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「あいつ、球団に呼び出されたらしいな」
「週刊誌にでかく載ったからな〜。普段は無視するレベルだけど、取り上げられ方が酷かっただけに厳重注意だってよ」
「これで成績落ちたら野次もひどくなるんすよねー」
ロッカールームで着替えている時、近くにいた先輩達の雑談が耳に入った。ここしばらく1軍での出場が続いている俺は、ユニフォームに袖を通しながら最近メディアで話題のプロ野球選手を頭に浮かべた。同じチームの1軍で、人気内野手であるその人は、二股交際報道がスクープされネットやテレビで言われたい放題だ。
「ちょっとハメられた感あるよなー……?」
「女側が撮らせた、ってことすか」
渦中の先輩と噂になったのは、どちらも一般女性ではなくメディアで活躍している芸能人だった。人気のあるプロ野球選手は注目度も高く記事に大きく取り上げられやすい──ということは交際している女性も注目される。今までの女性自身の知名度は関係なく。
俺は会話に混ざることなく黙っていた。脳裏には澪の顔が浮かぶ。
「おい御幸ー、今日の試合終わりの合コン来るか〜?」
急に今までの話題とは違う話をふられて、俺は面食らった。
「……え、合コンっすか」
「お前浮いた噂ひとつもねーじゃねえか。相手側の幹事にも“御幸さん連れてきて〜”って言われてんだよ」
「御幸来たら先輩勝ち目無いっすよ」
「うるせー、御幸が顔だけの憎たらしい奴だってのを世間に分からせるんだよ。頼りになるのは野球が絡む時だけってな」
俺は「いやー、ハハ」と苦笑いでごまかした。実際、合コンの類いは数回断れずに行った程度だった。
「御幸、イケメンって人気なのに女性関係さっぱりだから、ゲイじゃねえかって噂出てんだよ」
「……は?──違いますって!」
訂正しておくべきところはきちんと釈明し、「今日は実家に帰らないといけないんすよねー」と体のいい理由をつけて誘いを断る。
結局俺がいない方が良い、という結論になったようで、着替え終わった先輩は練習場に向かった。俺はふー、と息を吐くと、さっきまで雑談に加わっていた先輩達の中で、唯一まだ俺の隣にいた道橋さんが小声で話しかけてきた。
「……お前彼女いるんじゃなかったっけ?入団してすぐの頃聞いたような気がするけど」
道橋さんは入団10年以上でアドバイスをもらう仲である投手だ。今日の試合は先発するのでバッテリーを組む。学生野球とは違い1年という長いペナントレースを戦う上で色々と指南してもらった先輩の1人だ。
「あー……今は、ちょっと」
年は離れているけれど気心の知れた間柄だけに、すっとぼけることはせず言葉を濁した。澪の存在は限られた人しか知らない。
「……そうか、別れたのか」
「……俺は別れたつもり無いんすけど……見限られたみたいで。野球ばっかやってたツケがまわってきたのか…も」
自嘲しながら、自ずと口にした言葉に納得する。
俺は本当に、野球しかやってきていない。
「……まあ女関係トラブるとコンディション悪くなって成績悪くすることもあるからなー。お前は今一軍に定着するかの大事な時だし、身が軽い方が良いかもしれないぞ」
「あいつも影響無いといいけどな」と道橋さんは先程まで話題に上がっていた先輩を気にかける。
「女がいる、って分かると成績が良ければ彼女はアゲマンって言われて、下がるとサゲマンってな。選手よりも世間の方がこういう話題に敏感だから、気をつけろ」
道橋さんは俺の肩を叩くと、一緒にブルペンへ向かった。
さっきの言葉は、他の球団関係者にも言われたことがある。
”選手よりも世間の方が敏感──”
きっと、澪もそうなんだろうな。
だから──
澪が黙っていなくなったことが分かった時、怒りは一切湧いてこなかった。今でもその気持ちに変わりはない。
澪が理由も無しにそんな事はしない、って分かってるからだ。
澪を探すことは、その気になれば出来る。俺の力だけでは無理でも、行方を捜索してくれるところに頼めば、すぐに見つかるんだろう。
鳴にも「澪と連絡が取れないんだけど!」と言われ、すぐに探せと吐き捨てられたけれど、俺は敢えてしていなかった。
──俺が、一軍で正捕手として定着してからだ。
彼女の存在に、誰にも文句を言われない立場になってから──。
捕手として、打撃でも成績を残して一軍で活躍し続けること。澪もきっとそれを望んでる。
今迎えに行っても、澪は俺のそばに戻ってこない気がする。澪が俺から離れた理由、意味を考えると、結局出てきた答えはひとつだった。
俺が自惚れてるのかもしれない。良いように解釈してるだけかもしれないけど。
澪が、黙って俺から離れた意味を──
無下にしてはいけない、って。
確信めいたこの推論を胸に、俺は防具を着けた。
2017.3.31