「ナマエ、ナマエ!」
「……なあにリクくん」
一冊の本を抱えてやってきたまだ幼い男の子が、私の名前をせわしなく呼ぶ。その目はキラキラと輝いていて、なにかに沸き立っているらしかった。木陰でやはり本を読んでいた私に近づいてきたリクくんは、「リクで良いったら!」と少しばかり頬を膨らませる。
「そ、そうだ! キオクソウシツの人が出てくる本なんだ、見つけたんだ!」
「……カイリと私のこと、気にしてくれてたの?」
「まあ、そんなところ!」
星の降る夜に、妹のカイリといっしょにこの島にたどりついた私。姉妹で今まで住んでいたところや思い出の記憶を失っていて、それが村長さんたちからリクくんたちにも伝わったんだろう。こんな小さいのに思いやりあるリクくんは、私たちのためにならないかと図書館で記憶喪失についての本を探していたらしい。
「この人はむかし住んでたとこに似たものを見て、いろんなことを思い出したらしいんだ。もしこの島にナマエやカイリのいたところに似たものがあれば、それをキッカケに思い出すかもしれない」
私は砂浜に目を向けた。ちょうど同い年のソラくんたちと遊ぶ、満開の笑顔の妹が目にうつる。リクくんに視線を戻した私は、ありがたく彼の持ってきた本を受け取った。
「ありがとう、リクくん。でもね、私たち、そんなに困ってないんだ。リクくんたちがやさしいから」
「島の仲間にやさしくするのは当然だろ?」
そう、そういうのがうっとおしくて、あったかくて、やさしい。
リクくんは私のとなりに腰を下ろすと、今度は私の読んでいる本をのぞいてきた。字も小さくて、さし絵もほとんどないような小説。リクくんには難しかったのか、「……ナマエは頭が良いんだな」とつぶやいて、視線を外した。カイリたちが遊んでいるのを、珍しくのんびりとながめている。私が「一緒に遊ばないの?」とたずねると、ああ、と頷いて、私とは違う、うつくしくて汚れのない、あおい眼をこちらに向けた。
「俺が遊びに行ったら、ナマエがひとりぼっちになっちゃうだろ」
当然のように返されて、思わず目を丸める。私よりもふたつも年下なのに、私と同年代の男の子よりよほど気が利く少年だと思った。
「でもヒマじゃない?」意地悪く返すと、「俺もたまにはゆっくりするんだ」とこれまた大人びた発言。
「リクくん大人だねぇ」
「だから、リクで良い。それとべつにオトナじゃない」
かたくなに「くん」付けを断るリクくんが可愛くて、余計にそうしたくなる。
「オトナっていうのは、ワッカとかナマエみたいに、もっとおちつきを持った人のことだろ」
「……私は大人じゃないよ」
「俺よりはオトナだ」
ちょっとした意地悪ごころを抱えている私に対して、もったいないお墨付きをくれる。だから私も、すっかり毒気を抜かれてしまった。
「そうやって考えられるところ、誰かのために行動できるところ、リクはじゅうぶん大人の素質あるよ」
「だからリクく……あれ?」
「ふふ、リクくんが良かった?」
ぶんぶんと首を振って、「さっきのが、いい!」そう笑う姿は、確かに大人というには程遠かった。
王国心夢イベントワンドロ企画参加 お題「幼少期」
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