皐月の語らい
 伊達軍と長曾我部軍の戦いは、瑞火が盛大に水を差したことで終わりを告げた。否、終わらざるを得なかったというべきか。
 互いの大将がとても戦をする調子では無くなってしまったのである。
 どちらからともなくそんな流れになった時、爾は、政宗と元親が似通っているように感じた。姿形ではなく、心の在り方が、その芯が、二人には共通したものがあると思った。
 そうして戦が終わると、瑞火は元親を自分の屋敷に連れ込んだ。旧知の仲のようだし、積もる話があるのだろう。縁側に座り込み、たまに小突き合いながら和気藹々としている。

「竜の宝をもらうって姫ちゃん物好きだよね」
「何でだよ」
「政宗にとっての宝といやぁ右目のこじゅさんに違いない。あんなごっついオジサマ担いでいくつもりだったなんて」
「誤解と語弊がありすぎんだろが!」

 爾は、そんな二人のやり取りを見守っていた。茶と細やかな菓子を用意して、後は黙って、賑やかな会話を半分流しながら聞いている。

「Ha、瑞火の奴、餓鬼みてえにはしゃいでるじゃねえか」

 幸いなことに先程政宗が訪問してきていた。お陰で爾は、この空間を孤立して過ごす事態を免れていた。
 すっかりくつろぎながら成り行きを見守る政宗の眼差しは、とても先まで刃を交えていた相手を見るものとは思えない穏やかさである。
 一人ではない安堵からか、政宗の言葉に対してか、どちらともとれるような笑みを浮かべて爾は返す。

「本当ですよ。あんなに見たまま子供くさい兄ちゃんは見たことない」
「まさか西海の鬼と知り合いだとはな……」
「鬼とねぇ……」

 しかも鬼を姫呼びしている。
 元親も元親で、奇妙な呼び方に文句をつける訳でもない。恥ずかしさより嬉しさが勝ったはにかみ顔で、瑞火の軽口に嬉々として返すだけである。
 海の男とは、心まで海のように広いものなのだろうか。

「前から瑞火はmysteriousな奴だとは思ってたが、更に謎が深くなったぜ」
「……そうですね」

 政宗の言葉に爾は頷いた。そして、ひっそりと喜んだ。
 人外とも呼べる瑞火や爾の力を、一笑と共に受け入れてしまう政宗の懐の深さ。
 改めて良き主君を得たと爾は実感していた。しかししっかり者の彼は、その感慨に浸ることなく立ち上がる。

「そろそろ夕餉の支度でもしますかね」

 手持ちぶさたと言うのもあった。黙って話に聞き耳を立てる性分でもない。

「政宗様もどうですか?」
「そうだな、たまにはそっちの腕も振るわねえとな」

 爾の問い掛けに、政宗も腰を上げながら答える。
 内心爾は驚いた。爾としては「夕餉を食べていかれますか」という意味合いだったのだが、料理好きな彼には「一緒に夕餉の用意をしませんか」という風に伝わってしまったらしい。
 だが折角手伝って貰えるというのならば、それはそれで有難い。

(本当に有“難い”こったよね)

 奥州筆頭が直々に、こんな狐のねぐらの台所に立つのだ。
 爾は何だか可笑しくなった。
 ちらりと瑞火たちを見返せば、まだまだ話の種は尽きない様子である。自分たちが席を外せば、ますます盛り上がりに拍車が掛かるであろう。

(ゆったり楽しんでな、兄ちゃん)

 爾と政宗はそうして台所へと向かった。
 それに先に気付いたのは元親の方であった。はたと目を丸め、瑞火を見やりながら、爾たちが行った方を指差す。

「なんか行っちまったぜ」
「ご飯だよ、ご飯の用意ー。爾も政宗も料理むっちゃ上手いんだよ〜。お兄ちゃん大助かりぃ」
「アンタが兄貴ってのも不思議なもんだな」
「ほんとにねぇ」

 瑞火自身、あんなに出来た弟がいるのは不思議でならない。弟がいることを知ったのも、瑞火の感覚で言えば最近のことだった。
 反論も文句もなしに頷かれ、逆に元親が呆気に取られてしまう。

「瑞火よぉ、アンタって奴はつくづく……」
「何よぉ。今更人の名前知った小僧がボクに文句あるってかぁ」
「うっ、仕方ねえだろうが」

 痛いところを突かれ、元親は小さく呻く。

「名前聞いてなかったって気付いたのは、アンタが居なくなってからなんだからよ」

 悄気る彼を見て、瑞火は思った。
 ――この子、変わらないなあ。
 瑞火が名乗らなかったことを咎めることなく、瑞火に言われるがまま自身の非のように思ってしまう。甘くて優しいのだ。
 ――つくづく戦に不向きな子。
 仕方なさげに笑い、瑞火は庭へと目を移す。庭では時期を迎えた躑躅の花が咲き誇っている。ろくに世話をした記憶は無いが見事なものだった。

「姫ちゃんたらさ、そこは“お前が名乗らないのが悪い”って言わなきゃでしょ」
「俺が聞かなかったのも事実だ」
「……たまには人のせいにしなさい」

 まるで子に言い聞かせる親の口調だった。その静かさに、元親が一瞬言葉を失う。
 恐らく同じ年の頃であるはずの瑞火が、とてつもなく大人に感じた。

「い、良いんだよ。俺は俺が悪ぃって思ったんだ」
「姫ちゃんがそうでいいなら今は良いけど」

 昔もそうだった。瑞火は何時も元親を先導する。
 ――今度は俺が引っ張ってやりたかったのに。
 元親の密かな落ち込みも、瑞火には知れているのかも知れない。
 何せ瑞火は、この戦乱の世で“妖狐”と呼ばれているのだ。政宗との打ち合いの際の乱入も驚いたし、本多忠勝と張り合ったとか、奥州から半日で九州に移動したとか、確かに妖と称したくなるような噂ばかりなのである。
 引っ張ろうにも自分はまだ及びそうにないし、何より瑞火は他の軍勢だ。どうにもできない。

「まさか独眼竜んとこにいるたぁなぁ」
「ん? あぁ、爾が政宗気に入っちゃってねぇ。今じゃこんな屋敷貰って一の武将さん扱いですよ」

 瑞火自身は政宗を何とも思っていないような発言だ。しかし元親の眼差しから何か感じ取ったのか、「ボクも政宗は嫌いじゃないし」とわざわざ付け加えてくる。顔に似合わぬ胡座をかき、頬杖を付きながらのんびりと。

「実際強いしねー。若いのに何だかんだ統治もしっかりしてる。最上のオジサマに似たのかしら」
「アンタ、あいつと最上とやらが仲悪ぃの知ってて言ってるよな」
「ボクの今の利いた発言を肝心の政宗に聞かせてやれなかったのが残念だぜ」

 元親は笑った。「良い性格してんぜ、本当」瑞火もそんな旧友の台詞に笑顔を見せる。
 温くなった茶を啜りながら、ふと瑞火は元親に訊ねる。

「そういやぁ何でまた宝探しなんてしてる訳? ぶっちゃけ金稼ぎならザビー教叩いた方が早くなあい?」
「ああ? ちょっくら寄り道したのよ」
「寄り道?」
「おう」

 元親は頷いた。茶も菓子も彼はとっくに平らげている。
 瑞火は自分のどら焼きをそっと彼の皿に移した。「良いのか?」呟く元親に、瑞火はうんうんと頷いて促す。

「ありがとよ」
「で、話の続き」
「ああ、瀬戸内の海を自分のもんだと難癖つける嬢ちゃんがいてよォ、海の者同士なら船でケリつけようぜって事にしたんだ」

 瀬戸内付近で“嬢ちゃん”に該当する人物に、目敏い瑞火はすぐ思い当たった。

「先見の目を持つっていう伊予の巫、鶴姫か」
「そう、鶴の字よ。アンタ詳しいな」
「そら詳しくもなるわ。ボク、忍者かってぐらい東奔西走して情報集めまくるし。まぁ巫は特殊だから有名だし」

 茶を飲み干した瑞火は、ニタリと笑って元親を横目で見た。

「お狐様にゃお見通しなんですヨ」

 元親は一瞬ぞっとした。透き通った陽の色の眼に見透かされ、何とも言い難い居心地の悪さを感じる。食べ掛けのどら焼きが喉に引っ掛かりそうだった。
 そんな元親に、瑞火は茶のおかわりを用意してくれていた。何時の間に、と元親は訊きたくなったが黙って茶を啜る。
 瑞火は相変わらず意地悪そうに笑んでいた。

「寄り道が過ぎて日ノ本半分も回らずに負けちゃうんじゃないかい?」
「内容まで判るんだったら、いちいち俺に訊かなくても良かったじゃねえか」
「久しく会った男前な友との会話を楽しみたいじゃない」
「よく言うぜ」

 元親がやっとのことで言葉を返しているのを、瑞火は可笑しそうに見ていた。意地は悪いが間違いなく情はある。
 不意に瑞火は、庭に降り立った。

「……離れてる間にいろいろとあったねぇ世の中」

 そのままぽてぽてと歩きつつ、元親を見やる。瑞火が言わんとしていることが、その時ばかりは元親も悟った。

「豊臣が倒されたりな」

 元親の言葉に瑞火にっこりと笑う。
 よくできました、と顔が語っていた。

back
- ナノ -