「兄に謎の怪我、ですか」
「ああ。何か心当たりはないかい?」
ビリーに聞かれて、マリアはううんと唸る。
「兄が知らないうちに怪我をするのは、よくあることなんです。カーボナイト凍結を経験してから、多くなったように思います」
「そもそもナマエはどうしてカーボナイト凍結を受けたんだい」
「……ソラリスの軍人だったから、そうとしか聞かされていません。凍結は兄が望んだとも……」
その時の苦い思いが蘇ったのか、マリアは苦しそうな顔をして俯いた。ソラリスの現役軍人を恐れるのは、身を隠しているシェバトなら当然のことかもしれない。しかしナマエは、マリアの身を案じてソラリスを抜けてきたのだと聞いた。メカニックとしての才能もあるらしいし、そう下手な手は打っていないはず。実際、ソラリスはナマエを使ってマリアを追跡しようとはしなかった。
「嫌な質問をしてごめんよ」そう話を終えて、ビリーはマリアの元を後にした。
マリアがナマエを「兄」と呼ぶのは、ナマエが男装しているからだけではなく、ナマエ自身にそう呼ぶように頼まれているから。そこまでしてナマエが“女性”を遠ざけるのはどうしてなのだろう……。
本人にもう一度聞こう、と、ビリーは歩き出した。
ナマエがいるのはユグドラシルの中でも変わらない。ギア格納庫のほうだ。
「ナマエ!」
「こんにちは、ビリー」
今日もギアの上から降りてきたナマエは、へらっと笑いながら手を振ってみせた。その手を見てビリーはぎょっとする。両手に包帯が見えたからだ。
「傷の範囲、広がってるね」
「ビリーに治療してもらった後、だいぶ良かったんだけどね。どうもギアを離れると堪えるらしい」
「何だい、それ。聞いたことがない」
「俺とアブソリュートは繋がりが深いんだ」
ギアを見上げながらナマエが呟く。
「本当はここにいちゃいけないのに、ここにいる。アブソリュートは“離れろ、離れろ”って言ってる。でも俺がそうしない。“私”は深入りしすぎているんだ」
ビリーを顧みながら、ナマエはくしゃりと笑んだ。その姿が女性的な柔和さにあふれていて、ビリーは一瞬驚いた。そして「君がいなかったら離れやすかったろうにな」なんて添えられてしまい、たまらず「離れられてたまるかよ」とこぼした。
二人はしばしの間、赤面して向かい合って過ごした。
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