04


「──え?立木、涼?」

 シニアの練習前に、監督から立木の兄の事を聞いた俺はたまげた。まさかまさか、立木の兄さんが甲子園に出場した投手だとは。西東京は激戦区だから予選で優勝するのにも一苦労なのに──すげえな。


「立木一家は凄いぞー!涼の姉さんは空手が強くてな、確か……日本2位じゃなかったかな」

「え」


 監督が自分の子供の事のように得意げに話す。次第に涼さんのシニアでの活躍振りの話になったので、軽く聞き流しておいた。

 にしても、姉・兄が日本のトップクラスかよ。アスリート遺伝子か?凄い奴って近くにいるもんなんだなー。


「でも急にどうした。涼の事聞くなんて」

「あ、いやー、その涼さんの妹と学校で仲良くなったんす。お兄さんが江戸川シニアにいたって話を聞いたから気になって」


 監督が何か考える仕草を見せた後ポン、と手を叩いた。


「おー!末っ子の女の子だな。お姉さんに連れられてたまにシニアの試合を見に来てたよー。その子は何かスポーツやってんのか?あそこはアスリート一家だぞ」

「……いえ、部活はやってないと思います」


 立木は家の事ばかりやってる印象が強い。放課後に何かスポーツをやってるなんて話は聞いたことがなかった。


「そーなのか、勿体無いな。涼のお父さんは空手の先生で、お母さんはスポーツトレーナーだからなあ……。どちらも忙しい方で、涼のシニアでの付き添いも時間作るの大変だったみたいだから。末っ子ちゃんに負担がいってるのかな」

「え」


 本日2度目の「え」だが、びっくりせずにはいられない。立木の家族がまさかそんな経歴の持ち主とは。何も聞いていなかったから驚いた。まあ俺も自分の家族については立木に何も話してないけど。


 ちょっと考え込んでいると、監督の「練習始めるぞ―!」の声がグラウンドに響き我に返った。涼さんが空手の道に進まなかったのは何故なんだ?という考えても答えの出ない疑問は頭の奥に押し込んだ。







*********





 土曜の夕方にスーパーで買物をしていると見知った顔を見つけた。


「御幸ー」


 私の方を振り返った御幸は、前にここで会った時と同じユニフォーム姿だった。


「おー立木、また会ったな」

「今日はここで買物?試合だった?」

「ああ。──あ」

「え?」

「いや、この前うちの監督に聞いたんだ。立木の兄さんの事」


 ポリポリと頭をかきながら御幸が呟く。


「ああ、涼くんの事ね。じゃあ監督さん変わってないんだね」

「それと、立木の家族のこと。驚いたぜー、すげーな!」

「どーもー。凄いのは私じゃなくて姉兄だけど」

「……立木は、なんかやってねーの?」

「私?小さい時は空手やってた。小学校の時に実はちょっとだけ野球かじってたよ。けど、今は何も。……サポートの方が好きみたいなんだよね、私」

「……ふーん」


 それだけ聞くと、御幸は「今日は何にすっかなー」と一歩先を歩きだした。




 買物を済ませた私達は店を出た。前はここで帰り道が分かれたから御幸にバイバイを言おうとしたら、御幸は私の横に並んで歩き始めた。


「……御幸、こっちの道でいいの?」


 ……遠回りにならないのかな。


「途中で帰り道に繋がる道見つけたからいーの」

「……そーなんだ」


 2人で夕暮れの空の下、てくてくと歩く。お互いスーパーの袋を下げ、かたや片方はバットとスポーツバックを提げて。
 なんか、変な感じ。
 ふと、隣にいる御幸を見ると、私の中にひとつの考えが浮かんだ。



 ……どうしよう、御幸に言ってみてもいいものだろうか。

 1回でも思いついてしまったこの考えは、そう簡単には頭の中から消えやしなかった。



「──あのさあ、御幸」

「んー?」


 一呼吸おいて、少しだけ緊張して口を開く。


「……試合の日の晩御飯、うちの家ので良かったら、作った後持っていこーか?」


 それを聞いた御幸は、私の顔を見て目を見開いたまま立ち止まった。


「……たまにはさ、自分以外の誰かが作ったご飯食べたくなったりしない?──私がそう思うからさ。いつも自分が作ってるから、凛ちゃんやお母さんが作ったご飯食べる時ってテンション上がるんだよね」


 御幸の顔を真正面から見れず、ちょっと視線を外してから言葉を続ける。
 純粋に思った気持ちを告げただけだ。お節介をやきたい訳じゃ──ない。


「毎日って訳にはいかないけど、試合の後って疲れてるからご飯作るの大変じゃない?迷惑だったら断ってくれて全然構わないし。ちょっと思いついちゃったもんだから」


 1人2人分増えようがこっちとしては大したことない。いつもやってることだから負担なんて無いし。「試合の日だけ」って言ったのは、御幸が重く受け止めないように──って思ったからだ。



「……ホントにいいのか?」


 まだ驚いた顔をしている御幸が可笑しくて、思わずぷっ、と噴き出してしまった。


「いいよー、私が作ったので良ければ!あ、お家の人変に思うかな?」

「全然!やっりー!!立木の飯とか旨そうだもんな!サンキュー!」


 予想以上に嬉しそうにしている御幸を見て、こっちも嬉しくなってしまった。


「リクエストは前日までに受け付けます」

「おっしゃー!じゃあ次の試合の時からな!俺超ラッキー!」




 この時から、私と御幸の奇妙な関係が始まったのだ。




2014.10.21




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