05


「立木さん本当に彼氏いないの〜?」

「……いません、って。何回言ったら分かるんですか…」

「いやいや、いそうじゃん!隠してるんでしょ〜?」

「……好きな人はいます、けど」


 社会人1年目、職場の新人歓迎会。いい具合に酔っぱらった先輩が、これでもかと私の男関係をしつこく聞いてくる。

 私は今年の春から、都外のスポーツ・リハビリ施設に就職した。母の推薦もあったところだったが、就職試験の時は母は一切関わらなかった。場所は関東だけど、実家からはかなり離れた場所なので一人暮らしも始めた。

 この職場は女性よりも男性が多い。就職前はスポーツをやっていた人が多く、飲み会は思っていたよりも豪快だ。みんな酒量が半端ない。


「じゃあ俺立木さん狙っちゃおうかなー!」

「……先輩、話聞いてました…?――それに」

「ん?」

「私最低な女ですから、やめといた方がいいですよ」


 笑顔で言い放った後、「え」と酔いながらも狼狽えた先輩の隙をつき、「係長にお酌してきまーす」と言って私は席を離れた。



 嘘は言っていない。
 最低なのも事実だ。

 一也にあんな酷いことをしたんだから。


 恋人に何も言わず、勝手にいなくなり音信不通にした。人としても、彼女としても最低な行為。
 そんな女を、一也が彼女と思ってくれている筈がない。
 自分でも、一也に相応しくないって分かってる。

 それでもいい、と思って――離れた。





**



「ただいまー…」


 言っても答えてくれる人は誰もいない、って分かっているのに長年の癖が抜けない。実家でも、誰もいないのについつい口に出てしまう帰宅の挨拶は、一人暮らしになっても健在だった。
 “1人で暮らしている”という前提があると、返ってこない反応に今まで以上に静寂を感じる。軽く息を吐くと、鈍くなった身体を動かしお風呂の準備に取り掛かった。先輩ほど多くお酒を飲んでないけれど、まだ新しい環境に慣れていない自分にとっては酔いよりも疲労の方が勝った。

 お風呂の湯を溜めている間に、パソコンを開く。誰にも言っていない、帰宅してからの私の日課。
 ある球団のホームページを開くと、2軍の試合日程・結果・成績をチェックする。スターティングメンバ―の一覧や、打撃・投手成績が細かく公開されていて、試合を観に行けない人にもこの情報はかなり有り難い。


「あ、今日打ってるなー」


 『御幸』の文字を見つけて、打率が上がっていると嬉しくなる。「今日はこの人とバッテリー組んだんだ」とか「今日は遠いところ行ってるなー」とかこの時ばかりは独り言が増える。
 時々2軍の試合結果に名前が載っていない時があり、緊張しながら1軍のページを覗くと一也の名前があって思わず手を叩いたりする時も。

 東京にいた時よりも、一也の成績をチェックしているかもしれない。

 でもテレビで放送されるプロ野球情報は見ていない。もし姿が映っていたら、色々と感情が揺らいでしまう。我ながら勝手すぎるけど。

 こちらに来てからはなるべく一也のことは考えないように、残業や休日出勤も率先し、仕事の講習会には積極的に参加して暇な時間を作らないようにしていた。


「……私も頑張ろう」



 パソコンの画面に表示されている『御幸』の文字にそっと触れる。



 ひそかに応援するくらいならいいよね。
 もう二度と、一也に迷惑をかけないから。








2017.2.21





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