16


 澪とまた会うようになっても、以前の様にはいかなかった。

 澪を抱きしめると、以前だとすぐ背中に手を回して抱きついてきたのに、今は少し間をおいて力を込める。抱きしめていると表情は見えないが、一瞬躊躇しているのが俺への触れ方で分かる。
 だから俺は更に力を込めてきつく抱く。
 ──俺が澪を離すことはないんだってことを伝えるために。





**********





「おかえりー」


 玄関を開けるとすぐ見える、キッチンに立っていた一也から声をかけられて思わず後ずさった。いるのは分かってはいたけれど、一人暮らしの部屋では聞き慣れないこの言葉に軽くのけぞり、反動で背を玄関扉に打ち付けた。


「た、ただいま」

「仕事お疲れ。飯作ったんだけど──品数多くねえわ」

「え、作ってくれたの?」


 靴を脱ぎ、数歩でキッチンに着くとコンロに置かれた鍋やお皿の中を覗き込む。帰ってきた時から部屋に漂う匂いで大体のメニューは予想できていたが、自分以外の親しい人が作ってくれた夕飯にテンションは当然上がる。


「私は十分だけど、一也は少ないんじゃない? 下ごしらえして冷凍してたのがあるから、それ使ってもうちょっと作るよ」

「おーサンキュ。助かるわ〜」

「こちらこそありがとう。正直助かるし、嬉しい」


 夕飯の準備の負担が減ると、心なしか身体も軽くなる。
 一也が家にいるのは嫌じゃないけれど、現役アスリートの食事を作るとなると自分だけのようにはいかない。実家にいた時は姉兄のことを考えてメニューを考えていたので苦ではないが、家族と彼氏では気構えが違うな、と浮かんだ感情に心の中で苦笑した。



 あまり時間もかからず出来上がった夕飯がテーブルに並び終わったところで、2人で手を合わせた。


「「いただきます」」


 いつもならお皿を並べても余裕のあるテーブルも、一也との晩御飯だとぎゅうぎゅうになる。私は自分が作ったものよりも、先に一也が作ってくれた料理に箸をつけた。


「──お味噌汁美味しい」

「んー……やっぱ澪のようにはいかねえな」

「そうかな? 美味しいよ。昔“味噌汁作るの得意”って言ってたことあったじゃん」

「まあ……父さんが作るの忘れたりしたことあったから、俺が作る頻度が増えて自然と上達しただけだけど」

「──ふふ。おじさんに久しぶりに会いたいなあ」


 おじさん──一也のお父さんを思い出して自然と顔が緩んだ。そんな私を一也はしばらく見つめていたけれど、お互い食欲に負けて食事に集中する。半分くらい食べた時、一也がコップを手に取りながら口を開いた。


「──今度の木曜、空いてるよな?」

「うん。前から言われてたから休み取ってるよ」

「おう。じゃあよろしく」

「……そういえば何するの? 木曜日」

「それは当日のお楽しみ〜」


 それだけ言うと食べるのを再開した一也に大いに疑問が浮かんだが、木曜になったら分かるだろうと私も再び箸を動かし始める。


「こーしてっと新婚みたいだなー」


 ちょうど食べ始めた時に言われた一言に、私は味噌汁を吹き、盛大にむせた。





**





 ピンポーン。
 木曜の朝に響くチャイムに、私は動きを止めた。

 こんな朝早くに、誰だろう。

 今日は前々から一也と約束していた日で、家事や身支度も済ませていた。
 まだ一也は着替えているのか奥の部屋にいて出てこないので、私は疑問に思いながらもチェーンをかけたまま玄関のドアを開ける。
 ドアの隙間から来訪者を確認しようとしたのと同時に、大きな声が響き渡った。


「澪さん!! おはようございます!」


 目線を上げて、誰だか分かると急いでドアを閉めチェーンを外し、再び扉を開けた。


「さ、沢村くん!?」

「そーっす! ご無沙汰してますお元気でしたか!?」

「う、うん……って何でここに!?」

「御幸センパイと合同自主トレです! だから早朝出発して来ました! センパイが住所教えてくれたんでオッケーグーグルで!」

「オッケーグーグル……」


 何のことだと一瞬考えたが地図アプリのことかと合点がいくと、開いた扉の裏側から大きい身体が顔を出した。


「お久しぶりです」

「わあ! 降谷くん!?」

「僕がナビして来ました」

「う、わ……2人とも久し振りだね……。こんな大きくなって……」


 親戚のおばさんか、と自分で自分に突っ込みたくなったが、心の底から出た言葉だった。

 沢村くん、降谷くん共プロに進んだのは勿論知っていた。でも、球場の観客席からやテレビ画面から想像していたよりもはるかに大きく力強い身体つきになっている。高校生の時と比べても明らかに大人に変わった顔つきを見てしばらく呆けていたら、奥の部屋の扉が開いた音がした。


「おー、来たな」


 野球の練習用ユニフォームに着替えた一也が部屋から出てくると、沢村くんと降谷くんの目が急に鋭くなる。


「御幸センパイ! 澪さんに言ってなかったんすか!?」

「サプライズってやつだよ。迷わずに来れたか?」

「僕のナビが無いと完全に迷ってましたよ」

「うっ、うるせー降谷! 誰が運転してきたと思ってんだ!」

「大声出すなよ近所迷惑だぞー」


 一也の一言で、後輩2人が一気に大人しくなる。
 今は互いに別々のチーム所属でも、青道で過ごしたままの関係性が続いていると思うと可笑しくもあるが、温かい気持ちになった。


「よーし行くか。車どこに止めてんだ?」

「あっ、この下の……」

「じゃあ俺が先導するから後ろついてこい。澪戸締まりして」

「あ、うん」


 部屋に鍵をかけると、一也は荷物を持っていない空いていた右手で私の手を握った。
 沢村くんが「あー! 見せつけてんじゃねーですよ!」と言っていたが、一也はお構いなしで手を離さない。


 ──知り合いの前では積極的にこんなことしなかったのにな。


 車に乗るまでの間だけなのに、と分かっているが、恥ずかしさと嬉しさが混じったむずがゆい気持ちに、一也から視線をそらすことしか出来ずにいた。











2018.3.15



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