コミュニティ発生
 ひょんなことから同じペルソナ使いとして戦い始めた麻斗へ、奏夜は小さな疑問を抱いていた。
 何故彼は女装というリスキーな行為を続けるのか。
 精神は女性だとか、男性の服に違和感があるだとか、心因的なものなのだろうかと最初は思った。
 だが、麻斗と接するうちに、それらは全くの勘違いであると気付いた。
 年頃の青少年らしく順平と共に女性についての好みだとか何だとか語っていたし、屋久島では男性の衣装を持っていることを知った。
 ますます彼の女装理由が判らなくなったのである。
 放課後、奏夜は麻斗を探して歩いた。最近、柿の木をよく見上げていると噂に聞いた。そこに行けばいるかもしれない。
 彼の読みは的中し、柿の木を見上げる麻斗を見つけることが出来た。幸いにも周囲に人はいない。

「やあ、麻斗。こんにちは」
「どしたの天谷くん。こんちはー。学校で話しかけてくるなんて珍しいね」
「いや、たまには麻斗と寄り道して帰るのもアリかと思って」

 奏夜の言葉が意外だったのか、麻斗は目を丸めた。

「天谷くん、最近よく女の子といなかったっけ? 大丈夫なんかね?」

 麻斗の質問は鋭かった。しかし奏夜は素早く頭を回転させる。
 ――麻斗の見た目は女だけれど、実際は男なんだしなんの問題も無い。一緒に帰るのが駄目なら、別所で落ち合えば良い。万が一麻斗の言う“女の子”に見られたとて、何とかできる自信がある。
 そう言えば、麻斗はよくたこ焼き屋に通っていた気がする。……奏夜はうんと頷いた。

「オクトパシーで落ち合おう。その方が麻斗も都合良いと思うから」
「あー、確かに俺も一応この見た目だから、迷惑かけるかもだしなぁ。ちょうど今日は買い食いしたい気分だったし」
「じゃ、先に行ってるから。ちなみに今日はオゴるよ」
「マジか! じゃあ柿の木の写真撮ったらすぐにオクトパシー行くわ!」

 お互い学園ではあまり目立ちたくない同士だが、気が合わない訳ではない。
 今までこうやって放課後に一緒に道草しようという発想に至らなかったのが不思議なほどだった。
 ――麻斗、俺の事よく見てるみたいだな。
 友の台詞を振り返りながら、奏夜は思った。
 一足先にたこ焼き屋へ着いた彼は、すぐそばのベンチに座り、麻斗の到着を待った。
 友人として、もう少しお互いのことを知っていても損は無いはず。しかし、どう話を振ったらいいものか。とりあえず今日はたこ焼きを食べるだけでも良いだろうか……。

「よっすお待たせ天谷くん!」

 少し考え事をしているうちに、麻斗が来たようだ。いつも通りの調子のいい声で呼びかけられる。
 奏夜は「そんなに待ってない」と顔を上げて答えた。
 ……そして、目を丸めた。
 麻斗は男子用の制服を着ていた。化粧も落とし、髪の毛は頭の後ろでくるりとひとつに纏められている。
 しかし声と顔は間違いなく麻斗だ。

「麻斗、その格好は……」
「あ、ビックリさせよっかなーって思って。あとこうしとけば、一緒にうろついても奏夜くん好きの女の子に見つかっても大丈夫だろ」

 冗談なのか本気なのか判らないがそう言ってのけた麻斗は、早速たこ焼き2つを注文していた。自分と呆然とする友人、二人分のたこ焼きを抱えて座った麻斗は、その一つを隣の奏夜の膝へ乗っけた。

「その驚き顔でお代十分だぜ。てな訳でおごられなさい」
「ありがとう」
「どーいたしまして。ちょっと嬉しいからねぇ」

 たこ焼きをひとつ頬張りながら、麻斗は笑っていた。こうして見ればやはりちゃんと男だ。寧ろこの年代で声変わりもせず――したのかもしれないが、ちょっと声が低いだけだとか、元から中性的な声だとか言えば幾らでも“女性”で通せそうだ――、体も顔つきも男性と女性どちらか迷いそうになるが、接していると判る。麻斗は上手に男と女の見かけを行き来していた。
 ……そう至った理由は、流石に勢いで聞く訳にはいかないだろう。
 考え込む奏夜に、またたこ焼きを咀嚼したのち、麻斗はしみじみと語る。

「いやなんせ、男友達と買い食いとか久しいからねぇ。順平くんは他にもダチいるし、俺、女装してっから学校内で友人作るとかなかなか出来ないし」
「男子制服あったことにまずビックリしたよ」
「だろ。わざわざ後から買ったんだよ。一応、何かあったらと思って」
「結構似合ってる」
「そっか? 嘘つかない天谷くんが言うなら、そうなんかなぁ。ありがと」

 男の姿の麻斗を見るのは初めてではないが、“外”で“男”の姿をする麻斗を見るのは初めてだ。
 やはり、女装にはますます深い訳があるような気がしてきた。
 こうして麻斗が服装を変えてやって来たのは、奏夜への気遣いだけでなく、麻斗なりに自分の心を外へ出そうという、そういった行為なのではないだろうか。

「……麻斗って悩み事あるよね」
「そりゃー誰でもあるでしょー。特に君は多そうだねぇ」
「はぐらかしたな」
「ふふん、麻斗様からもっと情報を引き出したくば次回たこ焼きをおごるがよい!」

 いつの間にかたこ焼きを食べ終わっていた麻斗は、ニヤリと口を歪め、奏夜を見た。
 ……どうやらまた道草に付き合ってくれ、ということのようだ。
 奏夜は頷く。

「判った。都合のいい日に声かけて。こっちからも声かけるけど」
「おう。今の俺はバイトも減って激ヒマだから。ありがとね」

 ――その時、奏夜のは新たな“絆”を深めるための扉に触れた。
 今までも経験してきた感覚だ。周囲の時間が全て止まり、淡い青色がかった視界。目の前に――心の中に、一枚のカードが輝きながら舞い降りてくる瞬間。それが、ペルソナや自分を強くするためのものであることを、随分前に知った。

(まさか、麻斗とも『コレ』があるなんて)

 予想外の展開だったが、丁度いいのかもしれない。
 悩みや不満を打ち明かすことが少ない彼をよく知るための絶好の機会だ。
 絆を深めるコミュニティの力。それは互いの心をさらけ出し、絆を深めるための神聖な儀式のようなもの。
 より自分たちを強くし、前へと進むための力をくれる時間なのだ。
 降って来たカードが光となって弾け、周囲の時間が再び進み始める。

「いっけね。そろそろ帰んなきゃだよな。宿題とかあるし」
「だな。……その格好で帰るの?」
「あー、途中で着替えてくわ。天谷くんは先に帰ってていいよ」

 此方の返事を聞くこともなく麻斗は走り去ってしまった。
 ……寮のメンバーにはまだ、ああいう姿を見せたくない何かがあるのだろうか?
 その辺りのことも、今後の交流で理由を明らかにしていけるはずだ。
 友人として、彼をしっかり理解していけば、きっと。
 奏夜は麻斗に言われた通り、先に寮へと帰った。しばらくしてから麻斗も、いつもの女子生徒用制服に着替えて帰ってきた。
 女性の装いをする。その行動には、想像以上に深い訳と意味がありそうだ。
 新たに生まれたコミュニティと麻斗への絆の深まりの余韻を僅かに残したまま、奏夜はイヤホンをつける。すっかり聞き慣れたお気に入りの曲が流れ始めると、その心地良さに目を細めたのだった。


【コミュ発生条件】
・一回以上オクトパシーを訪ねたことがある。
・女性キャラクターとのコミュが最低2つ発生しており、ランク3以上になっている。
・この状態で、月光館学園1F渡り廊下の柿の木の近くにいる麻斗に話しかける。
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