ロマンチック・ラブ・イデオロギー

 見た目よりずっと柔らかい髪に、そっと触れた。
 赤っぽい派手な髪色に、少し憧れる。わたしの髪も、突飛な色に染めてみようかしら。

「でも、上杉くんみたいにはいかないわよね……」

 わたしの腿に頭を預けて、上杉くんはすやすや眠り続ける。
 先の戦闘で随分と体力を消耗したらしくて、起きる気配は無い。
 わたしが、いけなかった。
 体勢を崩されたわたしを守ろうと、そばにいた上杉くんは、無理をした。

「ごめんね……」

 視界が、少し揺らいだ。
 目の前に飛び出した彼の背中を思い出して、胸がずきりと痛む。

「わたしなんか、庇っちゃ駄目よ」

 怖かった。
 あなたに何かあったら、どうしようって。
 わたしのせいであなたに何か起きるぐらいなら、わたしは、消えてしまった方がマシだと思った。

「上杉くんが怪我するの、いちばん見たくないの」

 今まで皆を同じように見つめて、同じように想ってきたはずなのに。
 何故か、いつからか、上杉くんは“特別”だった。
 家族に抱くものとは違う、はじめて感じた、なにか――。
 そっと、また、髪を撫でる。

「――ん……」

 上杉くんが、小さく唸った。起こしてしまったのかも知れない。
 少し、申し訳なかった。

「……大丈夫?」
「……柔らけー……」
「え?」

 ちょっと間延びした声で、上杉くんは笑った。

「膝枕、サイコー……」

 ふやふやの笑顔に、思わずわたしもつられてしまった。
 上杉くんが、ほんのり赤い顔で、わたしを見上げながら話す。

「どうしよ、おれ様、女の子に膝枕してもらうの初めて」
「わたしも、弟以外の男の子に膝枕したのは初めてよ。嫌じゃない?」
「むしろ大歓迎っ。じゃんじゃん膝枕して頭なでなでしてくれて構わないぜぇ」

 茶化すような声音に、思わず笑う。
 不意に、上杉くんが手を伸ばして来た。まっすぐ私の頬に触れる。あったかかった。

「だからさ、そんな泣きそうな顔しないで欲しいなぁ」

 私は言葉を失った。何時もみたいに笑って「そんな顔してないわ」とか言って返すことが出来なかった。
 上杉くんは、真剣な顔で続ける。

「自分のこと、“わたしなんか”って言うのも駄目っすよ」
「起きてたの……?」
 誤魔化すように上杉くんは笑った。

「何て言うか、俺を心配してくれんのは嬉しいけど、俺も、同じようにきみが心配で。だから……そんなに気にしないで良いんすよ?」

 ありがとう、と笑って返す。なのに、わたしの意思と反して視界は歪む。
 上杉くんが起き上がった。
 わたしの頬を伝い始めた涙を、優しく手で拭ってくれる。

「おれ様、気に障るようなこと言っちゃった?」

 首を横に振って答えた。
 声が喉でつっかえて、私は金魚みたいに口をぱくぱくと動かした。
 喉が、焼けそう。
 嗚咽が零れそうになって、視界は更に霞んで、身体は震えてきた。

「こわ、かった」

 なんとか上杉くんを見つめて、声を絞り出す。

「上杉くん、死んじゃうって、こわかったの」
「え……」
「わたしの、せいで、痛い思い、させちゃった」

 涙が止まらない。
 たまらずにわたしは手を伸ばした。上杉くんの背中に手を回して、しがみつく。
 すごく、あたたかい。

「ちゃんと、いるのね」
「は、はい……っ?」
「ごめんね、ありがとう、ごめんね……」

 彼の存在を確かめるように、手に力を込めた。
 上杉くんの心臓の音が伝わってくる気がした。優しいリズムに、自然と笑みが零れる。
 ぎこちない動作で、上杉くんがわたしの背中に腕を回した。
 恥ずかしかったけれど、それ以上に、あったかくて、嬉しくて、すごく落ち着く。
 胸が熱い。不思議と苦しい。なのに、嫌じゃなかった。

「上杉くん、」

 溢れる感情が押さえられなくて、わたしは無意識のうちに彼を呼んでいた。
 背中を撫でてくれながら、上杉くんがわたしの顔を覗き込む。

「だいすき」

 やっぱりわたしは無意識のうちにそんなことを呟いて。
 鮮明さを取り戻したわたしの視界には、火がついたように真っ赤な顔の上杉くんがいっぱいにあった。
 そして、上杉くんが何も言えなくなっているのを良いことに、わたしは目を閉じる。
 もたれた彼の胸から伝わる確かな鼓動。さっきより、ずっと近くて、力強いそれ。
 ――ちょっとだけ、早いね。
 また、笑みが零れた。


::企画サイト「per la prima」様に提出

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