ようは気の持ちようとその時次第
「なあ麻斗、俺はカタブツなのか」
「うん」

 鮮やかすぎる彼の即答は、大いに真田の心を傷付け、また大いに周囲の笑いを誘った。
 地に頽れんばかりにうなだれ、しかし真田は持ち直し、麻斗に詰め寄る。

「ど、どうしたら良いんだ? もっと親しみやすくするには。気さくな雰囲気を持つには!? お前ほどフランクとは行きたくないが、こう、無いか!?」

 親しみやすい人はまず、そんな切羽詰まった顔で「親しみやすさとは何たるか」を聴いたりしない。
 ……なんて返しては可哀相だろう。麻斗は少し考えた。自身はどちらかと言えば限りなく軽い性格と調子である自覚はあるが、意識して作っているわけではなかった。方法を聞かれてもいまいちピンと来ない。
 助け船を出すように、にやにや笑いながら順平が口を開く。

「真田サンは遊び心が無いんすよ! 生真面目すぎるんす」
「確かに。もうちょっとはっちゃけても良いんじゃないですか?」
「でしょでしょ、ゆかりッチ!」

 麻斗も彼らに続き、「そうだねぇ」と頷く。

「んだどもねー、その生真面目なところも真田先輩の良いところじゃないですか。生真面目なんだけど妙なとこで点々入って、周りのレディやガールはギャップの差に悶えるんじゃないですか。カタブツなのも、良いことですよ。ちなみに誰に言われてそんな気になっちゃったんですか」
「タルタロス探索の我らがリーダーにだ……!」
「ああ……」

 青髪とイヤホンがトレードマークの彼を想像してみる。真田がここまで考え込むとはリーダーも予想だにはしていなかっただろう。遠回しな返答から察するに、昨夜麻斗は休んだタルタロス探索時に何かあったのだと思われる。
 あの場は精神力を激しく削るから、きっとそのせいで……、

「唐突に“先輩って堅物ですよね”と外出間際に言い残していったんだ……! 俺はそれが妙に気になって仕方ないんだ!」

 ……と言う訳ではなく、ただぽろっと出てきた感想のようだ。リーダーもとい奏夜はきっと、真田の真っ直ぐさや固い決意など、そういった姿に対してありのまま溢しただけで、深い意味はないはず。コロマルの夜の散歩についていった時、麻斗はそんな話を奏夜とした覚えがあった。

「前から固い硬い堅いカタイと言われるんだ……俺にはそんなつもりなど毛頭無くともだ……」
「それ言ったら真田先輩、俺も親しみやすい自覚はないっすよ!」

 奏夜の一言はキッカケに過ぎなかったようだ。だがここまで悩む先輩を見ていては、世話になっている身としては心苦しい。
 項垂れる真田に、麻斗は豪快に笑ってみせる。

「俺なんか、女装男子ですよ? あとちょっと性格テキトーなだけです。普通に地雷物件。それと比べちゃ申し訳ないくらいですが、生真面目や堅物、いーじゃないですか。そんだけ真っ直ぐに男貫いてるってえことです、カッチョいいじゃないの!」
「ワンッ!」
「コロマルさんも深く同意しています」
「そ、そうか……」

 いつの間にかギャラリーの順平とゆかりが、コロマルとアイギスに入れ替わっている。真田には指摘する気力が無かった。
 ぱしぱしと軽く自分の肩を叩いてくれている麻斗に、真田は苦笑した。

「麻斗、お前の励まし方は男らしいな」
「男だもの。しなりしなりと女らしい励ましをご所望ですか? 俺自身が想像しただけで吐きそうなんで嫌だけど」
「俺も、想像だけで十分だ」

 しかしここで、アイギスが思わぬ反応を見せる。

「わたしは興味があります。麻斗さんの性別ステルス技術は他の追随を許さぬ部分があります。わたしがより学校という公的機関に溶け込むための一種のレクチャーとして見せていただけませんか」
「アイギスちゃん、目がマジ入ってる……」
「大マジであります」

 ――生真面目で堅物、か。
 引かぬアイギスの姿に、さっきまで必死だった真田の姿が重なる。麻斗は笑いを押し殺そうともせず、「あはは!」とまた賑やかな笑い声を上げた。

「アイギスちゃんも真面目で堅いっていうか、これと決めた筋貫く感じだよね」
「はい、わたしの装甲は特別製ですから。対シャドウ兵器として、より強固でなくては話になりません。また標準装備である銃火器類による貫通攻撃は……」
「あ、いや、外見とか武器じゃなくて。アイギスちゃんの中身だよ、中身」

 麻斗は、ひらひらと振った手を「ここよ」と胸に当てた。
 そのジェスチャーに、アイギスは首を傾げる。

「わたしの中身もなにも、わたしは機械であります。麻斗さんの意図がわかりません」
「ペルソナ使えるんだから心あるでしょ、アイギスちゃん。心の話よ〜」
「わたしには心というより、ペルソナを駆る為に必須である人格、と言った方が適切かと思われます」

 確かにアイギスは機械なのだが、時として、それを忘れてしまうような人間らしさを見せることがある。大方リーダー絡みのことだが、今こうして語っている瞬間にも、らしさを感じた。
 口調と表情はいつも通りでも、声音が何処と無く戸惑っているように麻斗と真田は聞いていた。
 人間らしいどころか、人間としか思えない。
 ――今は魔法にかかって機械の体なんだけどいつか人間に戻ります! って言われても俺は納得しちゃうぞ。
 にやにやする麻斗を見て、真田も微笑む。

「俺の性格もアイギスの性格も、少し堅いくらいのままで良さそうだな」
「おー、やっと先輩も自分のギャップ萌え兵器ぶりを自覚しましたか」
「いいや、お前みたいに柔らかすぎる人間に好き勝手フニャフニャされたら困るからな。牽制になる」

 最悪足して割れば丁度良い、と腕組みしながら頷く真田。
 アイギスはそれを受けて、大いに感心した。

「確かに、メンバーの均衡はとれるかもしれません。なるほどなー」
「順平とコイツが悪のりした時なんか酷いからな。アイギス、容赦なくツッコミを入れていくぞ」
「ちょいちょい! 一理あるけどさっきまで俺に“親しみやすさ教えて”とか言ってたの何だったんですか!」
「それはそれ、これはこれだ」
「あっチクショー! この人相談する前からそれなりに自身に親しみやすさあったの気付いたパターンだわ!!」

 抗議する麻斗と笑い続ける真田の耳に、ふと、強く風を切るような音が届いた。
 びゅん、とかなりの勢いだ。まるで示しあわせていたかのような動きで、二人は音のした方――……アイギスを見る。

「突っ込みでありますか」

 びゅん。まただ。びゅん。更にもうひとつ。
 ……アイギスがひたすら裏拳らしきものを練習している。裏拳が空を切る音だったのだ。恐らくバラエティー番組か何かでよくある漫才のツッコミの動作を真似ているのだろう。
 しかし。
 ぎゅっと握り締められたままの拳。
 淀みなく、二の腕がぶれることなく、勢いよく繰り出される裏拳の勢い。
「なんでやねん」度々聞こえるアイギスのツッコミ台詞の練習の呟き。

「あ、あんなん食らったらハート飛んでっちゃう……」

 麻斗の表情があからさまに強張った。アイギスの天然と言うべき性格ならばあの勢いのまま胸に来そうで怖い。
 流石に間違ったままではまずいだろうと真田が練習に口を挟む。

「アイギス、手を開くんだ、手を」
「こうでありますか」

 アイギスは真面目にアドバイスの通りに手を開く。そして、

「なんでやねん」

 ……何故か開いた手を寝かせてしまい、思い切った手刀となってしまった。

「ああっ! 更に鋭くなっちゃったよ!」
「違うんだアイギス、こうだ!」

 真田と麻斗の、ツッコミの際の手の動きの指導は思った以上に長時間となり、寮中の仲間からは真剣に「病気ではないか」と心配される事態になったのだった。
 この際、ボケとしてツッコミを入れられる役を買って出た麻斗の胸に強打が決まる事故もあったが、そのダメージを彼が自覚するのは自室に引き返した後のこと。

「真田先輩もアイギスも親しみやすさMAXだろーが……」

 ベッドの上で様々な疲労に見舞われて動く気力をなくした麻斗は、食事時まで一眠りすることに決めた。
 夕飯のメニューは起きてから考えよう。
 ――でもまあ、たまにはこんなのも無きゃつまんないよな……。
 疲労に勝る楽しさを胸に、彼は瞳を閉じた。
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