開催! アングラビシダス
バンたちもカノンにすぐ気付いた。
こんにちは、と会釈するカノンへ三人で歩み寄ってくる。
「カノン!? どうしてここに?」
「檜山様に届けものがありましたの。それから、拓也様にお話をして頂いてたんです」
「そうなんだ。てっきりカノンもアングラビシダスに出るのかと思ったよ」
「わたくしのような素人には大会なんてとても無理ですわ。大会は観戦目的ですの」
バンの言葉に笑いながら首を降り、カノンがそう答える。
一方、アミは、拓也とカノンを交互に見やって不思議そうにしていた。
「拓也さんたち、カノンと知り合いなんですか?」
「彼女というか、彼女のご両親とちょっとな。仕事やその他、色々と手助けして貰っている」
拓也が簡潔にカノンの両親のことを告げると、アミは納得したように頷いた。
横で聞いていたカズヤも、どことなく安心したような表情を見せる。「とりあえず味方みたいだな」彼が小さな声で呟いたのを、カノンは辛うじて聞き取れた。どういう意味かは判らなかったが、少なくとも悪い感情を持たれていないことは知れた。
カノンの側に立つ拓也が、ふと腕時計に視線を落とした。どうやらアングラビシダス開催の時間が迫っているようだ。
拓也は顔を上げると、バンたちを見つめた。
「そろそろ大会の開始時刻だ。……準備は良いな?」
「もちろん!」
「頑張れよ」
拓也の励ましを受けたバンたちの顔は、きらきらと輝いているようだった。
大会に挑む彼らのあとに続いて、カノンもまた、アングラビシダス会場への扉を潜ったのであった……。
◆◆◆
薄暗い会場内には沢山の観客がひしめき合い、熱気に満ちていた。周囲を鉄格子で囲んだ中央舞台の中には、幾つものDキューブが設置されている。そしてそれらの中心に、一人の男性が立っていた。
大会開始時刻になると同時に、その男性にスポットライトが集中する。
「ようこそ、アングラビシダスへ!」
黒いコートを翻し、男性は高らかに叫んだ。男性の顔を見てカノンは驚いた。
ステージの中央に立つその人とは檜山だったのである。
「伝説のLBXプレイヤー“レックス”って、檜山さんだったのか」
檜山の大会開催宣言を聞きながら、カズヤが呟いた。その目はカノンと同じように驚きで丸められている。バンやアミもだ。
カノンも伝説のLBXプレイヤーの存在は耳にしたことがあった。しかしそれがまさか檜山だとは思いもしなかった。
あいつは凄腕のLBXプレイヤーなんだ――。そう拓也が語っていたことを思い出す。
「凄腕なんてもんじゃありませんわ、拓也様……」
呆然としているうちに檜山……レックスの宣言は終わり、遂にアングラビシダスは幕を開けた。そうなってからやっと、カノンは我に返った。
側にいるバンたちはとっくに気持ちを切り替えて、大会のバトルへの闘志に燃えている。
その姿を見て、カノンは思わず口を開いた。
「遂に始まりましたわね。バンくん、カズくん、アミちゃん。健闘をお祈りしていますわ」
カノンの激励に、三人は笑って頷いた。しかし、ふと思い出したようにカズヤが口を開いた。
「応援はありがたいけどさ、カノンって仙道の追っかけなんだろ?」
「そういえばそうよね」
アミがカズヤに続いた。
二人の言葉に、カノンはハッとしたように目を丸めて、少しばかり顔を赤くした。そして「それはそれ、これはこれですわ」と恥ずかしそうに呟くのを見て、アミは笑った。
「カノンったら変なの。あ、私が仙道倒しちゃっても恨みっこなしよ?」
「ええっ!? えっと、でも、仙道くんは強いですわよ! 魔術師ですもん! それに万が一そうなっても恨む道理はないですわ!」
慌てふためいて捲し立てるカノンに、アミだけでなく、それを見ていたバンやカズヤも吹き出した。
「慌てすぎだよ、カノン」
「ははっ、仙道のことはまだよく判んねーけど、カノンは判りやすいぜ」
「本当にね。なんで仙道の追っかけなのかしら」
昨日は“仙道のファン”というだけで何となくカノンへ取っつきにくさを感じていた三人も、すっかり気を許していたらしかった。カノンの性格もあるだろう。
だが一番大きかったのは、先の拓也との会話だ。カノンは少なくとも敵ではないことを暗に伝えられたからだった。
どうしてそこまでバンたちが用心するのか、その理由をカノンは知らない。
バンたちが挑んでいる強大な敵の存在。何処かにいる刺客への警戒。どれも知りようが無かった。
少なくとも、今の段階では。
――そうしているうちに試合の時間は近づいていた。
今回の大会参加者は全部で16名。その中にカノンは、バンたちと仙道、そして海道ジンの名前があるのを見つけた。
(バンくんと仙道くんがお互い勝ち進んだら、準決勝で戦うことになるんですのね……)
トーナメントを確かめてから、大会に出場するバンたちと別れ、カノンは格子の外――観覧席へと回っていた。仙道のバトルを観戦するためであった。