ミソラ一中番長にぞっこんです
 今日も仙道くんは麗しい。凛々しい。格好いい。全てがたまらない。自分が知りうる限りの賛美の言葉を引っ張り出しても、彼の魅力は語り尽くせない。いや、彼のことを自分なぞが語ろうなどと言う発想がまず烏滸がましい。世界は――少なくともカノンにとっての世界は――彼を中心に回っている。
 カノンは溜め息を吐いた。
 視界に仙道が映るだけで、カノンの胸のときめきのエターナルサイクラーは激しく稼働し始める。

「しぇっ、仙道くん」
「噛むなよ……落ち着けよ……」
「ほわぁ! ときめき加速ですわああ!」
「だから落ち着けって」

 落ち着ける筈がない。愛しい彼の隣を歩けているだけでなく、腕を組んで歩いているのだから。そうするようにと、危なっかしいカノンを見かねた仙道が言ってくれたのだ。

「まるで恋人同士のようですぅ……」
「実際そうだろ?」
「わたくし、ゆ、夢を見ているの!? 仙道くんがわたくしを恋人って……。夢じゃないか確かめるために、このだらしない頬をぶっ叩いて頂けませんか、仙道くん!」
「叩かねぇよ。夢じゃないから落ち着きな、カノン」
「はい……」

 何故かカノンは元気のない返事をした。叩いてもらえなかったことを残念がっているかのようだ。
 仙道は悩んだ。叩いてやった方が良かったのだろうか。普通、叩かれて喜ぶ人間なんていない筈だ。だがしかし、カノンだったら「仙道くんにだったら何をされてもいい」と真顔で言いかねない。

「仙道くんにだったらわたくし、叩かれようと罵倒されようと全てが至福でありご褒美ですのに」

 ……仙道の推察より、カノンは重症だった。

「俺をそっち側に引きずり込まないでくれ」
「そっち側とは?」
「無自覚かよ……。何でもない、気にすんな。とりあえずあんたを叩くつもりは今後も無い、それだけだよ」
「まあ、お優しい……!」

 カノンは顔を緩め、仙道の腕にひっしとしがみついた。カノンの柔らかな様々なものが、思春期の青少年に押し当てられる。その感覚にひっそりと仙道は体を強張らせた。思わぬ嬉しいサプライズというべきか予想外のハプニングというべきか。
 カノンは深く考えず“とにかく仙道にくっつきたい”というだけなのだ。純粋な思いゆえの彼女の行動に対し、あらぬ下心を抱いてしまいそうになる自分を仙道は戒めた。青少年としては健全な反応なのだが、妙な背徳感と誇り高い彼の気質が、その健全さを良しとしない。
 先にも話した通り、二人は恋仲である。カノンの猛烈なアプローチと「仙道くん大好きです!」コールに、当初は悪役と間違われるほどサディスティックかつ冷酷だった彼も、根負けした。愛の力とは凄まじい。

「そういえばわたくし、先日ミソラ一中の方々にお会いしましたわ」
「何かされなかったか? 大丈夫だったか?」
「心配には及びませんわ!」

 反射的に恋人を案じた仙道に、カノンはますますぴったり身を寄せて答える。

「仙道くんのことを悪く言うものだから、LBXバトルでお仕置きさせて頂きましたの」
「やるねぇ……」
「仙道くんの為だと思うと不思議と力がわいて、自分でもびっくりしました」

 本当に愛の力は凄まじい。改めて仙道は痛感した。どちらかといえば限りなくバトル下手のカノンが、仙道のために戦っただけならまだしも勝利を飾ったなど、奇跡以外に何と言えばいいのか。カノンは知らぬ間に実力を上げているようだ。

(しかも俺のために戦ってくれたってのかい。カノン)

 なんだこの感情は。なんだこの恋人は。なんなんだ、眩しすぎるし可愛すぎるしどうなってるんだカノンは。
 仙道は空いている片手で口元を覆い隠した。こうでもしなければ緩んだ頬が丸分かりだし、抑えるのに必死な感情の波が叫びとなって飛び出しそうだった。

「とりあえず、コンビニでも寄るか……」
「はい!」

 すぐ側に見えたコンビニに、揃って入店する。カノンが仙道から離れ、彼の後ろについた。店内で腕を組んでいるのは周りに迷惑だし、カノンも流石に恥ずかしかったのかもしれない。

「あったかいものが欲しいですわね〜」

 のんびり呟きながら、カノンは小さなほうじ茶のペットボトルを手にした。仙道も特に飲みたいものが無かったので、同じものを選ぶ。
 ……それぞれ買い物を済ませると、すぐにコンビニを出た。自動ドアの脇に移動し、早速温かい茶を飲み始める仙道に対し、何やらカノンはもたついている。左手に小さなビニール袋を提げているところを見ると、飲み物以外にも何か買ったらしい。

「大丈夫か?」
「ちょ、ちょっと熱くって……」

 呟きながらカノンが手にしていたのは、肉まんだった。細い指先で必死に支えつつ肉まんを綺麗に半分に割り、「どうぞ」とその片方を仙道に差し出してきた。

「好きな人と肉まんを半分こするのが夢でしたの」
「可愛いらしい夢だねぇ……」
「そ、そうですか?」

 仙道の言葉にカノンはすぐ赤くなる。
 本当に自分は深くカノンに思われているらしい。仙道の顔に小さな笑みが浮かぶ。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 呟きながら、仙道はカノンの右手を掴んだ。「えっ」驚くカノンの手をそのまま緩く自分の方へ引き寄せると、肉まんを一口かじった。

「……確かに熱いね」
「ほわ、ほわぁ……!」
「ありがとよ、カノン」

 それから仙道は、カノンの手から肉まんを受け取った。
 カノンは茹で蛸のように真っ赤な顔のまま、恋人に釘付けになっている。左手で支えているもう半分の肉まんを落としそうで危なっかしい。
 見かねた仙道は、苦笑しながらカノンに言う。

「あんたも食わないのかい? 冷えたら不味くなるだろ」
「はっ、はい……! そうですわね!」

 我に返った少女が、もぐもぐと肉まんを食べ始める。少しずつ顔色も落ち着き始めた。
 そこに仙道は更に追い討ちをかけた。

「なんかあんたの食べ方、可愛いな」
「もぐっ!?」

 瞬く間に赤面したカノンを見て、仙道は声をあげて笑ったのだった。
 ……肉まんとほうじ茶を完食した二人は、再び散歩を始めた。
 まだ赤ら顔のカノンは、仙道の手をしっかり握り締めながら呟く。

「仙道くんにはドキドキやキュンとさせられっぱなしですわ……。体も心も火照ってたまらないです」

 ちょっと拗ねたような声音が、仙道の心を擽る。こういう反応をされると、ますますそういうことをしたくなってしまう。そのことをカノンは未だに判っていないようだ。

「最近冷えてきたし丁度いいだろ?」
「わたくし、もっとお姉さんらしく仙道くんをリードしたいのに! 仙道くんが心身共にイケメン過ぎて全く出来ません! 責任とってほしいですわ!」

 責任、などとまた弄りやすいワードを出されたものだから、仙道は笑って返す。

「何だ、婿養子にでもなれってか」
「むっ、婿っ!?」
「それとも“お嫁さんにしてください”ってことかい?」

 硬直するカノンに顔を寄せて、仙道が囁く。

「……どっちでも良いぜ、俺はな」

 途端にカノンの体がふらりと揺れた。長い付き合いからこうなるであろうことを予測していた仙道は、彼女が倒れる前に両腕で支えに入った。
 愛する人に抱き留められたカノンは、至上の幸福と羞恥と混乱と歓喜でろくに頭が回らない。仙道にされるがまま、支えられたまま体勢を立て直す。
 彼の胸に体を預けながら、カノンは、うっとりとした様子で大きく息を吐いた。

「ああもう、大好きですわ……」

 判りきっていることでも、改めて言葉にされると嬉しいものだ。
 仙道は微笑みながら、カノンを抱き締めて答えた。

「俺もさ、カノン」

 再びカノンが頽れそうになったのは言うまでもない。
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