その時――。
誰も寄らないはずの砂漠に、足音が近付いてきました。
ラプンツェルがハッと顔を上げます。
「え、王子……?」
肩で息をしながら、王子が立っていました。
痛々しい治り掛けの怪我が、ラプンツェルの胸をずきりと痛めます。
「その歌が、俺を此処まで導いてくれた……」
王子は言いました。
「ラプンツェル、すまなかった。俺にはやっぱり諦め切れない」
「え?」
「一度言ったからには、曲げられないんだ。曲げたく、ないんだ」
王子はラプンツェルに歩み寄ると、ひっしと抱き締めました。
あまりにきつく抱き締められたので、ラプンツェルは息が詰まりそうになりました。
「どうか城に来てくれ。俺と一緒に暮らそう」
ラプンツェルは堪らなくなって、王子の背中に手を回しました。何度も何度も頷いて、王子に答えます。
王子は嬉しそうに笑って、ラプンツェルを抱き締め直しました。
「……あの、王子」
「ん?」
「怪我が……」
「まあ、ちょっとな」
王子ははぐらかしました。
ラプンツェルを想う余りに身投げじみた真似をして怪我をしたなんて話せません。
王子を労るように、ラプンツェルは優しい声で言います。
「目を痛めたんだろ? 美鶴さんから、薬を貰ってる」
「え……」
「俺はショックで寝た訳じゃない。やること無いから寝てただけ」
そこでようやく、王子は魔女の口車に乗せられていたことに気付きました。
ラプンツェルは王子に薬を使いながら話し続けます。
「砂漠に来たのは王子がしつこかったからからだけど、逆に王子のこと好きだって自覚する羽目になっちゃったし」
薬が効いたのか、傷は癒え、王子の視界は瞬く間に輪郭を取り戻しました。目の前には真っ赤な顔のラプンツェル。
王子の胸はぎゅうっと締め付けられたように切なさで苦しくなりました。
「……っ、早く城に帰ろう!」
「え?」
王子は、戸惑うラプンツェルを抱き上げました。
「ああ、我慢出来ない……。このまま此処で食べちまいたいくらいだ!」
「は? 食べ……」
「俺のものにしたいってことさ。……あ、もう俺のものだったな」
ラプンツェルはまた顔を赤くして、俯いてしまいました。何も言えなくなって、王子に身体を預けます。
王子はラプンツェルに頬を寄せるようにして、その実感を楽しんだのでした――。
そうして城へ戻った王子とラプンツェルは、めでたく結ばれ、仲睦まじく幸せに暮らしましたとさ。
はてさて……そういえばあの魔女は一体何がしたかったのでしょうか? 今となっては確かめるすべもありません。
けれどきっと、ラプンツェルの幸せを思っていてくれたことは、違いないでしょう……。
◆おしまい◆