防の最中、バンは何かを探しているようだった。
カノンは少しずつ不安になってきた。圧倒的だと思われた戦いが、少しずつ変化していく様に戸惑っていた。
仙道の勝利を信じて疑わなかった。しかしあと一歩のところでアキレスが思わぬ力を発揮した。アキレスだけでなく、バンのプレイヤーとしてのセンスの高さを思い知らされる。
「仙道くん……」
カノンは祈った。仙道くんが勝ちますように。勝てますように。
――不意に、アキレスは攻防を中断すると、身を翻した。
誰もが突然のアキレスの行動に騒然とした。アキレスはぐんぐんと駆け続ける。何かを目指しているらしいが、誰にも目的が掴めない。アキレスは何故か、岩山に囲まれた袋小路へと進んでいった。
思わずカノンはバンを見た。
彼の表情には何らかの確信が滲んでいた。
「わざわざ自分から袋のネズミになるとはな!」
そのチャンスを仙道が逃すわけが無かった。追い詰められたアキレスに向かって、再度ジョーカーが飛びかかる。
アキレスが宙を見た。同時にバンが叫ぶ。
「今だ! 必殺ファンクション!」
アキレスの槍にエネルギーが込められ、青白く輝いていく。そして渾身の力を込めて、ハカイオーの右腕がその槍を上空に向けて突き出した。狙いは――上空で一直線に並ぶ三体のジョーカー。
これがバンの狙いだった。高い岩山に囲まれた道に入り込むことで、ジョーカーの行動範囲を絞り、一発逆転する機会を待っていたのだ。
アキレスのアタックファンクション・ライトニングランスは、無防備なジョーカーたちを纏めて貫き、破壊した――。
まさかの大逆転劇に、歓声がどっと湧いた。感嘆や称賛の叫びが場内のあちこちから上がり、彼らの健闘を讃える。
そんな観客のなかでただ一人、カノンは置いてけぼりを食らったような顔をしていた。
「仙道くんが……負けましたの……?」
CCMを握ったまま立ち尽くす仙道の後ろ姿を見つめて、彼は負けたのだ、とカノンはようやく理解できた。
そしてカノンは、ふと、自分がゲームセンターでバンに掛けた言葉を思い出していた。
愚者のカードに秘められた意味。
信念と、限りない可能性。
「諦めないという信念と、限りない可能性が、バンくんに勝利をもたらしたんですのね……」
呟くカノンの声に覇気はなかった。
バンの勝利を喜ぶ以上に、仙道の敗北という衝撃が大きかった。
カノンが呆けている頃、ステージ上では、バンが仙道に話しかけていた。
「仙道、お前があいつらの刺客なのか?」
「俺が誰かに雇われ、お前を狙っていたと? ……馬鹿げた話だ」
不愉快そうに眉を潜め、吐き捨てるように仙道は言った。
「俺は誰の下にもつかない。俺に命令できるのは俺だけだ」
仙道は踵を返すと、バンの方を振り返ることなく、そのままアングラビシダス会場を後にした。
カノンはそれを見て、慌てて仙道を追いかけていった。観客の間を縫うように移動して、何とか会場を出る。急いでブルーキャッツの扉も開けて外に出ると、仙道を探して周りを見渡した。
幸いにも、仙道はまだ近くにいた。ポケットに手を突っ込みながら、近づきがたい雰囲気を纏って商店街を歩いていく背中が見える。
「待って、仙道くん!」
カノンが叫ぶと、仙道の肩がぴくりと動いた。歩くのを止め、ゆっくり此方を振り返る。
急いでカノンは仙道に駆け寄った。
「あの、仙道くん、その……バトル、お疲れ様でした!」
そう言ってカノンは、勢いよく頭を下げた。
仙道は何も言わない。ただただ不機嫌そうな顔のまま、カノンのことを見下ろしている。
「わたくし、本当に仙道くんのことすごいって思いますの。まさかLBXを……」
「三体も使っていながら負けた、ってか」
言い募ろうとするカノンを、仙道が遮った。
凄んだ声音に驚いて、カノンは震えた。ひっそりと震えをやり過ごしてから、おそるおそる視線をあげていく。
鋭くて剣呑な瞳がカノンを捉えていた。あからさまな敵意が滲んでいた。怒っていることは考えるまでもなく判る。
しかし――。
(せ、仙道くんにばっちり見つめられてますわ……!)
カノンは、不謹慎にも赤くなってしまった。