そぞろな悩める心
ノードポリカの闘技場――。そこで行われている催しに、ノアは挑戦していた。個人戦、ザ・100人斬り。受付嬢いわく「一番儲かる」らしい、なかなかにボリュームある内容だ。
やるからにはただ闘技場を儲からせるだけではなく、勝ち抜くつもりで彼は挑んだ。
ノアの大鎌が風を切りながら魔物に迫り、次々と薙ぎ倒していく。彼の実力的には申し分ない。敵の強さも十分に対応できる範囲のものだ。
しかし敵の数がこうも多く、連戦が続くとなれば話は変わってくる。じわりじわりと蓄積された疲労が、僅かにその動きを鈍らせ始めていた。
100人斬りってこんなにしんどいのか。
考えながらもノアはひたすらに戦った。
「頑張ってください、ノア!」
「もう少しよ、集中を切らさないでね!」
エステルやジュディスの声援が耳に届く。他の仲間たちも口々にノアの名を呼んでいる。仲間たちはそうやって、自分に力を分けてくれているような思いがした。嬉しさに僅かに口元を緩ませながら、ノアは精一杯に力を奮った。
――そうして遂に100人目の猛者を倒したノアは、思わず拳を掲げた。
「うあああ! 勝ったあああ!」
観客席からも歓声が沸き上がり、司会者もノアの健闘を称賛する。
「コングラッチュレイショーン! 今、ここに伝説が生まれました! その伝説の名はノア! もうお前に敵はいない! 突き進めノア!」
歓声を背に、ノアは闘技場を後にする。途中で100人斬り制覇の賞品を受け取り、改めて勝利を実感しながら。
出口ではユーリたちが待っていた。
「やったなノア。最初は出たがらなかった割にノリノリだったじゃねーか」
「ユーリやラピードさんのように華麗な戦いを見せられたあとじゃ、誰だってやりにくいだろ……」
ユーリに小突かれたノアは、そう言って笑う。
ラピードもノアの健闘を喜んでいるようで、ノアに向かって力強く吠えていた。
「ラピードさん……!」尊敬するラピードの言葉がよほど嬉しかったのか、ノアは目頭を押さえる。どんな内容の言葉だったかは、ノア以外だとユーリぐらいにしか判らない。だが相当良いことを言ったのだろう。
そんなノアに、ジュディスは笑った。
「戦ってる時はあんなにカッコ良かったのに、また汐らしいノアに戻っちゃったわね」
「大の男が、犬に何か言われたぐらいで舞い上がりすぎよ。……でもまあ、頑張ったわよね」
一見辛辣そうなリタも、何だかんだでノアの勝利を喜んでくれている。
「みんな、ありがとう」
ノアは恥ずかしそうに、しかし心底嬉しそうに言った。
「みんなと旅をしてきたお陰で俺は強くなれたし、だからこそ100人斬りが達成出来たと思ってる。……そこで提案なんだけど、この賞金でさ、たまにはご馳走でも食べませんか?」
その提案に真っ先に反応したのはレイヴンだ。諸手を上げて「さんせーい!」と子供のように晴れやかな笑顔を浮かべている。
「おっさんもうね、大賛成! ノアくんったら太っ腹!」
そこにパティとカロルも楽しそうに続いた。
「流石なのじゃノア。うちもたまには豪勢な魚料理が食べたいと思っとったのじゃ」
「ノードポリカの人気のレストラン、あそこ行こうよ! ボク一度で良いから行ってみたかったんだ!」
すっかりノリノリな面々を、ノアは楽しげに見つめている。
そんなノアを、エステルはじっと見上げていた。視線に気付いたノアが、「ん?」と彼女の方へ向く。
「どうかした? エステル」
「いえ、その……。ノア、あんなに戦ったのに怪我が無いんです? それに疲れているんじゃ……」
「怪我は闘技場にいた治癒術士の人が粗方治してくれたよ、俺は怪我の治り早いしね。疲れの方は、みんなと楽しく過ごせば吹っ飛ぶ」
心配そうなエステルに、ノアは微笑んで返す。
「だからエステルも目一杯打ち上げ楽しんで欲しいな。エステルの笑顔は俺だけでなく、みんなを元気にするから」
「そ、そうなんです?」
「そうなんです。だから楽しもう」
ノアの言葉と笑顔に、照れたエステルは赤くなっていた。
傍目に見ていたユーリも、ノアの言動に「恥ずかしい奴だ」と思ったが、口にはしなかった。そういうタイプの人間に対して、ユーリは耐性があった。親友フレンもノアのように自覚の無い口説きを放つことがあるのだ。ユーリもユーリで素面で恥ずかしいことをすらすら言うことがあるのだが、当人にはやはり自覚がないらしい。
ユーリはパンと手を叩くと言った。
「よっしゃ、今日はノアのおごりな。だからって飲みすぎるなよ、おっさん」
「俺様だけ名指し!?」
「酔いつぶれたら頭にリボン結んで宿屋まで担いであげますよ、レイヴンさん」
「つまりそれって地味に嫌がらせだしょ、ノアくん!?」
賑やかに騒ぐレイヴンに、リタやカロルからも「程々にしなさいよ」「恥は晒さないようにね」と忠告が入る。
項垂れるレイヴンを見てノアたちは笑った。
早速ユーリたちは、レストランに向かって歩き出す。その後ろをノアもついて行こうとした時、ジュディスがそっとノアの隣に立った。
ちょんと腕をつつかれ、反射的にノアは彼女を見た。「ジュディス?」不思議がるノアを見つめ返しながら、ジュディスは呟いた。
「いつかあなたと二人きりでディナーを楽しめたら嬉しいわ」
艶っぽい笑みと共に、ノアにだけ聞こえるような声で。
思わず真っ赤になるノアを見て、ジュディスは笑みを深くした。惚けて立ち尽くすノアを見ながら、彼女は歩き出す。一向に動こうとしないノアを、ジュディスは振り返った。
「ノア、行かないの?」
「……あっ、ああ! 今行く、行くよ!」
くすくすと笑い声を上げて自分を見つめる彼女の背を、ノアは慌てて追い掛けたのだった……。
顔の火照りがしばらく収まらず、誤魔化すように煽ったアルコールでノアが二日酔いになったのは、また別の話である。