05


 中学校に入学して1年経つと、「誰々が付き合い始めた」とか「○○ちゃんが△△くんを好きらしい」とか所謂恋バナが増え始めた。1年時にも勿論そういう話はあったが、大っぴらに「彼氏彼女になった」と騒ぎ始めるのは先輩と呼ばれるようになる2年生からだった。うちの学校の場合は。




「ねー、澪と御幸って本当に付き合ってないの?」


 昼食も食べ終わった昼休みの教室で、友達の菜々美に聞かれた。2年で初めて同じクラスになり、サバサバした性格が一緒にいて居心地が良く、仲良くなるのに時間はかからなかった。
 自分の席に座っていた私につんのめるように、前席の空いてる椅子に座った菜々美はぐいっと身体を乗り出す。オラオラ早く吐け、と言わんばかりの迫力に、はあっと溜息をついた。


「またその話……何回も言ってるでしょ、付き合ってないってば」

「御幸が女子と仲良さそうにしてるのってあんたくらいなもんよ」

「──そう?」

「他の女子が『話しかけたいけど話しかけづら〜い』とか言ってるの知らないの!?」

「……話しかけたら普通に返してくれると思うけどな。別に私が特別って訳じゃないよ」


 菜々美からだけじゃなく、最近では他クラスの女子にまで時々同じ質問をされる。「付き合ってない」と言って納得してくれるけど、一時したらまた聞かれる。納得してくれたんじゃないのか。どういう答えだったらいいんだ。ありのままを話してるのに「えー、でもぉ……」なんて言われるからこちらとしては堪らない。正直恋愛話は苦手だ。どうして皆こうも色恋沙汰に結び付けたがるのか不思議でならない。

 菜々美はまだ腑に落ちない顔をしている。


「澪はそう思ってても向こうはそう思ってない、とかは無いの?」

「無いよ。御幸の頭の中なんて見るからに野球ばっかりじゃん」

「……じゃあ御幸は澪の中でどんな存在?」

「もーしつこいなー。友達だよ。……しいて言うなら……」

「しいて言うなら!?」


 菜々美の顔が急に喜々として、私の返答に期待する表情を見せる。いや、ご期待にはそえないと思うけど。


「……家族みたいな感じかな」

「……はあ!!?何それ?」



 私が口にした『家族みたい』という言葉に、菜々美は訳が分からない……とうなだれた。確かにこの感情は友達に理解してもらえないかな、と思う。



 1年の時に『御幸の試合がある日はご飯を作ってあげる』と交わした約束は今でも継続している。試合の帰り道に待ち合わせておかずを渡したり、何回か御幸の家まで持って行ったり。その時御幸の家庭環境も垣間見えた。部屋に飾ってある赤ちゃんの時の御幸を抱いた若い女の人の写真や、『御幸スチール』という名前の工場。御幸から直接聞いた訳じゃないけど、色々と理解するには十分だった。御幸に聞こうとも思わない。空気を読む、って子供の方がちゃんと出来る気がする。

 感情的には親戚付き合い、近所付き合いに近い。女子から聞く「ドキドキ」や「キュンキュン」という高揚感みたいなものは御幸といる時には感じない。だから恋じゃない、ってことなんだけど。

 御幸は大事な友人の1人──それは間違いない。





**********




 昼休みに同じクラスの野球部の奴らからキャッチボールに誘われた。シニア以外の奴と野球するのも新鮮だな──と校庭でひとしきりボールを投げ合っていると、校舎のスピーカーから予鈴を知らせるチャイムが響く。


「じゃー戻ろっか」

「おー。……あのさあ御幸、ちょっと聞きたいことあんだけど」


 急に俺との距離を詰めたクラスメイト達は、校庭というだだっ広い場所にも関わらず小声で喋り始める。


「御幸、立木さんと仲良いだろ?つ、付き合ってたりすんの?」

「は?立木?あー、まあ……友達だけど?しいて言うなら同じ釜の飯を食う仲間!って感じだな!ハッハッハ」

「何だよそれ……付き合ってはないんだ?」

「おー。……何、立木狙いなの、お前ら?」


 俺はニシシと笑いながらからかう。へー、立木をねえ。


「いやさ、立木さんて可愛いというより美人系だろ。雰囲気も落ち着いてて他の女子より大人っぽい感じだし。クールっていうかさ、普通に話して大丈夫なんかなー、と」


 クール、か。少なくとも俺が知ってる立木は興味がある事に関しては熱い奴だ。この前は鍋の種類で話が盛り上がった。熱を効率よく伝えるためにはこの鍋がいい、とか。中2の男女が話す内容じゃないかもしれねーけど。


「俺の兄ちゃんから聞いた話だけど、立木さんの姉ちゃんメチャメチャ美人らしいぜ。高校のミスコンで3連覇したって聞いたことある」

「マジでー!?やっぱハードル高けえなー。御幸以外の男と喋ってるのあんまり見たこと無いからさ、御幸に聞いた方が早いと思って」


 俺以外が立木の話で盛り上がってたから油断してたところを急に話を振られた。


「立木はクールって感じじゃねーよ。話しかけたら普通に喋れると思うぜ」

「そっか、ありがとな!今度話しかけてみるわー」


 先程よりも若干テンション高めになったクラスメイトと駆け足で昇降口まで急ぐ。この1年で、俺の中で立木は家族みたいな存在になった。友達であり、家族のような――恋愛感情よりももっと身近に感じられるような存在──。

 ……なーんか上手く言えねーな。考えても答えが出ねー事を考えるのはやめだ。


 まあ、立木が大事な友達だって事は確かだ。





2014.10.24




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