冷たいわけじゃない
 馬鹿な子供がいるものだ、とナマエは嘆息した。
 子供という点に関しては自分も同じなのだが、こんな大きな企業の――中でも特に厳重に警備されている場所まで潜り込むだなんて無謀な真似はしない。自分がここにいられるのは、この工場の主・神谷重工の息子と親密ゆえに許された特権だった。同時に彼らの計画への加担も彼女は決意していた。
 ――よくよく考えたら賊の侵入を許す此処の警備システムの方が馬鹿じゃない。
 だが隣に立つコウスケの歪んだ笑みを見て、これすら彼の描いたシナリオなのかもしれない、とナマエは思い直した。
 侵入者は、自分たちと大して歳の変わらなそうな子供4人。見れば見るほど虚しくなってくる。
 ナマエは盛大に溜息をついた。

「あなたたち本当に馬鹿だわ。よりにもよって神谷の懐に忍び込むなんて。そしてコウスケに目を付けられるなんて。……本当に可哀想」
「可哀想呼ばわりされる筋合いはねぇよ。こちとら世界が懸かってんだ」
「それは此方も同じ。コウスケと私の世界が懸かっているの」

 食って掛かる緑髪の少年に淡々と切り返し、ナマエはコウスケを顧みた。

「で、どうするの? コウスケ」
「勿論、この子ネズミたちに世界のルールを知ってもらうのさ。身を以て」
「私はどうすればいい」
「僕と共に、いつも通りに」
「判った。……“いつも通り”に」

 コウスケが笑いながらDキューブを放り、ジオラマが展開する。
 LBXバトルを提案したコウスケに、少年たちが頷いた。敵地で一番見つかってはならない相手に見つかってしまったのだ。逃げ場も無い彼らは、要求を呑む他なかった。
 少年少女が出撃させたLBXをじっと見つめて、ナマエは呟く。

「……コウスケ、あの子たちのLBX……」
「どうかしたかい?」
「ちょっとね。見慣れないものだから……今時の子ってLBXは特注が主流なの? あなたみたいに」
「何でそんなに嫌そうな顔をするんだい、ナマエ。よりにもよってボクを見た途端にさ」

 言葉に反してナマエは侵入者たちのLBXに大いに興味を抱いていた。性能はいかほどなのか、実戦でじっくりと確かめさせてもらおう。
 もともとはコウスケと戦うために持ってきたLBX・アマゾネスβを取り出し、ナマエは早速CCMを操作した。予定が狂ったが致し方ない。
 侵入者のLBXらの連携をあしらいながら、コウスケはナマエを見て嘆息する。

「またデータ収集かい」
「放っておいてもあなたは勝つもの」

 肩に触れてきたコウスケの手を片手でやんわり押し返して、ナマエはきっぱり答える。

「私がいいデータを取れるように上手く翻弄してあげてよね。あなた、手加減下手くそだから」
「ボクの美学に反することはしないだけさ。君がお望みなら、その細い肩を抱いたままルシファーを舞わせて勝利を収めよう」
「望んでない。近い。集中できない」

 ナマエは僅かに眉を動かし、コウスケから大袈裟なぐらいに距離を取った。
 二人の問答を見ていた少年のひとりが、苛立たし気に溢す。

「あんたら、こっちをおちょくってんのかい? 気に障るねぇ……」
「コウスケは無自覚で人をおちょくるのよ。そういう人間なの。腹立たしいけれど、それが許されているの」
「意味がわからないわよ!」

 少女のLBXが棒立ちのアマゾネスβへ迫る。ナマエはそれを他人事のように眺めている。
 ……刹那のうちにルシファーがアマゾネスβを守るように滑り込み、剣を振るった。攻撃自体は当たらなかったようだが、凄まじい剣圧が起きる。ストライダーフレームと思われる少女のLBXが無残に吹き飛んだ。「パンドラ!」少女が叫ぶ。ああ、あのLBXはパンドラと言うのか。ナマエはその情報を素早くCCMへと追加した。

「パンドラ……。聞き覚えがある」
「フッ、ナマエ。ギリシア神話を知らないのかい? パンドラというのは――」
「誰も説明をしろとは言っていないでしょう」

 アマゾネスβがナマエの意志を受けてルシファーの無防備な背中を小突こうとするが、ひらりとルシファーはかわしてみせる。チッと明らかな舌打ちをしたナマエを見て、コウスケは声を上げて笑った。

「おいおい、冗談は止めてくれないかなぁ? 今ボクのルシファーに触れようとしたよね」
「ど突こうとした」
「もっとひどいじゃないか!」
「何で嬉しそうなの。少し引くわ」

 コウスケから更に距離を置きつつ、ナマエはその心境を露にした。

「おまえら何なんだよ……。仲が良いのか悪いのかわかんねぇな」

 遠距離支援タイプらしきLBXを操る少年が溢した。丁寧に教える必要はないとナマエは黙っていたが、コウスケは違った。力づくでナマエの肩を片手で抱き寄せ、大胆にアピールしてみせる。

「僕らは将来を誓い合った仲だからね!」

 ナマエの明らかに白けた顔と、自慢に満ちたコウスケ。アンバランスな両者の姿に、少年たちは呆然としていた。
「これも作戦なのか?」「ただの喧嘩だろうさ」緑髪の少年は良くも悪くも単純故に考え込み過ぎる。その横で冷静にLBXを操る少年は冷静過ぎさが酷になりそうだ。どう見ても相性の悪そうな二人を率いる少女がブレーン、先程的確な指摘をしてみせた少年が仲を取り持つ……といったところだろうか。
 此方の日常と化している茶番にすら新鮮な反応を示しつつ、バトルの腕を鈍らせることも無い。思っていた以上に彼らは強い。
 しかし。

「幾ら強くても頑張っても、あなたたちはやっぱり勝てない……」
「何だと!?」

 緑髪の少年が凄んできたが、ナマエは眉一つ動かさない。

「勝てない、と言ったの。あなたたちは神谷コウスケに勝てはしない」

 何故か忌々しそうに呟いたナマエに、少年は一瞬気を取られてしまった。
 神速で迫るルシファーが、彼のLBX目掛けて剣を振りぬこうとしている――。

「郷田!」
「っ、くそ!!」

 遠方からの支援に徹していた仲間の叫びも虚しく、緑髪の少年の愛機は吹き飛ばされてしまった。ルシファーはLBXを追いかけ、更に斬撃を叩き込む。限界を超え、ひび割れたフレームから光が漏れて弾けた。緑髪の少年の負けだ。
 それを仲間であろう紫の逆立った髪をした少年が鼻で笑う。

「ザマァないね、番長さんよ」
「うるせえっ!」
「喧嘩してる場合じゃないでしょ、仙道、集中して!」

 ――この子たち、仲良くないのかな。
 ナマエは首を傾げた。こんなところまで子供同士で乗り込んできた割には、どうにもゆるい。
 アマゾネスβに狙いを定めたストライダーフレームのコンビが、此方に迫ってきていたのにやや遅れてナマエは気付く。
 ルシファーはというと、一瞬のうちに射撃に専念していたワイルドフレームのLBXまで近づき、圧勝していた。

「カズ!」
「悪い……。ドジったぜ……」

 武器が武器だけに、間合いを詰められては手の施しようが無かったと見える。苦虫を噛み潰したような少年の顔を見て、ナマエは少なからず同情の念を抱いた。気持ちはわかる。ルシファーは、神谷コウスケは何もかもが規格外なのだ。常識を超えた存在なのだ。理不尽なまでの圧倒。圧巻。コウスケの自信は伊達ではない。
 その時、ナマエのLBXは攻撃を受けていた。程々にいなしながら反撃を試みるも、流石に二機のストライダーフレームを追うのは骨が折れる。

「コウスケ。早く」

 諦めたようにナマエはコウスケを見た。
 コウスケはその意を悟り、爽やかに微笑んでみせた。同時に猛烈なスピードでCCMを操作する。
 ルシファーは自身の剣を地面へ突き立てると、代わりに、今しがた倒したばかりの敵のLBXの銃を拾い上げた。その銃口を、真っ直ぐにアマゾネスβへ向ける。

「終わりだよ」

 言うや否や、彼は――ルシファーは引き金を引いた。放たれた銃弾はアマゾネスβの胸部の中心を貫いた。瞬く間に光が弾け、アマゾネスβは爆散する。自身を攻撃してきていたストライダーフレーム二機を巻き添えに。
 爆発のダメージで動けずにいるそれらを仕留めるのは、コウスケにとっては赤子の手をひねるようなものだった。些かつまらなそうだった目が、散り散りになった恋人のLBXに向けられる。途端にその瞳へ活気が蘇る。

「いつもよりブレイクオーバー時の爆発が激しかったね。まさかこれも作戦かい、ナマエ?」
「ブレイクオーバーする瞬間、ありとあらゆる機関が暴走するように回路を弄ったの。出来る限り強烈で派手な爆発を引き起こせるようにね」
「それはお見事。ボクでも避けられるか判らないな」
「どうせ避けるでしょ」

 もともとは今日、コウスケとこのLBXで戦い、彼にブレイクオーバーされた瞬間道連れにしてやろうと仕掛けておいたものだった。思わぬ乱入者によって作戦は決行できずじまいだが、ネズミ撃退には少なからず貢献することが出来た。それだけで満足しよう、とナマエは小さく笑う。
 だが、相手は……少年たちは愕然としていた。全く意味が判っていない様子だ。

「どうして仲間を、当然のように撃ったの!?」
「何でそんなひどい真似ができんだよ!」

 巻き込まれた少女と、銃を奪われた少年が叫ぶ。
 いちいち説明するのも煩わしかったが、コウスケは目線で“教えてあげなよ”とナマエに指示をする。黙っていると、僅かに眉を顰め、くいと顎で人に指図してきたではないか。ナマエは思い切り彼を睨んだのち、敗北した少年たちに向き直った。

「何でも何もない。いつも通りにしただけよ。いつも通りコウスケは私のLBXを破壊し、いつも通り私はコウスケにLBXを破壊されただけ」
「いつも破壊されてるってのか。どんな神経してんだよ」
「子供だけでこんな厳重警備の建物に不法侵入する方がどんな神経なの、って思うけど」
「確かにね」
「仙道、てめえはどっちの味方なんだよ!」
「うるせえ」

 緑の子と紫の子はいちいち喧嘩をしないと気が済まないのだろうか。自分が言うのもなんだが、もう少しチームワークというものを意識して、意思の疎通を行えるように励むべきだと思う。そうすれば、少なくともナマエの機体は仕留められたはずだ。
 だが緑髪の彼の言い分もよく判る。
 ……ナマエは笑った。

「これが私なりの献身なの」

 少年少女たちは絶句していた。
 敗北を期した上に、理解しがたい“献身”の形を見せつけられ、どうにもできなかった。
 そんな彼らのCCMを、ナマエは素早く回収する。

「可哀想だからリペアしてあげるね。ついでに、見たこと無い機体ばかりだから色々と調べさせてもらう。勿論不法侵入者で敗北者なあなたたちに選択肢は無いから」
「LBXだけでなく、自身の命もボクらの手の中だということをゆめゆめ忘れないようにね」

 警報のボタンを指差しながら、コウスケが続いた。
 少年らを部屋に残し、コウスケとナマエは一旦部屋を出た。あの部屋から彼らは出ることが出来ない。部屋のものを触ろうにも、権限のない彼らにはどうしようもないのだ。牢獄と一緒である。
 ――ほんの少し、あの子達が羨ましい。
 ナマエはぼんやりと、自分がコウスケに出会った頃を思い出していた。コウスケに抗い勝とうとしていた、まだ現実を知らなかった自分の姿を。
 彼らの輝く闘志が羨ましくて、意地悪なことばかり言ってしまったのかもしれない。八つ当たりに近かった。
 反省を込めて彼らのLBXを眺めてから、ナマエはコウスケへ問う。

「そう言えば、あの子たちってどうやってここへ来たのかしら。神谷には敵が多すぎてどんなスパイが来ても可笑しくないけど」
「ああ。彼らは神谷はもとより、海道先生と敵対する組織の人間さ。ここまで入り込めたのもその組織の差し金だろう」

 なるほど。ナマエは納得した。だが組織が絡んでいるとなれば、事情が些か変わってくる。消息を絶った彼らを心配して、何らかのアクションがあるはず。勿論、海道に楯突いているからには向こうも表立って動ける組織ではないだろう。
 悩むナマエに「心配は要らないさ」とコウスケは微笑む。

「これで更に侵入者が増えるであろうことも予測済みさ。寧ろボクの筋書き通り、とても上手くいっている。君の助力もあったおかげでね」

 まるで歌うような調子の声音に、悔しいことに彼女は安堵した。
 ――ああ、私は、すっかり心の根から神谷コウスケという男に絆されてしまっている。
 自覚が彼女の頬を紅潮させる熱を生み出す。

「あ、あなたの気まぐれに付き合っただけ。たまにはあなたのお父様に気に入られるような振る舞いをしておかなくちゃいけなかったし。今、私が興味を向けてるのは、このLBXたち。だから、あなたがどうおだてたって無駄だってことを言っておく」
「そうかい」

 強がりながらも赤くなる恋人を、コウスケは満足げに眺めていた。
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