04
澪と連絡が取れなくなった。
プロ野球の開幕戦も始まってしばらくして、連絡を取ろうとスマホからLINEを開くと友達の一覧に澪の名前が無い。あれ、と思い電話帳からメールを送るとエラーになって戻ってきた。
それを見た俺は自然と澪に電話をかけたが、「おかけになった電話番号は現在使われておりません」と無機質な自動音声が繰り返されるだけだった。
「──は?なんで」
澪からは携帯番号を変えるなんて話は聞いていない。もう一度電話帳を見返すと、中学の時以来かけていない澪の自宅の電話が登録されていたのに気付いた。お互い携帯電話なんて持っていなかった時は家の固定電話でやり取りしていたから。
携帯の時計表示を見ると21時過ぎ。ギリギリ非常識な時間じゃないだろうと、少しばかり緊張しながら発信をタップした。
何コール目だったか。動揺を抑えながら名乗った後、澪の親父さんが出てもいいように心の中で準備していた言葉は、女性の声でどこかにいってしまった。
「……はい──はい。……え?」
**
「──わざわざ来てもらって悪いわね、御幸」
澪の自宅に電話をした数日後、俺は空いている日を利用して澪の家を訪れた。出迎えてくれたのは、電話に出てくれた凛さんだった。
「いえ、俺の方こそすみません」
「御幸、時間は大丈夫?」
「はい」
話しながらも俺を家の中に招き入れた凛さんは、そのままリビングに向かい俺に座るように促した。
凛さんは「今家にいるのは私だけだから」と言いながらお茶を用意した後、俺と向かい合わせになるようにソファに腰を下ろした。
「早速本題に入るけど、澪からは何も聞いてない?」
凛さんの真剣な表情に、俺は即答した。凛さんには電話の時に澪と連絡が取れないことを話してある。
凛さんは「……そう」と俯いて呟くと、ゆっくりと俺を見据えた。
「──単刀直入に言うと、澪はこの家を出てったわ」
凛さんの雰囲気から決して楽しい内容じゃないとは分かっていたけれど、咄嗟に突きつけられた内容に言葉が出ない。
「……澪から、御幸には居場所も連絡先も教えないで欲しいって言われてる」
「……え」
「別に御幸が憎い訳じゃないのよ。アンタの事は中学のチビっちゃい時から知ってるし、愛着もある。ただ──私はどうしたってあの子の姉だから」
「滅多にない妹のお願いは、叶えたい」と凛さんは目を伏せた。
“凛ちゃん、お願い──”
“御幸には、言わないで……”
言葉とは裏腹に苦しそうな──複雑な表情を浮かべる凛さんに、俺は何も言えなかった。
部屋にはしばらく沈黙が続いたが、俺は下を向いて頭をかきながら呟いた。
「──俺のせい、なんですかね」
ぽつりと漂ったその言葉に、凛さんは顔を上げると俺に「違う違う」と苦笑しながら頭を振った。
「元々ね、澪は“就職したら家を出たい”って言ってたの。母親と同じ職業になるからって、実家にいると甘えそうだ、って。だから御幸が原因で家を出た訳じゃないから、そこは気にしなくていいわよ」
少し表情の硬さがとれた凛さんが笑って話してくれたけど、俺は軽く頷くことしか出来ずにいた。
「……澪には子供の頃からずっと家の事させてたから、澪が望むことはさせてあげたい──っていうのが家族全員の意見だったの。お母さんも国内中心で仕事するようになったし、澪も安心して家出れるようになったから。一人暮らしになってもあの子の生活能力は心配してないし」
ずっと黙って話を聞いていた俺に、凛さんは頭を下げた。
「……家出るとき、澪から御幸の事については何も聞いてないんだけど――ごめんね、うちの妹が迷惑かけて」
「!いえ、そんな──……でも」
「ん?」
「仕事のこともあるんだろうけど……俺に何も言わなかったのは、俺のことも考えた上での行動なんじゃないか、って。自惚れてんのかもしれないんすけど」
空笑いだったけどやっと緩めることが出来た表情に、凛さんは「うん」と頷いてくれた。
「あの子も結構頑固じゃない?──今回は力になれなくて申し訳ないんだけど……あ、涼も澪の連絡先は知らないから」
「涼をあたっても無駄よ」と言う凛さんに、俺は苦笑いするしかなかった。
立木家から寮に帰る間も、ずっと考えていた。
どうして、何も言わずにいなくなったのか──。
最後に会った、あの日。
今になって思えば、澪は普段よりも俺に甘えていた。
身体を重ねた時も、何回も俺を求めた。
いつもと違うな、と感じた瞬間がいくらでもあったじゃねえか。
そのシグナルを少しでも疑問に思って澪に問いかけていれば、何か変わっていたんだろうか。
すっかり暗くなった空を見つめる。
1人で暮らしたことが無かった澪が、寂しい思いをしてないように、とそっと思いを馳せた。
2016.10.15