ターニングポイント
 ミソラタウンの商店街には、多種多様の店舗が並んでいる。少し大人っぽいカフェ、流行を押さえたブティック、気軽に立ち寄れるコンビニ、知識豊富な店主がいるLBXのショップ、それから……子供も大人も入り乱れて盛り上がる、ゲームセンター。
 カノンはお忍びで、そのゲームセンターに向かっていた。

「やはりLBXバトルといえば此処ですわよねー、いろんな方々もいらっしゃるし……」

 今日も仙道くんがいらっしゃるかもしれないし!
 内心でそう続けて、カノンは意気揚々とゲームセンターへ足を踏み入れた。
 ゲームセンターは何時ものように熱気に包まれていた。しかし、その理由が何時もとは少し違うらしい。
 店内中央のDキューブを挟んで向かい合う二人の少年の姿が、カノンの目に飛び込んできた。何やら言い争っているらしいが内容は聞こえない。
 少年のひとりは、カノンの探していた仙道ダイキ。しかしもう一人は、見たことのない人物だった。

「は、裸学ランなるものですの……?」

 一昔前に流行った番長スタイルをそのまま身に纏う緑髪の少年を、カノンはまじまじと見つめてしまった。彼らから少し距離はあると言え、ほぼ真正面である。失礼なことをしてしまった、と恥ずかしくなったカノンは慌てて目を伏せた。
 気を取り直したカノンは、勇気を出して彼らに近づくことにした。今日も仙道くんのバトルが見れるかもしれない……。そんな淡い期待に胸躍らせながら。
 しかし――

「てめぇ、言ったな!?」

 緑髪の少年の突然の怒号に、彼女は思わず目を瞑り身を縮めた。
 恐る恐る目を開くと、今度は「きゃっ!」悲鳴を上げてしまう。
 怒鳴った少年が、仙道の胸倉を掴んでいたのだ。
 このままでは喧嘩が起きてしまうのではないか。寧ろもう喧嘩が始まっているのではないか。そんな不安から、一触即発の雰囲気に怯えながらも、カノンは駆け出していた。

「お、お止め下さいな!」
「あぁ!?」

 叫ぶカノンを、緑髪の少年が唸りながら睨んだ。彼はカノンと同じ年頃に見えた。
 どうしてこんなに怖い顔ができるのだろうか……。そう思いつつ、一度踏みだした勇気のままに、震えながらもまた叫ぶ。

「番長っぽいあなた、その手を離して下さいな! け、喧嘩は良くありませんわ、いけませんわ!」
「ぽいじゃねえ、番長だ! ミソラ二中の番長だよ!」
「ご、ごめんなさいっ!」

 頭に血が上っている少年の怒号に、カノンは今にも泣き出しそうな様子だった。
 反射的に謝って身を縮こめ、引き下がろうにも怯えきって足が動かないらしい。涙を堪えながら少女は震えていた。

「みっともないねぇ、郷田」

 それを見かねたのかどうかは知らないが、成り行きを黙って見ていた仙道が口を開く。
「はぁ!?」また怒鳴る少年――郷田の手を乱暴に振り解きながら、仙道は不敵な笑みを浮かべていた。

「そいつが泣こうが喚こうが知ったことじゃないが、無関係の女泣かすほど情けない番長じゃあミソラ二中の奴らも可哀相だ」
「てめぇ……!」

 拳を握りしめながら郷田は仙道を睨んでいた。しかし、すぐに拳を下ろすとカノンに向き直った。まだ怒っているふうだが、幾分落ち着いた表情である。
 涙目で見つめてくるカノンに、郷田は言った。

「仙道の言い方はムカつくが、関係無いお前に当たったのは確かに悪かった……」
「い、いえ、そんな……わたくしこそ、急にごめんなさい……」
「今のは俺が悪ぃから、謝んな」

 その時カノンはようやくまともに郷田の目を見た。真っ直ぐな瞳を見て、本能的に察する。
 このひとは、悪い人じゃない。
 まだ怯えてしまうが、それだけは確かに判った。
 郷田はカノンに謝ると、再び仙道を見た。彼の内には激しい感情がぶり返して行き、表情はまた険しく怖いものになっていく。此処まで来るとカノンも、仙道と郷田にただならぬ因縁があることを勘づいていた。

「仙道、俺と戦え!」

 郷田がそういって取り出したのはLBX。カノンは見たことのないそのLBXに興味を引かれたが、とても口を挟める状況ではない。
 郷田の提案に、仙道は頷いた。

「良いぜ。その方が話が早い」

 カノンは困った。目的である仙道のバトルが見られると言うのに、何時になく険悪なこの空気と流れのために、素直に喜べずにいた。
 出来る事ならば穏便に済んで欲しい――。
 そんな少女の願いは届かなかった。
 二人の選んだ対戦形式はアンリミテッドレギュレーション。どちらかのLBXが破壊されるまで終わらないというルールだ。
 LBXが大好きで、バトルを見るのも大好きなカノンだったが、この“相手のLBXを破壊しても良い”という形式には未だ慣れずにいた。
 自分が一生懸命にカスタマイズしたLBXを壊される気持ちなんて、想像するだけで悲しい。
 しかし、他の形式には無いスリルと高揚感を持ち、LBX本来の力が引き出されるこのレギュレーション。
 悲しい、怖いと思いながらも、言いようのない興奮がカノンの内に湧きあがってくるのも事実だった。
 Dキューブ内で、互いのLBX同士が字のごとく死闘を繰り広げる――。まさに、小さな戦士と呼ぶに相応しい姿だ。
 ぎゅっと両手を胸の前で握りしめながら、カノンは固唾を飲んで二人の闘いを見守っていた。
 郷田の操るLBX――ハカイオーは見た目と名前から判るとおりのパワータイプだ。対する仙道のLBX・ジョーカーは、力ではハカイオーに及ばないかもしれないが補って余りあるスピードを有する。仙道の技術あっての速さであろうことを、カノンは知っていた。
 だからといって郷田の技術が仙道に負けている訳ではない。
 二人のバトルは、彼女が今まで見たことのあるLBXバトルの中で一番の白熱さを持っていた。
 だが、どんなバトルにも終わりが有る。

「これで終わりだ、仙道!」
「それはこっちの台詞だぜ!」

 郷田の叫びと共に突撃するハカイオーを、絶妙なタイミングでジョーカーがかわす。
 仙道の不敵な笑みが深くなる。
 ハカイオーが体勢を立て直すよりも先に、ジョーカーが動く。
 カノンは反射的に声を上げた。

「来ますわっ、仙道くんの……“箱の中の魔術師”の本領が!」
「本領だと? どういうことだ……?」

 郷田は怪訝そうに呟いた。
 カノンは興奮気味にひとりでふんふんと頷いている。
 どういう意味かを問い質そうと郷田は口を開きかけ、しかし、止めた。
 止めざるを得なかった。

「こういうことさ」

 呟いて笑う仙道に、郷田はただただ驚愕していた。

「何だ……! ジョーカーが分身しただと!?」

 瞬きのうちに、ハカイオーの前には三体のジョーカーが並んでいた。
 この分身こそ、仙道が“箱の中の魔術師”と呼ばれる所以だった。
 分身したジョーカーがハカイオーに次々と襲い掛かる。分身に囲まれたハカイオーは身動きできず、ただただ攻撃を受け続けるだけだ。
 蓄積されていくダメージ。
 ――とどめの一撃が入った。
 ハカイオーの腕が、体が、その衝撃でひび割れ、遂には機能を止めてしまう。
 悲鳴の代わりに、機体には火花が走り、煙が立ち上る。
 勝負はついた。

「仙道くんの勝ち、ですわ……。でも……」

 カノンはいたたまれなかった。
 会って間もない少年のLBXとは言え、その小さな機体に込められた思いはどんなにか。
 それに因縁の相手だったせいなのかどうかは知れないが、いつになく仙道の追撃は厳しかった。
 カノンは俯き、戸惑った。どうすればよいのか困った。
 何時ものように素直に仙道の勝利を喜べない理由が、自分でも上手く説明できなかった。
 そんな時だった――。

「郷田!?」
「リーダー!」

 カノンはハッと顔を上げた。反射的に声のする方へと顔を向ける。
 またもやカノンの見たことない少年少女たちが、ゲームセンター内へと入ってくるところであった。その様子からして、たった今LBXを破壊された郷田の知り合いらしい。
 そのうちのひとりの少年が、慌てた様子で口を開く。

「何があったんだ、郷田!」
「見ての通りさ。地獄の破壊神が地獄を見た。だよな?」

 少年の問いに答える事が出来ない郷田はただただ俯くばかり。代わりに応えた仙道の言葉に、郷田は唇を噛み締めていた。
 破壊されたハカイオーの姿を見て、少年は怒り露わに仙道に向かった。

「ハカイオーがメチャクチャに……どうしてこんな酷いことをするんだ?」

 仙道はクッと笑うと、一枚のタロットカードを取りだして見せた。記されているアルカナの名は、力。
 意味が判らずに首を傾げる少年に、仙道は言った。

「答えは簡単だ。郷田に“力”が無かったのがいけないのさ」
「そんなことで……」
「ククク……。なんだ? その目は。気に入らないのか?」

 少年に対して、またもや仙道は挑発的に告げる。
 カノンは何も言えずにただただ彼等を見守るしかない。再び立ち込めた不穏な雰囲気に、祈るように手を握っていた。
 どうか、どうか今度こそ平穏に済んでください。
 胸中でそう呟きながら。
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