ラブサーチコネクション
『──特にないよ。欲しいもの』
携帯の受話口から聞こえてきたあっさりした声に、内心ガクッとした。誕生日と、先日鳴が青道に来た時に思わぬプレゼントを立木から貰ったから、クリスマスも近いしお返しにちょうどいいかと思って思い切って聞いてみた結果がこれだ。
「えーっと、何か……ない?」
『うん。どうしたの?』
「……いや、まあ……いいや。思いついたら言って」
『……う…ん?』
話題を変えてしばらく話した後電話を切る。立木はきっと、クリスマスは俺が冬合宿の真っ只中だからと想像もしてないんだろう。
夜に寮の自販機そばではーっと息を吐く。
立木の誕生日はもう過ぎたし、いいタイミングだと思ったんだ──クリスマスに何か贈りたいって。
「……何がいいかさっぱり分かんねーんだよな」
誰もいないのをいいことに思わず呟いた。1人で考えたところで答えなんてさっぱり出てこない。
……こういうことに詳しい奴誰かいねーかな。
去年なら門田先輩が彼女いたことあったから聞けるんだけど、生憎俺の学年で彼女がいる奴がいない(俺が知らないないだけでいる奴がいるかもしれないけど)。
頭をガシガシかいて、持っていた空のペットボトルをゴミ箱に捨てようとした時、飲み物を買いに来た奴と出くわした。
──こいつ女の好みとか知ってるかもしれねえ。
俺はイチかバチか後輩の1年に話しかけた。
「──なあ奥村、彼女にプレゼントってお前なら何あげる?」
引退まで同室だった奥村に声をかけたら、恐ろしい目つきで振り向かれ睨まれた。
「……は?こっちは色々と忙しいのに何ですか」
「──いや、お前彼女いるんじゃねーのかな〜と。参考にさせてもらおうかと……」
「……あのピッチャーやこのピッチャーに振り回されてそんな暇無いですよ」
怒気を含んだ声もプラスされて思わずたじろぐ。狼に喰われる小鹿の気分だ。
「あー……、わりー」
ガルルと言わんばかりの剣幕に俺は黙るしかなかった。なんとなく雰囲気から彼女いるんじゃないかと勝手に思った俺が悪い。
自販機の取出口から飲み物を手に取ると、奥村は俺を一瞥してから室内練習場の方へ行ってしまった。
どーすっかな……。
問題は何ひとつ解決していない。
**
翌朝の食堂で飯を食べていても、立木へのプレゼントの事を自然と考えてしまう。目の前で倉持が「早く食わねーと遅刻すんぞ」と吐き捨てた。
昨日の電話の感じだと、立木から欲しいものが出てくる可能性は限りなく低い。本人から聞けないんなら立木に近い人間に聞くのもアリだな、と一縷の望みが出てきた。
「早川に聞いてみるか……」
「──あ?」
俺の呟きを聞き逃さなかった倉持が、箸を止め顔を上げる。
「あ〜、携帯の番号知らねえわ」
「さっきから何ブツブツ言ってんだ気持ち悪ぃ」
「いや、早川に聞きたいことあんだけど連絡先知らねーわと思って」
せっかく良案が浮かんだのに、と内心肩を落とすと、倉持がぼそっと呟いた。
「……俺知ってっけど。早川の携帯」
「──え?何で」
「……」
倉持と早川の接点、と考えたら秋頃に立木とここへ来た出来事が思い出された。立木が何かお節介やいてたけど成功してたということか。
「へ〜、そ〜う、ふ〜ん」
「うっるせーんだよ!後で俺の携帯貸してやっからかけろや」
「いーの?」
「あいつ御幸の携帯番号なんか登録してないだろ。知らない番号からかかってきたら出ない可能性高いだろ」
「……サンキュー」
思わぬ繋がりにほくそ笑んでいると、倉持が「ニヤついてんじゃねーよ!」と即座に一喝してきて笑った。
『……あんたも私に相談してくんのね……』
「え?」
『澪もあんたの誕生日プレゼント悩んでたから。……澪に何がいいか聞いたんでしょうね?』
「──聞いたけど“特に何も”って言われたから困り果ててんの。立木が今欲しいもの何かない?」
『……澪は最近学校で圧力鍋のカタログばっかり見てるけどね』
「──圧力鍋?」
『4月から今より忙しくなりそうだから“さらなる家事の時短に取り組む!”って言って。新しいのが欲しいってさ』
「鍋かあ〜、分かるけどそういうんじゃなくてさ」
『……』
「……もしもし?」
『……あんたが意外とまともな感覚してて安心したわ。澪があんたの誕生日の時漬物あげる、って言った時はどうしようかと思ったわよ。散々説教してやったけどね」
「あー、その話聞いたわ」
『──その気持ちに免じて真剣に相談に乗ってあげるわよ。指輪とかは?あんた入団したら会う時間も簡単にはつくれないでしょ。高いのじゃなくていいから』
「……サイズが分かんねえ。てか立木が指輪してるの見たことないけど」
『……家事に邪魔になるって言ってアクセサリーつけないからねあの子。忘れてたわ、ごめん』
電話越しにうーんと唸る声が聞こえた。
これは早川でも答えがでないかもしれない。
『……ちょっと思いつかないかも。あ、凛さんにも聞いてみたら?それでもダメだったら御幸が考えるか澪から意地でも聞き出すかして?』
「ごめんタイムリミット、じゃあね」と早川は言って電話は終わった。
……凛さんに電話、って自宅の電話にかけるのか?立木が出たらどーすんだ。
とりあえず倉持に礼を言って携帯を返した。珍しく倉持は茶化したりしてこなかった。
**
放課後の練習も終わり、夕飯に風呂洗濯と一通りのことを済ませると、部屋に戻り一息つく。机に置いていた携帯が目に入り、また立木のことが頭に浮かぶ。野球に打ち込んでいる時は一切思い出さないのに、ふと思考に余裕ができるとぽん、と立木が出てくるから不思議だ。
携帯を手に取りどーしたもんか、と今日何回言ったか分からない言葉をまた心の中で呟いたら、タイミングよく携帯が振動し始めた。
ずっと止まらない振動は電話着信で、画面の表示を見たら知らない番号。
……誰だ?
不審に思いながらも通話ボタンを押して携帯を耳にあてる。
「……もしもし?」
『あ、御幸ー?悩める恋のお悩みキューピッド、凛で〜す!』
機械越しでも分かる陽気な大声に俺は固まった。
「り、凛さん!?」
『そう〜美人の凛さんでーす!菜々美から御幸が悩んでるって聞いてさ〜。あ、番号は澪の携帯いじって調べたから』
「え、……ていうか凛さん酔ってます?」
『ちょっと飲んだだけだから大丈夫〜。澪今お風呂入ってるからさ、ちょうどいいかと思って。今話せる?』
「あ、ちょっと場所変えます。すんません」
思わぬ相手に思考回路が停止したが、我に返って通話したまま急いで部屋を出る。この話は流石に寮の部屋の中ではできない。
寮のそばの土手近くまで走って来ると、俺は息を整えた。
「──凛さん、もう話せます」
『んー。じゃあ早速だけど、澪のクリスマスプレゼントで悩んでんだって?』
「あ、はい。立木に聞いても欲しいもの無い、って言うばっかで」
『そっかー。私は毎年あの子には勝手にあげてるんだけどね。今年もあげる予定だけど』
「そうなんですか?凛さんは今年立木に何をあげるんですか」
『聞・き・た・い〜?今年は勝負下着よ!エロ可愛いやつ!もちろん御幸と会う時に着けろって言って渡すから楽しみにしててよ〜』
俺は盛大に吹いた。周りには誰もいないのに顔を手で覆って隠す。
「……そ、うなんす、か」
『ちょっと御幸ノリ悪い〜!……澪は私にもおねだりとかしないのよ。私が聞いても同じ事言うから──でもね』
「?はい」
『澪が私に望むことと、御幸に望むことって違うと思うのよ。だから私が澪の欲しいもの聞き出しても、御幸に対しては違うものを欲しがるかもしれないってこと』
凛さんに望むことと、俺に望むこと──
『だから澪にもう一度伝えてみたら?プレゼント困ってるって正直に。澪も御幸を困らせてるって分かれば流石に違う事言うと思うの、好きな人は困らせたくない筈だから』
いつの間にか凛さんの声のトーンが真剣になっていて聞き入った。
妙に納得して、口角が上がるのが分かる。
「……ありがとうございます。また立木に聞いてみます」
『うん、そーしな?もしまた聞いてもダメだったら自分にリボンでもかけてプレゼント、って言ってみれば?』
「……それはひくんじゃないすか、立木」
『そうかな〜──あ、澪お風呂から出てきそうだから切るわ』
俺は再び礼を言って通話を終えた。夜風が肌寒いけれど何故か気持ちいい。
しばらくその空気に浸ってから、俺は再び携帯を操作して発信ボタンを押した。
何度目かのコール音の後、凛さんとは違う聞き慣れた女の子の声が携帯から通る。
『──もしもし、御幸?』
「おー。今いい?」
『うん、ちょうどお風呂から出たとこだったから』
それも知ってます、とは言えずに返事だけして早速本題に入る。
今の勢いに乗じて、伝えたかった。
話せることは全て伝えると、少しの沈黙の後柔らかい声が耳に届いた。
『……ありがとう。でも本当にいいのに、プレゼント。気持ちだけで十分だよ』
「いや、でも俺も誕生日に貰ってるし」
『御幸は冬合宿もあるからと思って私もクリスマスプレゼントは準備してないよ。だから大丈夫』
立木が俺に気を使わせまいとしているのが伝わってくる。
やっぱり俺に対して欲しいものなんてねえのかな。
「──凛さんにも相談してみたんだけどさ、俺にリボンかけてプレゼントすれば?って言われてさ〜」
『……』
冗談で言ってるのに恥ずかしい。
空気を変えようと、わざと茶化したように笑いながら言えば、立木からの返答が返ってこなくて沈黙が続く。
「……もしもし?立木?」
『……それがいい』
「え!?」
『プレゼント、それがいいな。御幸にリボンかけて?御幸自身がプレゼント』
冗談がまさかの答えになるとは思わず、それに加えて立木の言葉に顔が熱くなるのが自分でも分かる。
すぐに返事が出来ない。
『──年明けの入寮前に会いたいな。1回でもいいから』
その一言で、立木の思いが分かった気がした。
問題が解決したのに、苦しい。
やべえ、ちょっと泣きそう。
寂しい、って思ってくれてんのかな。
学生とは違う、プロの世界に身を投じようとしている俺に、立木も違う思いがあるんだろうか。
『あ!でも入寮は年明けすぐだったよね!無理だったらいいから!』
俺がずっと黙ったままだったからか、急に立木が慌てたように喋る。
いつもの調子に戻った立木に、俺は笑った。
「年末年始は実家帰るから。そん時会おーぜ」
『え、……いいの?』
「おー。そん時凛さんからのクリスマスプレゼント着けてこいよ」
『……何のこと?』
「凛さんが、立木にえっろい下着くれるらしいから♪」
『!!』
電話の向こうでドタバタとドアを開ける音やら派手な足音が聞こえる。きっと立木が凛さんに詰め寄ってんだろうな、と思ったがこっちは何も出来ない。
俺ははっはっはと笑いながら「正月楽しみにしとくわ〜」と言って電話を切った。
(100000HIT記念リクエストより:ヘタレな御幸)
2016.12.21