帰り道、公園のベンチ。並んで座る、大好きなひとの横顔をじっと見つめていた。そのひとがふと此方を向いて「ねえ、巳雪ちゃんはサンタさんに何をお願いしたですか」と首を傾げる。サンタ、という言葉に私は、もうすぐクリスマスであることに気付いた。什造さんはもう一度尋ねてきた。

「サンタさんに、何が欲しいってお願いしましたか?」
「何もお願いしていません。私、サンタさんが来てくれるほど良い子じゃあありませんから」
「それもそうですねぇ」

 私の返答を予想していたふうな笑みで返される。拙い私の内側なんて、什造さんにはすっかり筒抜けなのだ。少しだけ私より低い視線に合わせていると、什造さんはとびきりの笑顔で言った。

「僕が巳雪ちゃんのサンタさんになってあげますから、今年はお願いするといいですよ」

 何がいいですか? と問われ、私は大いに悩んだ。せっかくのクリスマス、何か特別なことをお願いするべきだろうか。だからといって手間のかかることは言えない。私のサンタさんになってくれるということは、クリスマスに什造さんに会えるということで、それだけでじゅうぶんなプレゼントな気がしてならない。
 顔を覗き込まれて、少し照れくさくなる。いまだにこのひとの真っすぐで濁りない眼差しは美しすぎて、私のちっぽけな心の器では受け止めきれないほどの感情が生まれる。尊い、とは、こういうことなのだろうか。

「ですがですが、激務な什造さんにお願いだなんて、良いんでしょうか……」
「いつもクリスマスは巳雪ちゃんが美味しいごはんとケーキを食べさせてくれます。たまには僕からも何かさせてください。巳雪ちゃんは普段から勝手に僕から何かをもらった気分になってワガママ言わないですから」
「ああ、図星の図星です……。でも実際、もらってるんですよ。目の潤いとか心の元気とか」
「それでも絞り出してください。上官命令です」
「ええっ!」

 急にきりっと真剣な顔になって什造さんは迫ってくる。こうなっては何かお願いしなくては逆に失礼と言うもの。悩みに悩んだ結果、私が欲しいのはやはり「什造さんとの時間」だった。一緒に過ごすための口実になり、かつ什造さんのサンタという役割もコンプリートできるもの。……単純ではあったが、これしか思いつかない。

「……今年のクリスマスは、一緒にごちそうの用意をしてくれませんか」

 什造さんは瞬きした。「お手伝いってことです?」そうです、そういうことです。こくこくと頷く。

「そうしてもらえれば、その場で什造さんのアドバイスを聞きながら味を整えられるし、手伝ってもらえますと私も楽が出来るので、いつもよりゆっくり食事を楽しめるかなあと思うのです」
「そんなこと……って言ったら失礼ですね、いつも巳雪ちゃんが僕のためにしてくれてることですから」

 どうやら什造さんは納得してくれたようだ。彼の柔い微笑みに私の心はすっかり蕩けて、気を抜いたら体まで本当に溶けてふにゃふにゃになってしまうんじゃないかと心配になるほど。

「わかりました。料理したことないですけど、お手伝いします」
「ありがとうございます! 本当に嬉しいです……!!」

 心から私は感謝した。誰かの為の料理はやりがいがあるが、誰かとする料理もまたそうで、とても楽しい。こんなに大好きなひとが手伝ってくれるなんて。私の大きなワガママを叶えるサンタとして、こんなにもきらめく笑顔で約束してくれたなんて。
 感激していると、不意に什造さんの手が伸びてきた。白い手が、私の左手を捕まえる。少し冷たかった。この間プレゼントした手袋はどうしたんだろう? もしかして無くしてしまったのかな、なんて思っていると、什造さんは私を見た。

「手袋はちゃんと持ってますよ」
「あ、そ、そうですか……」

 少し安堵した。考えを読まれるなんて今まで何度もあったから、もうほとんど驚きはしない。私の手は相変わらず什造さんに撫でられたり握られたりしていて、血行が良くなってきた。しばらく私の手を触った什造さんは、「よし」と何か手応えを得たような表情をして手を離した。

「どうしたんですか、什造さん?」

 左手を右手でさすりながら、さっきまでの接触を確かめるようにしつつ問いかける。
 什造さんはニッと笑い、

「次のサンタの下準備です」

 ……と、それだけしか教えてくれなかった。

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