2017 winter
「あ、楠木くん!」
「――ん?」
私の呼びかけに振り返った楠木くんの手には、朝には持っていなかった紙袋が揺れている。そんなに重そうではないが軽そうでもない。包装された包みがカサカサと音を立てて、今にも中身が紙袋から飛び出しそうだ。
「……結構もらったね〜モテモテじゃん」
私の顔はひきつっていないか。今確認する術はないけれど、目の前の楠木くんの表情が笑顔だから大丈夫、かな。
「んー、でも『友チョコあげる!』って言われて貰ったのばかりだよ」
……どうだか。
来月には私達も卒業だ。ホワイトデーの時期には学校には来ない。お返しも期待せずチョコをあげる、って意味分かってるんだろうか。
少しでも楠木くんの記憶に、印象に残りたいってことでしょ。
「――告白とかはされなかったの?」
「うん、『春休み入っても遊ぼー』とかばっかりだったよ」
「……そっか」
楠木くんは男女関係なく友達が多い。彼の爽やかな性格や行動は周りに好印象で、常に彼の周りには楽しそうな雰囲気が漂っていた。私も結構その中に混じっていた方だと思う。
彼はどのくらい知っているんだろう。
密かに楠木くんを狙っている女の子がどれだけいるか。
お友達から恋心に発展した女の子も少なくないってことも。
みんな仲の良い友達同士だけど、楠木くんについては水面下で牽制し合っている女の子が多いってことも。
私も、その中の1人だってことも。
カバンの中にはまだ貴方に渡せていないバレンタインチョコが隠れてる。
私は「友チョコじゃないよ」って言いたい。
「大学の野球部の練習が始まるまでは俺も門田も時間あるから、春休みも皆で遊ぼうな!」
屈託のない笑顔に意思が強い口調で言われると、私は出かかった言葉を飲み込んだ。
「……じゃー私も渡そっかな楠木くんに、チョコ」
表情を隠しながらカバンを開ける。
今は言えなくても、思いのこもったこの罪のないチョコは、解放してあげたかった。
楠木先輩を陰ながら想ってる子って多そうですよね〜
(バレンタイン当日・楠木)
2017.2.14