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「……来る、って時々遊びに来る、って意味だよね?」
「いや、オフの間はこっちで過ごすって意味」
「!! オフ丸々!?」
「おう。──都合悪い?」
「つ、都合悪いっていうか、オフの間って海外に自主トレとか行くんじゃないの!? 海外じゃなくても、遠出して旅行とか……」
「稼いでる選手は専属トレーナー付けて海外トレーニングに行ったりするけど、地元帰って自主トレ組の方が多いよ」
「あ……実家には帰らないの? おじさんは──それに練習場所の確保とか」
「実家には帰るけどオフの間中はいねえよ。自主トレの場所は自分で手配するから。昨日試合した球場、新設なだけあって設備も充実してたし話つけとこうかな〜」
「それとっ……自主トレの場所って球団の人に言うんだよね!?」
しばらく押し問答が続いていたが、澪が切羽詰まった顔で強めに尋ねてきた。澪の考えてる事、次に言いたいことは聞かなくても分かってる。
「オフのスケジュールを事細かには言わねぇよ。けど取材対応があるから、どこで自主トレをするのかは毎年球団に報告してる」
「……ここで自主トレ、って言うの? 何でここなのかって聞かれるでしょ……地元は東京なのに」
「──球団には“彼女がこっちにいるんで”って言うよ」
俺が迷いもなく言い切ると、澪は俺に詰め寄ったまま固まった。
それでも俺は自分の意見を曲げる気は無い。
この機会を逃したら、澪はもう二度と俺のそばに戻って来ない気がする。
『試合の日の晩御飯、うちの家ので良かったら、作った後持っていこーか?』
『久し振り。優勝、おめでとう』
『私がお母さんに頼んだの。御幸の怪我のケアをして欲しいって』
いつも、澪が先に動いてくれた。
この先俺が動かなければ、澪はそのまま俺の前からいなくなるんだろう。
そんなの──絶対に嫌だ。
「澪には迷惑かけないようにする。球団にも説明して、マスコミには一般人の澪のことが出ないようにするから。涼さんはプロ野球選手だけど……澪の家族にも──俺から言っておく」
全て考えた上でのことだと、澪に伝えたかった。俺がおちゃらけもせず真剣に発した言葉は、真摯に受け止められ届いたようで、澪は目線を下げ口を噤んだ。
澪は俺の上着の胸元を掴み、俺と目を合わせずに手の力を強めた。
「……でも」
「“でも”じゃねえ。お前……昨日あれだけあっつーい告白しといてそりゃないわ〜」
「あっ……あれは! 気にしなくていいっ!」
「──あんなこと言われて気にしねえ男がいるかよ」
「……っ」
昨日の発言を思い出したのか、反論できなくなった澪は顔を赤くして押し黙った。それを無言の了承ととった俺はニッと笑って腕時計に目をやる。
「わり、澪もう出ねえと。送って」
玄関前で話し込んだため、いよいよ時間がヤバい。澪も俺の腕時計を覗き込むと、慌てて扉を開けた。
澪の運転でチームが宿泊しているホテルに到着した。思っていた以上に早く着くことが出来たので、まだ集合時間まで余裕があり、朝も早いロビーは閑散としていた。その落ち着いたフロアに1人だけ、ソファに腰を下ろしている人がいるが後ろ姿に見覚えがある。
周囲を気にしながら俺の隣を歩く澪も、同時にその人物に気付いた。
「……鳴?」
澪が思わず上げた声に、呼ばれた本人は振り向きソファから立ち上がり、こちらに歩いてくる。
俺達2人の前で仁王立ちになった成宮鳴は、澪を見下ろし息を吸い込んだ。
「バカバカバ──────カ!!!!」
静かな空間に鳴の大声が響き渡る。周りに宿泊客がいないのが救いだった。
言われた張本人である澪は言い返しも抵抗もせず、鳴の顔をじっと見つめている。
「……ごめん」
表情を曇らせて神妙になった澪は、鳴に小さく頭を下げた。どうして叱責されたのか十分理解し、傍から見ても気落ちしている澪に鳴はさらにまくし立てる。
「こんなことでもなけりゃ一生会わないつもりだったの!? 勝手に消えて、一也のこともほっといて人としてサイテーだと思わないの!?」
鳴には俺と澪の詳しい事情を話していなかったので、一方的に責める鳴を止めようと口を開いた。
「鳴、落ち着け。澪は──」
「いいって、一也。今回は鳴が正しいよ」
心配になった俺に顔を向けた澪の表情は、思っていたよりも陰っていなかった。
「今回は、って何!?」とさらに熱くなる鳴をよそに、澪は先程までとは違い堂々としている。
「“今回は”鳴の言う通りだから。言われてスッキリしたかも」
「開き直ってないで新しい連絡先教えなよね!! 響子姉にどんだけ聞いても教えてくんなかったんだからさ!」
スマホを取り出した鳴と澪の間に不穏な空気はもう無かった。昔からの仲だからなのか、とてもさっぱりとしている。ほっとした俺は気になったことを鳴に尋ねた。
「ところで、何でこのホテルにいるんだ? 鳴のチームの宿泊先はここじゃないだろ。目と鼻の先ではあるけど」
「──昨日の夜チーム合同で飲みに行ったんだよ。そしたら一也がいないじゃん? 聞いたら諏訪さんが教えてくれてさ。皆知らなかったみたいだけど澪の名前が出てビックリして! で、朝から一也が帰ってくるの待ってたってワケ」
スマホを操作しながら、顔を上げずに喋る鳴に納得した。
「諏訪さん酔ってベラベラ喋ってたから、もうチーム内に知れ渡ってるんじゃない?」
澪の携帯番号を登録し終わった鳴は顔をニヤつかせた。それを聞いた澪は「えっ……」と動揺する。
「もう観念して一也の女だってみんなに顔見せしちゃいなよ!」という鳴に澪は慌て始める。同時にエレベーターホールの辺りから到着音とザワザワと人の話し声が聞こえた。
「澪、今から人いっぱい来るぞ。帰った方がいいかも」
そう言って澪の肩を叩くと、澪は勢いよく首を縦に振り、出入口に早歩きで出ていく。
「俺も部屋から荷物取ってこねーと」
澪を見送りながら呟くと、澪が自動ドア手前で振り返り、俺達にぶんぶんと手を振った。
「一也、鳴、またね!」
そう言うと澪は、走って駐車場に向かっていった。
鳴と俺は顔を見合わせ、ニッと笑った。
「じゃー俺も戻るね」
「おー。またなー」
『また』という2文字が。
今日限りじゃなくて、これからも繋がる──続いていくんだってことが分かっただけでも。
久々に感じる清々しさと嬉しさで、俺は自然と緩む顔を抑えることが出来なかった。
2018.1.26