2.春と養分


 及川先輩をまじまじと見たのは1年の時、バレーの県大会決勝戦だった。

 白鳥沢学園との対戦は青城が圧倒されそうかと思いきや、及川先輩や岩泉先輩をキーとして反撃を繰り返す。
 最終的には、会場全体が叫んでいた「ウシワカ」という選手の力量が勝り、青城は敗れた。

 コートの外でのサーブから、コート内での攻撃の起点も務め、チームメイトを鼓舞し、尚且つ自分を輝かせることも忘れない。

 及川先輩ファンの友達から渡された双眼鏡を覗き、ジャンプサーブをする先輩の形相が見えた時、一瞬ぞっとした。
 それでも「カッコいい」と言ってる周りの女子は、獲物にでも喰らいつきそうなあの表情が見えなかったのか。見なかったのか。

 試合が終わった頃には、及川先輩はバレー選手が本業で、高校生という肩書きは副業なんだろう、という結論に落ち着いた。





 学校の運動場に面している花壇には、比較的背丈の低い花々を植えていた。私が葉や花の虫食いなどの確認をしている傍らに、今日も今日とて放課後練習で休憩中の及川先輩がいる。男子バレー部が練習している第3体育館はここと近いが、何故ここにいるのかといつも思う。口には出さずに先輩を見やると、花壇のブロック枠に腰かけ、持っているドリンクで水分補給をしながら「あーきっつー」と愚痴っていた。
 先輩が着ているTシャツは汗でうっすら身体に張りついているが、髪型と表情は崩れておらず、“学校で見る及川先輩”だった。


「先輩が座ってるところ、後で水やりしますからどいて下さいね」

「えー、ちょうどいい座り心地のとこやっと見つけたのに〜」

「……濡れて汚れてもいいならいいですけど」


 あからさまに口を尖らせた先輩を無視して花をチェックしていると、グラウンドを眺めていた先輩が「あ」と声を上げた。
 グラウンドでは野球部が練習しており、守備練習で捕球し損ねた打球が何回かバウンドした後花壇に飛び込んできた。植えていた花の根元にボールが直撃した。
 「すみませーん!」と叫ぶ野球部員の声が届いた後、ボールを拾い上げた及川先輩が遠く投げ上げて返球した。
 私はボールが当たった花に近寄り、根元を確認した。


「大丈夫? 花」

「大丈夫ですよ。そんなにヤワじゃないです」

「……結構な勢いだったけど」

「根がしっかりしてる種類なんで。土台が強くて安定してると、ちょっとやそっとじゃへこたれないですよ」


 「ふーん」と呟いた先輩は、私の隣に座り花を覗いた。


「良い環境と栄養があれば、一見弱そうな苗でもどんどん根を張って成長していきます。同じ花壇の中で花と花が干渉し過ぎないように、とか気を付ける点はまだありますけど」


 珍しく神妙に私の話を黙って聞いていた先輩が、花の葉を弄っていたと思ったら空を仰いだ。


「……じゃあ成長する前に根本から叩き潰さないといけないね」

「え……」


 先輩の横顔が、バレーの試合で見たような鋭い眼光をたたえていた。口調は穏やかなのに、言葉の内容が比例しない。

 これが本来の及川先輩なのか──学校ではあまり見ない表情に、私は固まり何も言えなくなっていると、先輩は私に顔を向けにっこりと微笑んだ。


「──斎藤ちゃんが大事に育ててる花のことじゃないよ?」


 先程とは打って変わった雰囲気についていけなくて反応できずにいると、首をすくめた先輩は髪の毛を揺らして立ち上がった。


「今度烏野と試合やるんだ」

「烏野……ですか」

「そー。こっちの脅威になる前に──叩いとこうかな!」


 大きく伸びをした先輩は、いつも私が見ている“及川徹先輩”だった。
 そのことに正直なところホッとした自分がいる。
 私も立ち上がって、先輩の表情をもう一度確認した。


「うん、ありがとう斎藤ちゃん」

「……私何もしてませんけど」

「いやいや、素直に受け取っといてよ」


 だから何を、と返そうとしたら、先輩は体育館の方に歩き始めた。背中を見せたまま私に手を振る。

 歩く度に先輩の髪の毛が揺れるのを、春の日差しを浴びながら、すっきりしない感情のまま眺めていた。










2018.4.12



 


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -