野球バカの誕生日


※御幸・ヒロイン高校1年時
 誕生記念話ですが御幸出ません…






 今日は11月17日。
 私の友達である御幸一也の誕生日だが、奴は青道高校で寮生活。強豪野球部に籍を置いているため、冬休みでもないこの時期に自宅には当然帰らない。
 御幸を祝うのはまあおいといて、私には気になることがある。
 いつもより早めに、いつもより多めに作り終わった夕飯を、いくつかのタッパーに詰めてバッグに入れる。
 家族はまだ誰も帰ってきていない。時計を見て時間を確認すると、私は家を出た。






「おじさん!こんばんは!」


 壁に『御幸スチール』と書かれた建物の入口から大きめの声をかけた。御幸がシニアのチームに入っていた中学時代は、試合の日にご飯をおすそ分けしに来ていたので御幸のお父さんとは既に顔馴染みだ。
 おじさんの仕事が終わりそうな時間を見計らって来たのには理由がある。既に仕事が終わって夕ご飯を食べ始めていたら困るし、あまり早く来すぎてもご飯を置いて帰るだけになるから今日の目的が達成されない。

 私の呼び掛けに、おじさんは片手を挙げて答えてくれた。
 作業を中断して、入口まで来てくれる。


「…澪ちゃん、どうしたの」


 御幸が寮生活になってからも、時々おじさんにご飯の差し入れをしに訪れていたけれど、今日はその時間帯よりも少し遅かった。


「夕飯のおすそ分け持ってきました!お家に上がってもいいですか?もう何か作ってるなら帰ります」

「──いや、まだだが」

「じゃあお邪魔します!準備しておきますね!」


 おじさんに反論するタイミングを与えず、許可をもらうとすぐさま工場の2階に上がった。住居部分になっている2階の扉を開けると、誰もいない静けさだけが漂っている。
 電気を付け、持ってきたバッグを台所に置くと、私は戸棚の上に飾られてある写真立ての前で立ち止まった。若い時のおじさんと、小さい小さい御幸と、若い女性が写っている写真。


「──立木澪です。お邪魔します」


 反応が返ってくる訳でもないけれど、高校生になってからここを訪れる度に私は写真の前で挨拶をしていた。中学の時はご飯を持ってくると大抵御幸がいたから、写真立てを見つめるだけで終わっていたけど、今ではこの部屋に誰もいない時は常に最初にこうしている。
 御幸のお母さんに、挨拶を。



 御幸が寮生活になっちゃったから、きっと寂しいと思うんだ。

 おじさんも、亡くなった御幸のお母さんも。



 写真立てへの挨拶を終えると、私はお風呂の用意をした後、台所で夕飯の準備を始めた。バッグからタッパーを取り出し、鍋に移したりお皿に盛ったり。御幸家の台所はもう勝手知ったるもので、どこに何があるかは全て把握している。家事は御幸が全般を担っていたから、おじさんが手を入れない限り配置が変わることは無いだろう。…おじさんが料理してるとこ見たことないし。

 冷蔵庫を開けると、分かってはいたが思わず呟いた。


「──うわ、お酒しか入ってないや」


 今日のおかずにはお酒のつまみになりそうな品もあえて作ってきた。お皿に盛ったそれをラップして、冷蔵庫にしまう。冷凍庫には冷凍保存用のおかずが入ったフリーザーバッグを入れた。レンジ解凍だけで食べられるようなものを作って、いつもおすそ分けの時に置いて帰っている。



「よし、出来た」


 後はおじさんが仕事を終えて帰ってくるのを待つのみ。いつもならこのまま帰っているが、今日は違う。だって今日は、御幸の誕生日だから。

 もう十分お節介だとは思うけど、御幸が家を離れてから最初の誕生日だから──。

 せめておじさんが食べるところまで見届けてから帰る、って決めてきたんだ。


 うん、と1人頷いていると、ちょうどおじさんが帰ってきた。



「澪ちゃん、いつもすまないな。ありがとう」

「いえ、私こそいつもおしかけてすみません。お風呂の準備も出来てますのでどうぞー」

「……え、風呂まで用意してくれたのか」

「はい!ごゆっくり──ご飯もテーブルに出しときますね〜」


 戸惑っているおじさんを浴室へ追いやると、着々と最後の準備に取り掛かる。ご飯の温めも終わって食器も並べると、おじさんが少し慌てて出てきた。


「澪ちゃん、もう帰らないと遅くなるから…家の人も心配する」

「家族はまだ帰ってきてないんで大丈夫です。──じゃあご飯食べましょうか!」


 いまだ動揺しているおじさんを席に座らせると、私はご飯をよそいながら思い切って切り出した。


「あの……今日は私も一緒に食べてもいいですか?」


 おじさんは驚いた顔をしていたが、家族には伝えてある(正確には書き置きしてきた)というと了承してくれた。ご飯を作ってもらった立場で強く断れない──と困惑しているような気もするけどそこはあえてスルーさせてもらう。


「では、いただきまーす」


 初めておじさんと2人でご飯を食べる。というか御幸の家で食事するという事自体初めてだ。おじさんにビールを注いで、メニューを一通り説明してから箸に口をつけた。
 おじさんもゆっくりだが「美味しい」と食べてくれている。素直に嬉しかった。


「今日……御幸の誕生日ですね」


 箸を動かしながら呟くと、おじさんは「…そうだな」と表情を少しだけ緩ませた。


「──一也は残念がるだろうな、誕生日に澪ちゃんの料理が食べれないって」

「……ふ、どうですかねー」

「……寮の食事よりも澪ちゃんの作ったご飯がいい、って言いそうだ」


 おじさんのお酒が進む。おつまみとして作ってきたおかずが一番最初に無くなった。


「──寮……や学校で元気にやってるといいけど」


 箸を止めて考えにふけると、おじさんが少し赤らんだ顔で呟いた。


「……何の連絡も無いってことは、野球に打ち込めているんだろう」



 “便りがないのがいい便り”

 私も高校に入ってすぐの頃、御幸に対して同じことを思った──ことを思い出した。



「……そうですね。野球、大好きですし」




 家を離れてまでやる、大好きなこと。


 御幸の誕生日に、おじさんと向かい合って顔を見合わせ笑った。



 この状況を写メでも撮って御幸に送ろうかな、と考えていたけれど。
 便りがないのが、いい便り。
 勿体無いから、おじさんと私だけの内緒にしておこう。











(御幸誕生日記念)
2016.11.17



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