1.なんて似合わない


 取るに足らないものでも、いつか──





 草木や花々を育てることは、簡単なことではない。
 人間もひいひい言いながら生きているが、定位置に根を張り、咲き続け、育ち続けることは植物でも容易くない。言葉も発せず、環境が悪ければ育たない。人が気付かず踏みつけても、彼らは懸命に真っ直ぐ上へ伸びようとする。そんなところがすごく好きだ。


 青葉城西高校に入学した時は、校舎周りの花壇に色とりどりの花が植えられていて、おろしたての制服のスカートなどお構いなしに座り込んで眺めた。だが入学式、春の遠足など新年度初めの行事が次々と終わっていくにつれ、学校の花壇が寂しくなっていくのに気がついた。春の花の時期が終わっても、夏の花が咲いているのを見ない。
 気付けば担任に学校の花壇の管理について尋ね、担任から学年主任、学校の事務の先生にまで話を聞く事態となった。それが昨年の話だ。

 あれから1年。私が登校して一番にすることは、学校中の花壇の水やりとなった。

 ホースをこれでもかと引っ張り出し、先を指で押しすぼめて、根が腐らない量の水を与える。養分は与えすぎてもダメ、与えなさすぎてもダメ。人間と一緒だな、とホースから飛び出す水の流れを見つめながら思った。


「斎藤ちゃん、今日も相変わらずだね〜」


 まだ生徒の姿もまばらな朝、大体同じ時間に話しかけてくるのは、及川先輩だ。
 及川先輩は男子バレー部のキャプテンで、校内で一番人気があると言われているらしいが私的にはよく分からない。


「おはようございます。先輩」

「毎朝飽きないねー。楽しいの?」

「……先輩は毎朝バレーやって飽きないんですか」

「楽しいよ!!じゃないとやってらんないでしょ朝も放課後も土日も!」

「私も同じです」

「うっ……」


 先輩は私の返答に口を噤んだ。
 この学校では今まで花壇の管理は時々お願いする業者に任せ、あとは先生や委員会が交代で水やりをしていたという。園芸を行う部も存在せず、草花の管理にムラがあるのはそういうことか、と納得した。
 そして自然と私が花壇のお世話を買って出て、毎日手入れをするようになった。


「大変だよね〜、花壇結構あるのに全部斎藤ちゃんが世話してるでしょ?」

「もう慣れましたし、特に苦じゃないです」

「別にやめても誰も文句言わないよー」

「……花壇に何も植わってなかったらなかったで文句言うでしょう。『殺風景だー』とか。先輩みたいなタイプの人は特に」


 私は図星をついたらしく、及川先輩は若干焦って「いっ……言わないよ!」と言いながら首に巻いていたタオルを両手で握り、乾布摩擦のように動かしている。……分かりやすい人だ。


「先輩、そろそろ着替えないと間に合わないんじゃないですか」


 校舎についてある時計を見上げながら尋ねると、先輩は「うわっ、岩ちゃんにどやされる!」と言って、タオルを振り回しながら私に背を向けた。


「じゃーねー、また明日」


 明日もまた来るのか、と先輩の後ろ姿を見ながら私も片づけを始める。


 先輩の背中を見ると、何故かバレー部のユニフォームを来た“及川徹”を思い出す。学校の要請で試合の応援に行った時、周りの女の子は皆「及川先輩、爽やかでカッコいい!」と言っていた。

 コートでは、白と水色を基調としたユニフォームが暴れ回り躍動する。

 試合を見終わった時には、自分の感覚が確信に変わったのを感じた。


 及川徹は人間の皮を纏った獣だ、と。









2017.5.24






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