無限の可能性
 だがカノンの願いは、またもや届きそうになかった。

「LBXバトルで白黒つけようじゃないか。山野バン……俺のジョーカーと戦え」

 どうやら仙道はこの少年のことも知っているらしい。
 山野バン。心の中で復唱しながら、カノンはバンを見つめた。仙道が知っていると言うことは、腕の立つプレイヤーなのかもしれない。しかし、ちょっと腕が立つくらいでは仙道には敵わないだろう……。
 しかしバンは仙道の挑戦を受けた。やってやる、と静かに頷く彼に、友達らしい少女と少年が焦った様子で声を上げた。

「ちょっとバン、大丈夫なの?」
「そうだ、ヤツは何をするか判らない郷田以上の危険人物なんだぞ!」
「心配ないさ」

 友人たちの意見を聞かないバンに、初対面だと言うことすら忘れてカノンも声を掛ける。

「ば、バンくんでしたっけ……。仙道くんは強いですわよ、ちょっとやそっとじゃ敵いませんわよ」
「やってみなくちゃ判らないさ。……って、えっと、お姉さんは誰?」
「あ、これは申し遅れましたわ!」

 バンの指摘に我に返ったカノンは、場の空気も忘れて深々と頭を下げた。

「わたくし、鳳来寺カノンと申します。仙道くんのファンですわ」

 簡潔かつ判り易いその自己紹介は、場の空気を別の意味で騒然とさせた。
 バンたちの後ろにいる、スケバン姿の小柄なポニーテールの少女が「ファンだって!?」怒号に近い叫びをあげる。

「いけすかない上に女つきかよ!」
「誤解が無いように申し上げておきますが、わたくしがただ追っかけしているだけですわ。お嬢さん」
「大して変わんないってんだ! あとお嬢さんじゃなくて矢沢リコだ、リコ!」
「は、はいな。リコちゃんですわね」

 憤慨する少女・リコにたじろぎつつ、カノンは頷いてみせた。どうにも郷田の仲間は皆、勢いと血気が盛んなようである。元来人見知りであるカノンは、気圧されていた。
 しかし彼女らのなかにも冷静な人物はいたようだ。可愛らしい耳当てをしたショートカットの少女が、カノンの姿をじっと見つめて考え込んでいる。
 視線に気付いたカノンも少女の方を見たが、少女はカノンに声を掛けるための確証を探しているふうであった。
 そんなカノンと彼らの会話もそのまま終わり、すぐに場は、仙道とバンの始めたLBXバトルに釘付けとなった。
 バンがバトルに臨む前に、郷田や他の友人たちがバンを鼓舞するように声を掛けるのを、カノンは羨ましそうに眺めていた。

(バトル前にわたくしなんかが声を掛けたら、仙道くんのやる気を削いでしまうかしら……)

 そんな思いつきは、バトルを見ているうちにすぐに消えて行った。
 バンの操るLBX・アキレスは果敢に近距離戦を挑んでいく。対する仙道のジョーカーは持ち前のスピードでそれを振り切り、攻撃をいなし、距離を開ける。
 思うように攻撃を続けられないバンの表情に焦燥が浮かんでいく。
 ――不意に仙道が呟いた。

「お前の戦闘スタイルはもう判った」

 彼は、バンの戦いをタロットのアルカナに喩えながらこう話した。
“愚者”――愚かしい単調なだけの力押しだ、と。
 かっとなるバンに、仙道は更に畳みかける。

「“箱の中の魔術師”の本気を少しだけ見せてやるよ。そしてお前のLBXは切り刻まれ、お前は俺にひれ伏す――!」

 その言葉を合図に、ジョーカーは三体に分身した。戦っているバンのみならず、見守っていた友人たちもその現状を信じられないと言うふうに目を丸めた。
 先に郷田も屈した、ジョーカーの分身攻撃。バンも混乱と動揺に呑まれ、ろくに分身たちの攻撃を防ぐことが出来なくなってしまった。立て続けに襲い掛かる刃が、アキレスのLPを着実に削っていく。
 バンは分身の動きを目で追うのが精一杯だった。こんなはずでは、と唇を噛み締め、CCMを握る手にも力がこもり、震えている。
 勝敗を決するまで、もう時間の問題だろう――。そんな時のことだった。
 一機のLBXが、アキレスとジョーカーの間に割って入ってきた。
 アキレスを庇うかのように代わってジョーカーの攻撃を防ぎ、跳ね除ける。

「誰だ!」

 邪魔をされた仙道が怒り露わに叫ぶと、ひとりの少年が近付いてきた。
 バンたちとはまぎれも無く初対面のカノンだったが、その少年の涼しげな面持ちには見覚えがあった。
 ――海道ジン。この国の先進開発省大臣を務める海道義光の孫である。カノンとジンに直接的な関係はないが、義光とカノンの両親は仕事の重要なパートナーとも言える間柄だ。過去に両親に連れられて義光と会った際、ジンとも顔を合わせた。もっとも、ジンの方がカノンを覚えているかどうかは判らない。
 どうして彼がこんな場所にいるのだろう? 自分が言えた義理ではないのかもしれないが、カノンは不思議に思った。
 アキレスを庇ったLBXはジンのものであった。
 そのLBXとジンの顔を見ると、仙道は興味深そうに、先とは打って変わった様子で口を開いた。

「これは驚いた。今までのLBXバトルは全て一分以内の“秒殺の皇帝”……海道ジンか」

 お会いできて光栄だな、と皮肉めいた仙道に対し、ジンは眉一つ動かさない。

「仙道君、だったな。君もアングラビシダスに参加するなら、そこで決着をつけたらどうだ。どうせなら大きな舞台で潰したほうが目立つだろう?」
「へぇ、確かにそうだよなァ」

 ジンの提案に仙道は乗った。ジョーカーを回収すると彼はジンに言った。

「あんたも気をつけた方が良いぜ、潰されないように」

 そんな仙道の台詞にも、やはりジンは無表情のままである。
 最後に仙道は、バンに“死神の運命からは逃れられない”と告げると、振り返ることなくゲームセンターを出て行った。
 その仙道の後ろ姿を、カノンはぼんやりと眺めたまま立ち尽くしていた。
 彼の後を追うには間が空いていたし、目の前で起きた出来事たちの整理が曖昧なカノンの足は、動いてくれそうになかった。かといって此処に居座るには、あまりにも知らない顔が多すぎる。ジンはとっくに店を出て行ってしまった。
 その時、ずっとカノンを見ていたショートカットの少女が「あっ」と声を上げた。

「鳳来寺って……あの鳳来寺よね?」

 カノンはびくりとした。少女が言わんとしていることを察して、反射的にそうなってしまった。
 そんなカノンの反応に少女は確信したらしい。「やっぱりね」とうんうん頷いている。

「どうしたんだよ、アミ」
「カズも知ってるでしょ。強化ダンボールと一緒に開発された強化ガムテープの開発を主導していた、鳳来寺カンパニーのこと!」
「知ってるけど……って、ええ!?」

 ショートカットの少女アミの言葉に、カズと呼ばれた少年が目を丸める。
 此処まで来ると、カノンは自分のことを話した方が賢明だろうと判断した。

「鳳来寺カンパニーはわたくしの両親の会社ですわ。そして、わたくしはその鳳来寺の一人娘です」
「ほ、本当に?」
「嘘なんてつきませんわ。ふふ、強化ガムテープのことも知ってらっしゃるなんて嬉しいですわー。強化ダンボールには負けますけれど、ガムテープも結構便利でしょう?」

 確かめるように訊ねるバンに、にこにこと微笑みながら素直にカノンは答えた。
 そんな穏やかな雰囲気に流されるままに、カノンたちは自己紹介をし合った。
「ありがとうございます、しっかり覚えましたわ!」バンたちの自己紹介を聞き終えたカノンは、そう言って頷いた。

「皆さんLBXプレイヤーなんですのね。やっぱり今時の子は皆LBXをプレイするんですのね」
「カノンさんもLBXプレイヤーなの?」
「ふふ、カノンで結構ですわ。……一応LBXを持ってはいるんですけれど、戦いは殆どしたことありませんの」

 恥ずかしそうにカノンは答える。

「でもわたくし、バトルを見ているのだけでとっても楽しいんですの。今はそれだけで十分ですわ」
「そうなんだ。でも、よりにもよって仙……」

 言い掛けてバンははっとした。慌てて言葉を切り、それから困ったような顔でカノンを見て口ごもる。
 何となく彼の言わんとしたことを察して、カノンは笑う。

「仙道くんは、わたくしにとって魔法使いなんですの。ちょっと前まで知りもしなかったLBXを、わたくし、彼のお陰で大好きになりました」
「それで仙道のファンなの?」
「はい、熱烈に追っかけさせて頂いてますわ!」

 仙道の名を口にしただけで真っ赤になるカノンの姿に、バンたちは呆気にとられていた。さっきまで自分たちのLBXを壊さんとしていた――郷田に至ってはすっかり破壊された――あのプレイヤーと今目の前にいるファンの姿は、どうやっても上手く結び付かない。
 花を飛ばしそうな様子のカノンであったが、はたと瞬きすると、何か思い出したようにバンを見た。

「バンくん。戦いの最中に、仙道くんが“愚者”のカードを示していたのを覚えてます?」
「え? ああ、うん。よく判らなかったけど……」

 素直に答えるバンに、カノンは優しい笑顔のまま話した。

「あの“愚者”のカードには、信念とか、限りない可能性とか、そういう明るい意味もありますのよ。お会いしたばかりで言うのも変ですが、たくさんの可能性を秘めていそうなあなたには、ぴったりかもしれませんわ」

 カノンの言葉にバンは目を丸めた。
 少なくとも戦いの最中、仙道にあのカードを突き付けられた時は意味が判らなかったし腹が立った。仙道が決して友好的な意味で行ったものではなかったからだ。
 それをカノンが払拭してくれようと、気を遣ってくれたのだと判った。タロットカードのことは良く判らないが、彼女の厚意はバンもよく判った。

「そうなんだ……。ありがとう、カノン!」

 ありのままの感情でそう返すと、カノンの笑顔はより深く、嬉しそうなものへと変わった。
 まだ色々と聞きたいことがあったが、お互い上手く形に出来なかった。
「そろそろ失礼いたしますわ」と、お嬢様らしい会釈とともに彼女はバンたちに別れの挨拶をした。バンたちも自然と見送る。
 カノンは未だ緊張ではやる胸を押さえながら、ぱたぱたと商店街の通りを掛けて行った。

「あんなにたくさんの子たちと話せたなんて、わたくし進歩してますわー!」

 バンたちにとって仙道の印象がだいぶ悪いことを考えると気は沈んだが、カノンはめげなかった。
 どうやら因縁ある様子だったし、今後も彼らと鉢合わせる事もあるだろう。こわい喧嘩を見る事もあるかもしれない。できれば仲良くしてほしいが、それはカノンの我儘で、彼らの心中を知らぬ自分には口出しできない問題だ。
 それでも、カノンの仙道に対する気持ちや、彼らの中に共通する“LBXを楽しむ気持ち”があれば、少しは考え方や交流の仕方が変わってくるかもしれない。
 きっとそれは、ひとりを好む仙道にとってもいい刺激になるのではないか。

「って、これも私の我儘ですわね」

 沢山の思いが交差しながらも、カノンはすっきりした笑顔であった。
 仙道のファンであること、LBXが大好きなこと。
 彼女にとっての要であるその気持ちたちは、こんなことで揺らいだりはしないのだ。
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