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「なーなー立木ちゃん」
お昼休みに、職場の先輩である笠原さんから声をかけられた。スタッフルームで休憩中の職員は私と笠原さんだけだった。お互いの席は離れており、広い室内で遠くから話をするのもなんなので、私は笠原さんの席の隣に座らせてもらうことにした。
「何でしょう?」
「いや、ずっと聞きたかったことあるんだけどさ〜。いい?」
ペットボトルの蓋を開け閉めしながら、いつもより落ち着きがなく回りくどい先輩に私は首を傾げた。
「? いいですよ」
「……立木ちゃんは、そろそろ結婚、したりするのかな〜なんて」
「……は?」
「うわ、怒んないでよ! だって立木ちゃんの彼氏が御幸一也だって分かったらさ、そりゃ結婚するんだろうなって思うじゃん!? プロ野球選手って結婚早い人多いでしょ実際」
普段先輩に振り回されていることが多いせいか、慌てた笠原さんを見るのが少し面白い。私が一也と付き合っていることは、試合で負傷した諏訪選手がここに来院した時に一也が後から来たことで盛大にバレてしまった。いつもなら上手く流す内容だけれど、隣にどっかり腰を下ろしてしまったせいで話さざるを得なくなった。
「……そんな話は出てないので、全然」
「──えっ、だってこんなとこまで迎えに来る程惚れられてんのに!? あの勢いでプロポーズされてんのかと思った!」
「……あの時そんな雰囲気に見えました?」
「……いや、その後こう燃え上がって将来の約束まで」
「してません」
1人ヒートアップしている笠原さんの期待に反して私は冷静だった。私と一也の間でそんな話は一切出ていないのは本当だ。
「でも向こうは考えてると思うけどな〜絶対」
笠原さんはカップに口をつけながらニヤニヤしている。私と一也のことで何か想像しているんだろうけど、現実とは絶対に違う自信がある。
「……そんな暇ないんじゃないんですか。プロアスリートは色々と忙しいし」
「え〜、成宮鳴は結婚したじゃん。立木ちゃんはどーなの? 御幸選手と結婚する気ない訳じゃないんでしょ、プロ野球選手と付き合ってたら考えちゃうんじゃないの」
笠原さんは昼ご飯を食みながら明るく喋っているけれど、目は真剣だった。興味はあるけれど茶化してはいない、様に見てとれた。
「別に、か……御幸がプロ野球選手だから好きになったんじゃないので」
笠原さんから向き直り、机に相対して正直に思いを口にしたら、横からガタっと大きな音が響いた。
振り向くと、笠原さんが目を大きくして私を凝視していた。身体が若干震えている。
「立木ちゃん……! それ男からしたらすっげー誉め言葉だよ!? 仕事抜きにして男自身に惚れてるってことじゃん──ノロケかよ!」
「笠原さんが言わせたんでしょう!」
「俺も言われてみてえ……殺し文句だよそれ〜」
更に興奮し頭を抱え出した笠原さんに、私は作ってきたお弁当を食べながらそんなに気にするような話かと疑問だった。
「私と御幸が知り合ったのって中学の時ですし。向こうは野球してましたけど、練習や試合も数える程しか見たことないです」
「え! 学生の時からの付き合いなの!? “御幸選手の結婚のお相手は、中学の同級生で陰で支えてくれていた一般女性のAさん”──とか言われちゃうの!?」
「……勝手に展開を進めるのやめてくれませんか」
「あ、悪い……。ちょっとスポーツ紙に載った時の事考えてた」
笠原さんに分かるように盛大に溜息をつき、この話題を終わらせたい雰囲気を出しているのに、隣にいる困った先輩は更に話を続ける。
「じゃあさ、御幸選手のどんなとこが好きなの?」
「──えっ?」
「野球してるところを好きになったんじゃないなら、どこに惚れたのか気になるな〜」
「なんでそんなこと言わないといけないんですか」
「誰にも言わないからさ、ちょっとだけでいいから教えてよ〜」
ますます面白がり始めた笠原さんを止めれるものなら止めたいが、こうなると聞き出すまでしつこいことをここに就職してから学んだ。
他のスタッフが帰ってくるまでにこの話を終わらせたい。気は進まないけれど、質問の回答を考え始めた。
……。
「そんな深く考えないでいいから、思いついたことをポンと1つか2つか3つ、ね」
私が時間をかけて考えているのを見て笠原さんが慌ててフォローを入れてくれるけど、ますますハードルが上がっている。
考えているうちに自分の中に湧いて出た疑問を、笠原さんにそのままぶつけてみた。
「……一言で言えます? 相手の好きなところなんて」
「──え?」
「考えてみたんですけど。こういうところ、って挙げられないっていうか、ポイントで言い表せられないっていうか……」
正直に思ったことを口にしたら、笠原さんが今度は顔を赤らめ涙目になりながら震えていて、思わぬ反応に動揺する。
「立木ちゃん……! それは一言で言い表せない程好きだってことだろ!? 何それ!? 聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ!」
今まで見たことのない笠原さんの興奮振りと、思ってもみなかった指摘に、今度は私が恥ずかしくなって慌てた。
「──だって、笠原さんが言えっていったから!」
「あ〜御幸選手が羨ましいわマジで! 立木ちゃんはさ、こういうこと御幸さんにちゃんと言ってんの?」
茶化しから、恋愛相談(してもいないのに)に発展し更に真剣になった笠原さんが真顔で私の返答を待っている。不本意だけど、しぶしぶ口に出した。
「……言ってません。恥ずかしいじゃないですか」
私の言葉を予測していたのか、笠原さんが盛大にうな垂れ、直後に握りこぶしを作って立ち上がった。
「言えよ〜! あんなの言われたら男はメロメロだって! 伝えることが大事なんだよ〜伝えて愛を確かめ合えよ〜! あーじれったい!」
「笠原さんの期待に添えなくてすみません」
「冷てえ〜立木ちゃん! さっき言ったことまんま御幸さんに言ったら結婚間違いなしだぞ!」
「……どいつもこいつも結婚結婚って、そんなに結婚しないと駄目なんですかね……!?」
「え!? 立木ちゃんキレてる!?」
あまりの言われように、私も黙っていられなくて本音を口に出したら、笠原さんが今度は怯え、慌てだした。
お昼休みも残り5分になり、外に食べに出ていた同僚達が部屋に戻ってきた。
「──え、笠原が立木さん怒らしたの?」
「いや! そんなつもり全然無かったんだけど……てか『こいつ』は俺のことなのは分かるけど『どいつ』って誰!? 立木ちゃん他の男に同じ話されたの!?」
「お前ら何の話してたんだ?」
「この話は終わりです! 終了!」
「立木ちゃあ〜ん!」
これ以上他の人を巻き込みたくなくて、無理矢理話を終わらせた。
身になる話もあったけれど、イライラしたのも事実。
そんなに結婚しないのがおかしいのか。
正直、自分にとって全く現実味がない。
一也が結婚を考えてるのかなんて、聞いたことも無いし、分からない。
そんなこと──聞けない。
**********
「──何かお探しですか?」
これだけ凝視していたら買う気のある奴だ、と思われてるだろう。
──その通りだから、いいんだけど。
俺のことに気付いている店員がいるっぽいが、敢えてスルーさせてもらう。
「はい。指輪を」
「エンゲージリングでしょうか?」
目線でバレてるだろうけど確認され、頷いた。
2018.12.5