飾りなき心
キヨカは、隣に立つカノンを見上げた。彼は目の前で行われているLBXバトルに釘付けになっている。カノンはキヨカと同じで、LBXが大好きなのだ。おまけに、キヨカの兄・仙道ダイキの大ファンであった。
今行われているダイキのLBXバトルに、彼はすっかり夢中だ。子供に負けず劣らずのキラキラ輝く瞳で、バトルに見入っている。
「いやあ、流石ですダイキくん!」
相手を圧倒し、今回も鮮やかな勝利を飾ったダイキに、カノンは興奮ぎみに捲し立てた。
「圧勝ですね圧勝! プレイヤーとしてだけではなくメカニック技術も他の追随を許さない! 一切の妥協なく高みを目指すストイックな姿勢! カッコイイ、カッコイイですよ! 今日も興奮しっぱなしでした! キヨカちゃん、あなたのお兄さんは本当に素晴らしいプレイヤーです!」
「うん、お兄ちゃんはすごいもの」
カノンさんの勢いも負けてないけれど、と心の中だけで続けて、キヨカは同意してみせた。
しかしカノンの語りに、ダイキはうんざりしたように溜め息を吐く。
「毎度毎度、あんたもよく飽きずにくっちゃべるな……カノン」
「素晴らしいものを素晴らしいと言うことはごくごく健全な思考だと思いますよ。というかダイキくんのバトルを見て黙っていろという方が難しい! なにせ僕にLBXの魅力を教えてくれたのはダイキくんですから!」
「こっちには教えた覚えがないけどね」
最初はカノンの態度に困惑していたダイキも、今ではすっかり慣れた様子だ。簡潔な言葉で彼をあしらい、歩き出す。
それを見たカノンは、キヨカの手を引いて後に続いた。
最初は人見知りしていたキヨカも、カノンとこうして歩くことがいつの間にか当然になっていた。キヨカの歩幅や歩くスピードに、カノンはしっかり合わせてくれる。何時だったかそのことをキヨカが訊ねた時、彼は「レディをエスコートするのは当然のこと」とさらりと言ってのけた。
ダイキも何だかんだでカノンを信用しているため、妹を任せることに抵抗がないようだ。
もうひとり、お兄ちゃんが出来たみたい。
キヨカはひっそりと微笑んだ。
今日も調子を合わせながら歩いてくれるカノンを見上げ、少女は訊ねた。
「カノンお兄ちゃん、バトルは強くなった?」
「それが全然で……。ただメンテナンスと塗装の技術は、キタジマ模型店のご夫婦から及第点を頂きました!」
「良かったね、カノンお兄ちゃん」
笑いあう二人を背中越しに見ながら、先を歩いていたダイキがぼやく。
「バトルで負けが込んで、仕方なしにメンテナンス技術が上がったんだろ」
「流石ダイキくん、痛いところを突く……」
カノンはがっくりと肩を落とした。図星だったらしい。
あまりにしょぼくれた顔をする彼を見て、キヨカは何とか励ませはしないかと悩んだ。
しかし彼女より先に、足を止めたダイキがカノンにこう言った。
「……塗装に関しては、まああんたのセンスだってことにしといてやるよ」
瞬く間にカノンは顔を上げる。「有難う、ダイキくん!」彼はすっかり元気を取り戻していた。
忙しない人だと思うと同時に、その一喜一憂ぶりが面白い。初めの頃はカノンのテンションの上がり下がりの激しさに戸惑いもあった。しかし裏表の無いカノンの姿に、慣れるまで時間はかからなかった。
何よりカノンが、キヨカにとって自慢の兄を慕ってくれていることが嬉しかったのだ。
思わずキヨカは声を上げて笑った。9歳の女の子にしては控えめな、しかしキヨカにとっては賑やかな笑い声。
「お兄ちゃんもカノンお兄ちゃんも、面白い」
キヨカの兄であるダイキは勿論、彼女の隣のカノンは、そんなキヨカの姿に目を丸めた。滅多にないキヨカの満面の笑みを記憶に焼き付けるかのように。
いち早く我に返ったダイキは、笑いまじりにカノンを見た。
「おいおい、あんたのせいで俺まで笑われちまったじゃないかカノン」
「ええっ! 僕に全責任が!? キヨカちゃんは“お兄ちゃんも”って言ってましたよ、ダイキお兄さん!」
「なんであんたにお兄さんって呼ばれなきゃなんないんだ……」
「心底嫌そうな顔しないでください……。流石に僕でも傷付きますから……」
二人の会話を聞きながら、キヨカは再び口を開く。
「私がカノンお兄ちゃんのお嫁さんになったら、お兄ちゃんとカノンお兄ちゃん、家族になるね」
妹の爆弾発言に兄は吹き出した。衝撃のあまり酷くむせている。必死に呼吸を整えながら、ダイキはキヨカに返した。
「冗談にしてもキツいねえ……」
「あ、でもカノンお兄ちゃんの方が年上だから、お兄ちゃんの方が“お兄さん”って呼ばなきゃいけないのね」
「……苦行だな」
苦虫を噛み潰したような顔をする兄を見て、妹は笑い続ける。「カノンお兄ちゃんはきっとステキなだんなさんになるもの」と、冗談なのか本気なのか判らないことを話しながら。それが兄の不安を煽っていることに気付いていない。
キヨカの言葉に、カノンは照れて頬を赤くしていた。満更でも無さそうな表情だ。
「有難う、キヨカちゃん。キヨカちゃんこそ素敵なお嫁さんになること間違いないですよ」
「カノンお兄ちゃん、ありがとう」
すっかり仲良しなふたりに、ダイキは何も言えなくなってしまった。
カノンが良い奴なのは認める。だが実の妹に、喩え話とはいえ「カノンと結婚」と言われると複雑な思いがする。
珍しく気力のない顔のまま、しばしダイキは“カノンが義兄になるかもしれない”ということに、ひとり頭を悩ませていた。