知らぬが仏
「おはよー純!!持ってきたよ〜最新号!」
「おー悪ぃな、サンキュー」
「またいつでも言ってよ……あ、小湊くんおはよ!」
「おはよう、立木」
毎朝飽きることなく繰り返されるお馴染みの光景。朝練が終わって教室に入ると、真っ先に純に話しかけてくる立木。しかもお互い至近距離で長いこと話してる。これもいつも。
クラスの皆はこの当たり前のことに何も言わないし何とも思わない。
俺くらいでしょ。何事もないように装ってるのは。
「うーわ純、こんなベタな展開に涙目じゃん」
「−−うっせ!てか読んでる時に話しかけんじゃねーよ!」
「次のページでね、○○と××が……」
「言うんじゃねーバカヤロー!!楽しみが無くなんだろーが!!」
あーうるさい。
練習中に純が吠えても全然気にならないのに(チョップで黙らせるから)、立木と純のやり取りはすごく耳障り。すぐにでも止めさせたい。
でも、俺にそんな権限なんて無い。
俺の感情に全く気付いていない純は、今日も仲良く立木とイチャ……
ズバアン!と自分の思考を断ち切るように机に放ったカバンが思わず大きい音を立てたけど、俺は何事も無かったように着席した。
ーーなんで、よりによって純の彼女を好きになってしまったのかな。
**
放課後を知らせるチャイムが鳴った。青道高校は来週はテストで、今週は部活より勉強優先の1週間だ。流石の青道野球部も自主トレのみで、放課後はグラウンドじゃなく机にかじりつく。
「亮介!俺今日は寮じゃなくこいつの家で勉強すっからよ」
「うん了解」
ふーん、そう。
仲良く彼女の家でテスト勉強、ね。
「亮介も来るか?」
は?
そこまでデリカシーが無い奴って思われてんの?
悪びれもなく言った純に思わず殺意が湧きそうになったが、表情を変えず怒りを表に出さないようにする。
「……いいよ。1人の方が勉強はかどるから」
「−−そーか?じゃーなー」
「小湊くんまた明日!」
俺の気持ちになんて全く気付いていない立木は笑顔で俺に手を振った後、純と並んで教室を出て行った。
好きな子の彼氏が同じ部活で仲が良い、ってキツイよね。
自ら望んで隠してる訳だけど、やりきれない思いに溜息が漏れた。
立木を好きになったのは3年になってから。それまで同じクラスになったことは無かったし、純との仲も全く知らなかった。
気付いたら既に時遅し。自然と立木を目で追っている自分に気付き、立木を視界に入れる度、純が入ってくることですぐに悟った。
高校最後の夏の予選も控えてるし、こんな思いに振り回されてる場合じゃないって分かってるけど、こればかりはしょうがない。
今は部活があるからいいけれど、引退してから2人をずっと見守っていけるのか――自信は全く無かった。
**
夏の甲子園予選が始まった。高校最後の夏――負ければ引退、甲子園の土を踏むことも叶わなくなる。今日は初戦だけど、俺たち3年の気合は相当なものだ。特に哲と純は見ればすぐに分かるくらいの闘志剥き出し。
「――…青道――!!頑張れー!!」
試合開始前、スタンドの応援席から聞き慣れた声がした方を向くと、立木が立ち上がって手を大きく振っている。周りは同じクラスのメンツで陣取っていた。
「――しゃあ!!」
純が拳を高く上げて声援に応える。俺は立木の姿を視界の中心に、皆に手を振った。
皆来てるし、カッコ悪いとこは見せられないよね。
「よっしゃ、気合い入った!」
「純は尚更そうだろうね」
「あ?どういう意味だそれ」
純の問いかけと同時に試合開始を告げるアナウンスが響き、俺達選手はグラウンドに整列を始める。――今からは試合に集中。
……立木には純しか映っていないとしても。
俺は2番バッターとして、セカンドとしてやるべき事をやるだけ。
青道は初回こそ凡退したものの、2・3・4回と大量得点を叩き出し、5回コールドで圧勝した。
スタンドから声援が響く。立木の声が聞こえたと思ったのは、俺の気のせいかもしれない。
「純、小湊くん!おめでとう!」
帰る準備をしていると、球場外で立木が興奮しながら駆けてきた。
「――おい、おめでとうは早えーよ。まだ初戦だからな」
「でも圧勝だったじゃん!小湊くんも打つよねースゴイ!!」
「――ありがと」
表情や声色に出ないように平静を装いながら立木に言葉を返す。想い人が自分の野球で顔を紅潮させて興奮しているのを見るのは悪くない。
「純も!小湊くんに打率は劣るけどね!よく打ったじゃん!」
「うるせー!一言余計なんだよお前は!!」
俺への賛辞の後は当然純とのじゃれ合い。
……ていうか、これから毎試合後これ見せられるの?嫌なんだけど。
と言いたいとこだけど、声には一切出さずやり過ごす――筈だったが。
試合後でアドレナリンが出てるせいなのか、ちょっと言ってやりたくなった。
「――純もこれから毎回立木さんが見に来てくれると打率上がるんじゃない?」
「……あ?」
「勝利の女神でしょ」
「――ああ?気持ち悪いこと言うんじゃねえよ!何でこいつが」
「ちょっと純!気持ち悪いって何よ従妹に向かって!!」
立木が純にヘッドロックをかけているのを見つつ、俺は耳に入ってきた言葉を反芻した。
「……え?」
「――どしたの小湊くん」
「……いとこなの?純と立木さんって」
「――っ離せ澪っ!!なんだよ亮介知らなかったのかよ、俺言わな――」
俺の表情を見ながら「ま、さ、か」と驚愕する純は、1つの予想が浮かんだのか青ざめている。
流石、少女漫画好きなだけあって、こういう想像は早いね。
「う、そ、だろ亮介!俺と澪が従妹なの知ってるとばかり――」
「ふーん」
「?小湊くんどうかした?」
「いや何でもないよ。あるとしたら純にだけど」
「怖えーよ亮介!お前も言ってくれれば――」
「親戚だと思ってなかったから言う訳ないでしょ」
「わー!俺が悪かったよ!!頼むから背後に見える負のオーラをしまえ!」
「帰って色々聞きたいことあるから」
ひー!!という純を俺は微笑みながら見つめる。
立木は何のことやら全く分かっていないようで、不思議そうに首をかしげていた。
(100000HIT記念リクエストより:伊佐敷と毎日のようにじゃれあうヒロイン(実は従妹)にやきもきする亮さん)
2016.12.8